企業名が入ったペンやバッグなどのノベルティグッズをもらっても、あまり使わなかったという経験があるかもしれない。今、ある会社が作ったノベルティグッズがSNSで話題になり、“欲しい”という人が続出している。
熊本県にある九州文化財研究所(@kyubunken)が8月2日、自社の創設30周年シンポジウムで配るノベルティグッズが完成したことを、X(旧Twitter)に投稿した。
「おわかりいただけるだろうか?」とのコメントとともに投稿された画像に写っているのは、2種類のクリアファイル。

1枚は、活字の大きさを測るための「活字級数・号数の早見表」、0.1ミリから2ミリまでの「線の太さ一覧」、A判・B判などの「用紙のサイズ一覧」、そして“一間=181.8cm”などの「単位換算」の表がついており、“報告書作成に便利なファイル”とある。なお表側は熊本城の写真になっているそうだ。
もう1枚は、大化から令和までの「西暦和暦対照表」「センチメートル定規」「尺寸定規」がついており、“調査に便利なファイル”と説明されている。こちらの表側は埴輪のイラストになっているという。
※「センチメートル定規」と「寸尺定規」は、クリアファイルに印刷したものであり、簡単に歪み伸び縮みすることから正式な計器としてはつかえない。あくまで目安の飾り。

そして九州文化財研究所は続けて次のように投稿。
せっかくノベルティでクリアファイルを作ってもポイってされがちなので、絶対使ってもらいたいという強い意志を込めて作りました
社内では、「用途が偏りすぎている」「使う人が限られる」と評判ですが、そんなことないですよね!?!??
使 っ て く だ さ い !!!!!
この2つ目の投稿を見た人たちからは、「ちょ…!コレ欲しいです」「マニアックすぎてスゴク欲しいです‼️報告書作りにはとても便利ですね」「仕事柄これは便利 毎日机の横に置いておきたい」などのコメントが寄せられ、1万3000を超えるいいねを集めている(8月14日現在)。
使ってもらえるように便利情報を詰め込んだ
それにしてもなぜ、このような一覧などをクリアファイルに盛り込もうと思ったのか。九州文化財研究所に聞いてみた。
――九州文化財研究所はどのような会社?
文化財の発掘調査、遺物の整理業務、文献調査、建造物の調査(寺院調査)、測量、保存処理、史跡の整備等を行なっております。よく財団法人と間違われますが株式会社です。

――なぜこのノベルティをつくろうと思ったの?
クリアファイルは令和5(2023)年12月20日に弊社の創設30周年を迎えることを記念して作成したものになります。10月29日に熊本で、「関ヶ原合戦」をテーマとした創設30周年記念シンポジウムを開催する予定で、そこでノベルティとして配布いたします。
20周年、25周年のタイミングでクリアファイルを作成しているのですが、シンプルな社名入りのクリアファイルであったため、有効活用されている様子がありませんでした。そのため、30周年記念では、使ってもらえるような便利な情報を詰め込んだクリアファイルを目指しました。
完全にノベルティとして作成しており、販売できるほどに枚数がない状況です。
――それぞれの機能について教えて。
文化財調査や史跡整備関係の仕事をしておりますので、片方は調査報告書や計画書作成にあると便利なDTP(デスクトップパブリッシング)に関するデータを詰め込んだもの、もう片方は資料調査にあると便利な西暦和暦対照表や、センチメートル、寸尺がわかるデータを詰め込んだものになります。
文化財調査の際に、記録はメートル法でつけるのですが、別途尺貫法でものを見る必要があります。いつも使うわけではないので尺貫法の定規を持ち歩いていないことも多く、このようにクリアファイルにざっとした大きさがわかる記載があると便利です。
――なぜこの機能を選んだの?
Twitter担当が自分の欲しいものをつめこむ形で、素案を作成しました。素案を元に、社内で内容の検討を行い、現在の形になりました。入れられなかった機能については、かなり多いです。
級数表については、文化財の業界では、文化財の調査をした後には調査報告書をつくり、文化財の保存・活用や整備を行う際には計画書を作ります。その中で、DTPの知識が必要になるのですが、時折、過去の報告書に合わせたレイアウトで…という話になることがあります。この過去の報告書というのが、デジタルデータが残っていないことも多く、そういうときにこの透明の表があると便利です。
時代区分のあいまいさをグラデーションで表現
――こだわったポイントについて教えて。
社内で議論になったのは学術的な正確性の部分でした。特に、西暦と和暦の対照表ですね。問題となったのは2点、(1)時代区分と(2)南北朝年号です。
――時代区分はどのような点にこだわったの?
時代区分の設定は、研究者ごとに違いますし、どういう視点で時代を区切るかで全く違うものになります。有名なのが歴史教科書の鎌倉時代の始まりが「1192(いい国)作ろう鎌倉幕府」から「1185(いい箱)作ろう鎌倉幕府」になったお話です。
これは、諸説ありますが、1192年は源頼朝が征夷大将軍に就任した年であることを鎌倉幕府成立の転機と考える歴史観が元々あったのですが、実は「征夷大将軍」に重きを置いたのは江戸時代以後のお話で、鎌倉時代当時、源頼朝は「右(近衛)大将」と呼ばれ、「征夷大将軍」よりもそちらが重視されていたということが、研究でわかりました。
そのため、諸国に守護・地頭を設置する権限を後白河天皇に認めさせた1185年が鎌倉時代の始まりとされたわけです。
そのように、「〇〇時代」の区分はあいまいです。そのため、区分をわざとはっきりさせないようにグラデーション表記にしています。

