笑顔の動物を描いた愛らしい作品や、大胆な色使いで一目見て惹きつけられる抽象画の作品の数々。
この作品を生み出しているのが、重度の知的障害と多動症を持つ自閉症のGAKUこと、佐藤楽音(がくと)さん、22歳だ。“がっちゃん”とも呼ばれている。
16歳で突如、アート活動を始めてから約6年。駆け出しのアーティストでありながら、レスポートサックやザボディショップなどのブランドからコラボレーションの声がかかっている。
ゴディバの商品パッケージにも決定し、10月から全国で発売されている。
この記事の画像(10枚)彼の活動をプロデューサーとして後押ししてきたのが、父親であり、株式会社アイムの代表を務める佐藤典雅さん。
著書『GAKU,Paint!自閉症の息子が奇跡を起こすまで』(CCCメディアハウス)では、“がっちゃん”が生まれたときのこと、成長過程、そしてGAKUの誕生やこれからの活動について記されている。
そんなGAKUはなぜ、さまざまなブランドからオファーを受け、コラボレーションをするのか。
純粋な作品評価がコラボのきっかけ
3歳のときに自閉症と診断されたGAKU。その後アメリカ・ロサンゼルスへ家族で渡り、当時最新と言われていた療育を9年間受けた。
14歳で日本に帰国したGAKUは、佐藤さんが彼のために設立した福祉施設「アイム」が運営するフリースクールへと入学、16歳のときに絵を描くことに目覚めた。
19歳のときには、バッグブランド「レスポートサック」とのコラボレーションが実現する。
「ハッピーなメッセージを発信している」「純粋に彼の絵を気に入っている」とレスポートサックの担当者がGAKUの作品に注目し、「無名」と言っても過言ではない駆け出しのアーティストにオファーがきた。
このとき佐藤さんは「自閉症のアーティストが描いた作品だから」という前提なしに作品が評価されたことで、GAKUの作品に何か大きく動かす力を感じたという。
アート活動を始めてから数年で活動の幅を国内外に広げてきたが、佐藤さんは「経済性は求めていない」と話す。
「GAKUの活動は、福祉活動の一環なので経済性には追われていません。来月の家賃を払うために絵を売らなければとかはなく、クライアントが乗るまで売らず、動きません。
また、GAKUは描く題材や構図・手法を毎回変えてくるので、『そこを変えてくるか!』と思うときがあります。見たものをインプットしてそれを表現したりもします。絵のスタイルがまちまちなので、どのブランドが来ても対応できる。そういった部分がブランドからも評価されています」
GAKUがハッピーだから見た人もハッピーに
GAKUがこうした活動に専念できているのは、佐藤さんが彼の才能を最大限発揮できるように環境を整えてきたからでもある。
「障害者だからって“特別”ということはないと思っています。いろいろな条件やハンディはあるけれど、たまたま自分の息子に“絵を描く”という才能があって、それに見合った環境を整えてきた」
GAKUが突然「GAKU,Paint!」と言い、絵を描き始めたのは、ある日遠足で川崎市にある岡本太郎美術館を訪れてから。
これまで5分としてイスに座っていられなかった彼が、年間200枚以上の絵を描くまでに至った。
彼の作品は川崎市・高津にあるアトリエだけで生まれる。自宅や外で描くことはない。
そんな彼が生み出す数々の作品に対して、佐藤さんはこう考えている。
「絵を見た人が彼の絵から“ハッピー”や“自由さ”を感じるのは、本人がハッピーだからなのです」
父親として、福祉事業に携わる経営者として、GAKUにとって「ハッピーなこととは?」「ハッピーな環境とは?」を長い間試行錯誤しながら、環境を整えてきた成果として現れたのが、アート活動だった。
「直感的にいい!」を大事にしたい
佐藤さんはGAKUの絵から感じる「ハッピーさ」に加えて、絵を見たほとんどの人が持つ「直感的にいいと思った」という感覚を大事にしてきたいとも語る。
説明不要で絵の価値を感じられること、「部屋に飾りたい!」と純粋に思う気持ちで、GAKUの絵を好きになってもらうことを目指している。
「直感的にいいと思う」という機会づくりが、各ブランドとのコラボだった。
「商品を購入するとき、直感的に『いい!』と思って買いますよね。それと同じで、コラボした商品を直感で手に取ってもらう。そのときに、このデザインは『GAKUの絵なんだ!』と知ると思います。
それは評論家などの説明抜きで、彼の作品の良さが伝わっているということ。結果的に誰も買ってもらえなければ、彼の実力や価値はそれまで。今はニーズがあって、評価もしてくれていることがうれしい。
自閉症であることは隠してもないですが、商品にそのことは書いていない。実力で勝負させてもらっているのは、彼のアート活動をより充実なものにしてくれている」
親であるからという理由以上に、佐藤さんを動かすのには「GAKUの絵にパワーがこもっているから」だとも言う。
「とても偉大なものを預かっているような気もしますし、自分の子どもという目線で見ていないときもあります」
可能性の芽を摘まなかったから今がある
そもそも、GAKUが絵を描くことの期待はしていなかったという佐藤さん。
知育玩具の『ベイビー・アインシュタイン』を好んだり、パソコンの操作で驚異的な集中力を発揮したりすることはあった。
ある日突然、目覚めるように絵を描き始めたGAKUだったが、「でも彼をサポートする環境は整っていて、チャンスにも巡り会えた。僕ら周りの大人やスタッフが、彼の可能性の芽をつまなかったことが重要でした」と振り返る。
ただ「上手だね」で終わらせず、「1枚の絵に可能性を感じて賭けたことが結果的にうまく行ったということです」。
こうしたことは、障害があるなしに関係なく、すべての親に言えることだとも言う。
「子育てにおいて、“こうであるべき”という大人の価値観を子どもに押し付けている部分がある。すべての子が受験や大企業に就職することが適しているわけでもない。さまざまなカタチで、自分のハッピーを体現している人がたくさんいることを大人は忘れています」
GAKUにとって「何がベストか?」と模索していった先に、アート活動にたどり着いただけ。親の価値観で子どもの個性を決めるのではなく、「子の個性をフルに発揮できる環境づくり、子どもがどうしたいかが子育てにおいて重要なのです」と語った。
佐藤楽音(さとう・がくと)
自閉症アーティスト。3歳のときに自閉症と診断され、4歳で当時最新の療育を提供していたといわれるアメリカ・ロサンゼルスへ家族で渡る。以後、9年間ロスで療育を受けながら過ごす。14歳のとき、日本に帰国。中学卒業以降は、父親が彼のために設立した福祉施設「アイム」が運営するフリースクール「ノーベル高等学院」へ入学。そこでCocoと出会い、絵を描くことに目覚める。現在は、生活介護「ピカソ」に在籍し、日々精力的にアート活動を続けている。
佐藤典雅
株式会社アイム代表。自閉症である息子のために福祉事業に参入し、川崎市で発達障害の児童たちの生涯のインフラ構築をテーマに活動。神奈川ふくしサービス大賞を4年連続で受賞。著書に『療育なんかいらない!』(小学館)がある。