「GAKU,NY」「GAKU,museum」

自閉症アーティストのGAKUは突然、こんな言葉を発した。

そして、周囲はそれに応えるように、有言実行に導いてきた。

16歳で突然、絵を描き始めてから、世田谷美術館やNYでの個展、レスポートサックなどブランドとのコラボレーションなど、さまざまな形でアート活動をしてきた。

この数年で彼の絵の価値を上げて、コラボ実績も作ってきたのが、父・佐藤典雅さんだ。

GAKUの父親でアイムの代表を務める佐藤典雅さん
GAKUの父親でアイムの代表を務める佐藤典雅さん
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近著『GAKU,Paint!自閉症の息子が奇跡を起こすまで』(CCCメディアハウス)ではその道のりを綴っている。

父親として、プロデューサーとして、福祉事業の経営者としてGAKUを見てきた佐藤さんは、GAKUの直感的な発言について、「言葉数が少ない中で健常者より人を動かしている」と話す。

思考より直感で出てくる言葉

16歳のとき、川崎市にある岡本太郎美術館を訪れた翌日、「GAKU,Paint!」と宣言してから、5分と同じ場所にいることができなかったGAKUが、集中して絵を描き始めた。

重度の知的障害と多動症と持つ自閉症であるGAKUは、限られた言語でしか話さない。言語能力は6歳ほどだ。

幼い頃、言葉を話さないことも成長の個人差だと感じていた佐藤さん。アメリカへ移り、言葉のトレーニングなど療育を受けても、飛躍的に言葉数が伸びるといった結果が見られなかった。

左から)GAKUと佐藤さん(川崎市・高津のアトリエにて)
左から)GAKUと佐藤さん(川崎市・高津のアトリエにて)

そんな中で発する彼の言葉を、佐藤さんは「思考から来ているよりは直感だと思います。多くの人は直感を無意識に無視していると思うのですが、GAKUといると直感は大切なのだと感じます。僕も今思えば直感を信じてきてよかったです」と振り返る。

佐藤さんの「直感」はGAKUが絵を描き始めた当初に、いわゆる「普通のアーティストが成長していくような道のりではいけない」ということだった。

コンテストへの出品など「アート業界の既定路線には乗せてはいけない」という直感が働き、独自に道を開拓してきた。

そんな中、絵を描き始めて9カ月が経った頃には、またもやGAKUは突然「GAKU,museum」と宣言する。

「NO!」と言う彼の強さが絵に表れる

一度いい出したら止まらないGAKUのこだわりと、急かされるような形で、佐藤さんが必死に実現させるべく動いた結果、2019(令和元)年5月1日から5日間、世田谷美術館で初めての個展を開催した。

5月1日はGAKUの誕生日で、17歳になった日に初の個展が実現した。

GAKUはこのアトリエで数々の作品を生み出す(写真提供)
GAKUはこのアトリエで数々の作品を生み出す(写真提供)

その後さらに、「GAKU,museum!NY!」と宣言が続く。

自閉症の習性の一つ、同じ言葉を何度も繰り返す行為から、周囲は彼の言葉にノイローゼになりそうになったという。

ただ、ニューヨークへ行ったことのないGAKUが発したこの言葉に何かを感じた佐藤さんは、展示場探しやギャラリーの視察のためニューヨークへ行った。

そして2020年3月、日本で新型コロナウイルスがまん延し始めた頃に、ニューヨークでの個展が開催された。

開催時には会場の周辺が一変し、道路工事の真っただ中だったが、1週間で3000人ほどが訪れた。このときにバッグブランド「レスポートサック」とのコラボのきっかけも生まれたのだという。

レスポートサックとコラボしたGAKUの作品
レスポートサックとコラボしたGAKUの作品

「これだけ言葉数が少ないのに、人を動かせるのはすごい。GAKUには自分を通す強い意思があります。多くの人にとって『言えなかった』は、最大のリスクなので、言うということが重要なのです。

GAKUから見習うことは、少ない言葉の中で健常者よりも人を動かしていること。自分の意思を貫いているのはさすがだな、と思いますし、そのカリスマ性に惹かれているというのもあります。絵を描くときも、(アイムのスタッフでありアートディレクターの)ココさんは色や構図に口は出さない。いったところでGAKUは『NO!』。そうした彼の強さが絵に現れている」

将来に向けて2つのキーワード

そんな佐藤さんとGAKUのアート活動の将来へのキーワードは「1000平方メートルの広さの場所での個展」と「パブリックアート(公共空間に設置される芸術作品)」の2つだ。

「今、GAKUの絵のペースが落ちているのは個展がないから。でも狭い会場でやる気はないんです。目標は1000平方メートルの場所での個展。その場合、400枚ほど並べられますが、すでにGAKUの絵は800枚ほどあるので実現可能です」

GAKUの作品
GAKUの作品

パブリックアートを目指すのは「倉庫・アトリエ・GAKUのグループホームが入ったビルの建設」という目標のためだとも言う。

「今の在庫が売れてもこのビジョンを実現するには長くかかります。絵を何枚売っても追いつきません。なので岡本太郎さんのようにパブリックアートを作って、GAKUのアートが好きだというファンが作られていく仕組みをつくりたい。

絵に愛着を持っているので、正直、売れてもあまり嬉しくないと思ってしまったのです。売られて世の中に散らばっていくよりは、一カ所に集めて展示したい。散らばってしまったら、もう目にする機会もないですし。なので、彼のmuseumができたら、僕の最終地点です」

『GAKU,Paint!自閉症の息子が奇跡を起こすまで』(CCCメディアハウス)

佐藤楽音(さとう・がくと)
自閉症アーティスト。3歳のときに自閉症と診断され、4歳で当時最新の療育を提供していたといわれるアメリカ・ロサンゼルスへ家族で渡る。以後、9年間ロスで療育を受けながら過ごす。14歳のとき、日本に帰国。中学卒業以降は、父親が彼のために設立した福祉施設「アイム」が運営するフリースクール「ノーベル高等学院」へ入学。そこでCocoと出会い、絵を描くことに目覚める。現在は、生活介護「ピカソ」に在籍し、日々精力的にアート活動を続けている。

佐藤典雅
株式会社アイム代表。自閉症である息子のために福祉事業に参入し、川崎市で発達障害の児童たちの生涯のインフラ構築をテーマに活動。神奈川ふくしサービス大賞を4年連続で受賞。著書に『療育なんかいらない!』(小学館)がある。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。