――南北朝年号についてはどう?
南北朝時代という日本に二つの朝廷、二つの年号があった時代があります。
これに関しては、「南北朝正閏(せいじゅん)論」問題という「果たして南北朝のいずれが正統なのか?」という議論が江戸時代からずーっと続いておりまして、現在まで至っております。
本来であれば横に並べて併記するのが一番良いのですが、クリアファイルの余白がなかったことから、南朝・北朝のどちらを上にするか、というところで、まず議論がありました。これに関しては、上下との流れが一番スムーズであるという理由から、南朝が上、北朝が下という配置で決着がつきました。
そして、上司が一番こだわったのが、「正平一統」です。これは、1352年に、北朝が南朝側と和議を結び、中断する時期がありまして、その際、南朝の年号である「正平」が北朝側でも使われます。そのため、北朝側の年号にも「正平」を含めるべきではないかという上司の主張が通った部分になります。

――ネットで反響があったことについてどう思っている?
社内で、クリアファイルの案を提出したときの反応が、「用途が偏りすぎている」「使う人が限られる」というもので、自分でも「そうだろうな」と思っていたので、こんなに反応をいただけたのは想定外でした。文化財業界以外でも需要があると分かったことはとても新鮮で勉強になりましたし、これをきっかけに歴史や文化財に興味を持ってくださった方もいて、とても嬉しいです。
博物館施設の多くは人手・資金不足…
――ノベルティグッズを通じて伝えたいことは?
昨今、国立科学博物館のクラウドファンディングなどが話題ですが、全国の博物館施設の多くは人手不足、資金不足等の問題を抱えています。少子化や人口の都市集中による、お祭りなどの無形文化財の担い手不足、文化財の守り手不足の問題、石造物や仏像などの盗難被害の問題もあります。
これらの問題を解決すべく頑張っている人たちが日本中にいます。そしてその人たちを支えるのは、歴史や文化財に興味を持ち、歴史や文化財を必要なものだと考えてくれる人たちです。
ノベルティをきっかけに、多くの方に文化財に関わる仕事に興味を持っていただき、身近にある歴史や文化財にも興味を持っていただけたら嬉しいです。クリアファイルにそこまでの重責を負わせるのも無茶な気がしますが。
おわかりいただけるだろうか? pic.twitter.com/gnewSQDoCQ
— 九州文化財研究所 (@kyubunken) August 2, 2023
クリアファイルにこれほどまでに文化財と歴史に対する熱意が詰まっていたとは驚きだった。運よく手に入れられた人は、ぜひ大切に使って歴史や文化財に思いを馳せてほしい。