ウクライナが反転攻勢を開始してまもなく3カ月。ロシア軍の第一防衛線を突破するなど、ウクライナ側は攻勢の進展に自信をのぞかせている。BSフジLIVE「プライムニュース」では岩田清文元陸将と小泉悠氏を迎え、今後の戦況、そして日露関係について伺った。

反転攻勢を進めるウクライナ軍、対するロシア軍は苦境に士気低下か

この記事の画像(13枚)

新美有加キャスター:
ロシアの鉄壁の守りに苦戦してきたウクライナ反転攻勢に大きな進展。米NSC(国家安全保障会議)カービー戦略広報調整官は「ロシア軍の第二防衛ラインに対して一定の成功」、ウクライナのマリャル国防次官は「第一防衛線を克服したが、コンクリート要塞と密集した地雷原のために、状況は依然困難」と発言。

岩田清文 元陸上幕僚長 元陸将:
遅々としてだが進んでいる。「突破」には段階があるが、突破口に穴を空け、形成し、拡大し、部隊をつぎ込んで突破目標を占領、そして奥にいる部隊に対して戦果を拡張する。今はこの戦果拡張段階に来ており、次の段階に入りつつあると見る。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
お話の通り戦果拡張を図っていると思う。ただ、この先100kmほど進み、アゾフ海まで到達してロシア軍を東西に分断する当初の目的を達成するための予備戦力がウクライナ軍にあるか。またロシアは、どうもルハンスク州方面にいた部隊を南方に急行させている。かなり大規模な主力同士の戦いになると見ている。

反町理キャスター:
天王山のような局面か。仕掛けるウクライナにとっていいタイミング?

岩田清文 元陸上幕僚長 元陸将:
やっと第一線を突破した。戦機として正しいと思う。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
私は戦術家ではないが、アメリカのエイブラムス戦車などを待つよりも、破れそうな場所を今突くのは正しいのでは。『孫子』にも「兵は拙速を尊ぶ」とある。

反町理キャスター:
イギリスの報道では、ウクライナ軍のタルナフスキー准将が「ロシア軍は防衛線を築くための時間と物資を第一防衛線に60%、第二・第三の防衛線で20%ずつしか費やしていない」と発言。東部から来るロシア軍の部隊が合わされば、第二・第三の防衛線の強度はどうなるか。

岩田清文 元陸上幕僚長 元陸将:
来たばかりの部隊は自分たちの防御陣地さえ完全に掌握しておらず、第一防衛線より突破は早いと思う。ウクライナは陣地戦の戦法を確立できている。

新美有加キャスター:
一方、ロシア軍・ボストーク大隊のホダコフスキー司令官がSNSで「ロシア軍は対砲撃能力の欠如に苦しんでおり、絶え間ないウクライナ軍の砲撃で兵士は心身ともに疲弊」と発言。

岩田清文 元陸上幕僚長 元陸将:
今回、アメリカとEUが行った大量の武器支援の結果、ウクライナによるハイマース(高機動ロケット砲システム)攻撃も増えている。嘆きはさらに深まるのでは。7月には、当時指揮官だったポポフ少佐が弾薬・食糧の不足や兵隊たちが休めないことを訴えたところ解任された。正常な軍なら上級司令部がなんとかする。非常に硬直した軍隊。士気は低い。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
ロシア軍のあまりにも部下に酷薄な姿勢は、負けそうなときにも改められないのかなと。ただ第2次世界大戦も、同じくめちゃくちゃな状況で勝った。ロシア人の戦い方のイメージに「凄まじい非人道行為の代償として我々は勝てる」というものがある。西側の軍隊の感覚ではお先真っ暗だが、果たしてロシアの参謀本部の中では、ましてプーチンはどうか。

ウクライナ自国開発の兵器はモスクワを射程圏内に

新美有加キャスター:
アメリカの軍事支援、武器供与について。最近明らかになったものは地対空ミサイルのパトリオット、ハイマースと弾薬、地雷除去装置とシステムなど。さらに空対空ミサイルAIM-9M(サイドワインダー)、遠隔対装甲地雷システムなど。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
地上からサイドワインダーを撃てるシステムがあるので、これを防空用に前線部隊に置くか、またはまだ60機ほど動けているウクライナ軍の戦術航空機や、今後入ってくるF-16戦闘機で使うなどするのでは。

新美有加キャスター:
ゼレンスキー大統領が、国産の兵器が700km先の目標に命中したと発言。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
これまでウクライナ軍が持っていたどの兵器よりも射程が長い。イギリス供与のストーム・シャドウなどは250km以上、実際には500kmほど飛ぶと言われるが、それ以上。ウクライナが以前から開発している弾道ミサイル「サプサン」、また対艦ミサイル「ネプチューン」も追加ブースターにより700km飛ぶ可能性があり、これらを指しているのでは。

