SDGs・持続可能な開発目標という言葉が、社会に定着しつつある。

そのSDGsを実現するためには企業の投資が必要だが、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)の問題を考慮しながら投資しましょうというのが「ESG投資」だ。

地球環境に悪影響を与える商売をしている企業は、投資家から見放されて市場から排除される。
逆に地球環境に優しい取り組みをする企業は投資家からの支持を得やすくなる。
このトレンドこそ、SDGsが経済界に支えられている根本的な原動力であった。

ただ、このESG投資を行う投資家の間では、実はSDGsはもう古いという認識が当たり前になりつつあるのだ。

一体なぜか?

その背景にあるのはアメリカVS中国の世界経済の覇権をめぐる壮絶なバトルだ。

米中対立とSDGs

中国といえば、白く濁った北京の空気や、農薬が多用された野菜など、「環境発展途上国」というイメージを持っていた人も多いだろう。つまり、環境重視の「SDGs」「ESG投資」を推進し、流行させる事は中国にダメージを与えるようにみえる。

だが、実はそうではない。環境に関する取り組みで、むしろ中国は優位に立つと考えられている。

中国は今、世界でトップクラスの環境先進国
中国は今、世界でトップクラスの環境先進国
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日本ではあまり知られていないが、中国は今、世界でトップクラスの環境先進国になっている。

5年ほど前から、環境省の官僚たちは、「日本は中国に環境対策で遅れをとってしまった」と嘆いていたのをよく覚えている。

中国では日本で開発されたはずの水素エンジンが日本よりも活用されていて、バスやゴミ収集車が水素で動いているという。さらに、高速道路では通過する自動車1台ごとに、排気ガスがチェックされ基準値を越える車を摘発できるようなシステムも導入されている。

つまり、環境に優しい企業や商品が勝ち組となり、環境に悪い企業や商品が淘汰されるという、「SDGs」「ESG投資」の流れで、中国が優位に立ちはじめたのだ。

投資関係者の話では、中国を利する可能性があるため、冒頭で紹介したように「SDGsはもう古い」という認識が広まっているのだという。

アメリカも必死だ。

アメリカ・バイデン大統領
アメリカ・バイデン大統領

バイデン政権は今月、中国が軍事情報活動で優位に立つ可能性のある分野(半導体や人工知能・AI)で、中国企業・団体への米国の企業・個人による投資を規制する新制度を発表した。

いま、中国から西側の富と資本がどんどん引きはじめている。中国への投資を規制し、中国リードの経済を作らせない第一章がすでにはじまっている。

つまり、新しいルール(規制)をつくり、中国の経済成長を遅らせようとしていると考えてよいだろう。

“見える化”で中国封じ込め

そして第二章ではメイドインチャイナの不買運動が待ち構えているとされている。

投資の流れはすでにせき止められ始めている。しかし、世界に流通する商品や製品の多くがメイドインチャイナとなっているため、なかなか中国依存から脱却できないでいる。

世界に流通するメイドインチャイナ…次の一手は製造過程の“見える化”(画像はイメージ)
世界に流通するメイドインチャイナ…次の一手は製造過程の“見える化”(画像はイメージ)

そのための次の一手が、プロセスの見える化だ。商品がどこでどのような企業にどのような労働者によって作られたものかなど、徹底した情報開示をルール化することだ。

欧米は消費者に対して、「中国の台頭は資本主義の危機だ。安全保障の危機だ」と主張する。安全保障では台湾海峡や南シナ海を挙げ、人権問題、言論の自由の問題では、ウイグル自治区や対香港政策を事例に挙げるだろう。アメリカではたばこのラベルに肺がんになった肺のカラー画像の貼付を義務化した。中国製品の場合は、ウイグル自治区の強制収容所などの写真を貼付を義務化するのだろうか。

価格は今以上に上がるかもしれない。中国での生産をやめ、中国よりも賃金が高いアメリカ国内での生産に切り替えれば、商品の価格が高くなるのは当たり前だ(円安が進行している日本に生産ラインを作れば価格は上がらないかもしれないが)。

しかし、人権に意識の高い消費者などは、情報が開示されていれば、多少価格が高くなっても自分好みの商品を手にするだろう。こうした消費者行動は、SDGsのルール下で、すでに起きているからだ。ヨーロッパの靴メーカーが海で回収された廃プラで作った靴を通常より高い値段で販売したところ、完売したという。消費者は価格が高くても地球に優しい商品を手に取ったのだ。

“見える化”が環境重視社会をもたらすか?

商品製造過程の「見える化」は、不当に安価な製品や環境負荷の大きい商品を市場から閉め出すとともに、値段が高くても人権や環境に優しい商品を買ってくれる新たな市場を創造している。この流れは歓迎すべきことだ。

いま地球は、人類の人口増加に伴い、限りある資源が枯渇しようとしている。地球環境問題は待ったなしの状態だ。

ハワイ・マウイ島の山火事の原因は、ハリケーンによる強風だった
ハワイ・マウイ島の山火事の原因は、ハリケーンによる強風だった

世界各地で頻発する山火事。大きな被害をもたらしたハワイ・マウイ島の山火事の原因はハリケーンによる強風だったが、そもそもハワイに台風は訪れないというのが常識だったはずだ。

異常気象は、世界的な食糧危機を呼ぶトリガーにもなりえる。

1960年代の世界人口は、25億人あたりだった。アフリカの飢饉から子供たちを救うため、マイケル・ジャクソンさんの呼びかけで豪華アーティストが歌った「ウィー・アー・ザ・ワールド」。あのころの世界人口は、50億だったが、いまは80億人に達している。

もし、世界的な食糧危機が現実に起きた場合、昔の比ではないほどの数の命が奪われることになってしまう。そうした状況を避けるためにも、経済の覇権を争う前に、地球環境を守る世界的なルールを作ってほしい。世界統一基準はきっとできるはずである。人類は一度、オゾンホールをめぐり、世界各国が一致団結して環境問題を解決することができているのだから。

大塚隆広
大塚隆広

フジテレビ報道局国際取材部デスク
1995年フジテレビ入社。カメラマン、社会部記者として都庁を2年、国土交通省を計8年間担当。ベルリン支局長などを経て現職。
ドキュメントシリーズ『環境クライシス』を企画・プロデュースも継続。第1弾の2017年「環境クライシス〜沈みゆく大陸の環境難民〜」は同年のCOP23(ドイツ・ボン)で上映。2022年には「第64次 南極地域観測隊」に同行し南極大陸に132日間滞在し取材を行う。