反町理キャスター:
南部オデーサを中心に半径700kmとなると、クリミア半島どころかロシアの本土まで到達する。ウクライナ北部チェルニヒウから700kmならばモスクワが軽く射程の中に入る。今後の展開は。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
ウクライナの戦い方は変わると思う。だが、高価で生産に手間がかかる弾道ミサイルや巡航ミサイルをどれだけウクライナが作れるかが問題。ロシアは相当のミサイル防衛能力を持っており、それを超える攻撃能力を持てるか。ただ、ロシアがカバーすべき範囲が広がることで、前線の防空システムを手薄にして後方に下げなければいけなくなる可能性はある。それは前線のウクライナ軍にとって悪い話ではない。

岩田清文 元陸上幕僚長 元陸将:
いざというときはモスクワまで届くものを反撃力としても持ったぞという、ウクライナ国民に向けてのメッセージも入っていると思う。ただウクライナは、住宅とか病院を狙うような戦争法規違反のことはせず、モスクワ近傍の重要な軍事目標の司令部などに焦点を当てていくと思う。

新美有加キャスター:
ロシア軍は2010年から毎年、4つの軍管区のうちいずれかで大規模な軍事演習を行ってきた。今年は西部軍管区ザーパドで実施される予定だったが、イギリスの国防省が中止の見通しを示し、ウクライナでのロシア軍の不振や、訓練的な価値は限定的で大部分は見せ物だと浮き彫りになったことを指摘。軍事演習をやるだけの余力がないか。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
去年12月にショイグ国防相が来年も「ザーパド」をやると言い出した。ただ、普通は夏頃にはある大規模演習のアナウンスがいまだにないので、たぶんやらないと英国防省も判断したのだろう。本来のサイクルで言えば今年は「ツェントル」のはずだが、やると伝わってこないし、代わりに「ザーパド」をやるわけでもないので、やはり演習どころではないというのがロシア軍の正直なところなのではないか。

岩田清文 元陸上幕僚長 元陸将:
やると言ったショイグ国防相は後悔していると思う。東部軍管区で話を聞いたことがあるが、そもそもこれは即応体制の点検だと。2018年からは中国やモンゴルも入れて同盟を示す目的、また周辺国に対して示威をする目的もあった。今回は全くこれらの目的を達成できない。

ロシアは日本を明確に敵視 今後のあるべき日露関係は

新美有加キャスター:
9月3日はロシアにとって「第2次世界大戦終結の日」とされていたが、プーチン政権は名称を「軍国主義日本に対する勝利と第2次大戦終結の日」に変更。メドベージェフ前大統領は式典で「歴史を書き換え、第2次大戦中の戦争犯罪を正当化し、今度はウクライナでナチス政権を支持している」と日本を非難。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
そもそも「第2次世界大戦終結の日」自体が2010年にできた。ロシア人の中ではドイツに勝った5月9日の比重が圧倒的に大きかったが、日露間で北方領土の話が盛り上がった文脈の中、「島は渡さない」というメッセージを出すために作られた日と言っていい。ただその後は安倍政権との関係への配慮があった。安倍政権後は日本も対露関係に熱心ではなく、戦争開始後は明確に対露制裁を厳しく行っていて、今回遠慮する必要がなくなった。

反町理キャスター:
安倍政権時代は、中国とも向き合いながら一定の関係を保ち、安倍・プーチン間で首脳会談を重ねて北方領土の話を続けた。対北朝鮮では米トランプ大統領による首脳会談もあり、バランスをとって関係の悪化を避けていた。自衛隊の立場から評価できる外交だったか。

岩田清文 元陸上幕僚長 元陸将:
評価できる外交だった。戦略的に間違っていなかったと思う。2013年の国家安全保障戦略は中国に向いており、陸上自衛隊は戦略の転換を行った。一方、北朝鮮を含め3正面に向き合うのはきついから、安倍総理も対露関係を重視した。ただ、今の状況では最適なロシアとの関係をもう一度考えなければいけない。

反町理キャスター: 
2014年のロシアのクリミア侵攻時には強い制裁を行わなかった。無理な質問だが、今安倍さんがもし政権の座にいたら、ウクライナ侵略を受けてどういう対露戦略をとったと思うか。

岩田清文 元陸上幕僚長 元陸将:
難しい質問。安倍総理自身にしかわからないが、2014年と同じではないと思う。これは民主主義対権威主義の戦いで、対岸の火事ではない。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
最も大戦争を起こしそうな国である中国の存在があり、安倍政権の戦略ではロシアとの関係を少なくとも小康状態にしておくことがとても重要だった。だが今回、ロシアが先に大戦争を起こした。安倍政権でも、ここでロシアと無理に関係を維持する話にはならなかったと思う。日本はロシアの隣人であるからこそ「このままでは付き合いませんよ」という姿勢をはっきり見せることが、中長期的な関係のためにはプラスではないか。

(BSフジLIVE「プライムニュース」9月4日放送)