世界的電機メーカーのSONYのキャラクターである「ソニー坊や」の存在をご存じだろうか?

髪は七三分けで、つぶらな瞳に、「SONY」とアルファベットで表記されたTシャツ姿の男の子の人形で、昭和の頃、全国の街の家電販売店の店頭などで見かけたマスコットキャラクターだ。

最近は見かけることも少なくなった“ソニー坊や”だが、沖縄では独自の進化を遂げて現在も地域の人々に愛されている。

沖縄に現存する巨大なソニー坊やは5体

沖縄県宜野湾市野嵩(のだけ)の国道330号線沿いにたたずんでいるのは、まぎれもなく“ソニー坊や”だ。

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それにしても巨大だ…。大きさは2メートルほどあろうか…。
コンクリート製で、足元には交通安全とペイントされている。

宜野湾市の他にも、本部町、うるま市、西原町、糸満市で5体のソニー坊やが現存している。

宜野湾市のソニー坊やは、数年前に道路に隣接するタクシー会社の建物を新しくするのに合わせて修繕が行われたということで、他の地域のものと比べると色白に見える。

タクシー会社の職員に話を聞くと、「マニアの方、好きな方は写真を撮りにきている」とのこと。

本島内には5か所設置されていて、そのうちの1か所がここであることについて職員は知らなかったようで、「骨董品ですね」と笑顔を見せていた。

職員がソニー坊やについてあまり詳細がわからないことや、タクシー会社が設置したものではないということで調査を続けた。

ソニー坊やの産みの親はだれ?多くの謎?

調査を続けていくと、各地にあるソニー坊やの産みの親は、ソニーの沖縄総代理店だった電波堂の創業者の故・新川唯介(しんかわ ただすけ)さんとだとわかった。

どういう経緯で設置されたのかさらに調査を進めていくと、1967年に撮影された8ミリフィルムにたどり着いた。

 映像は那覇市の神原小学校で開かれたカブススカウト(小学3年生から5年生対象のボーイスカウト)。このイベントにソニー坊やを発見。

 しかし、胴体はなくて頭のみ!?

8ミリフィルムの映像を収集・公開している沖縄アーカイブ研究所の真喜屋力(まきや つとむ)さんによると、「電波堂は子どもたちの健全育成など社会貢献活動にも力を入れて取り組んでいたということで、手作りの被り物として使われていたのではないか」と推察する。

フィルムにはソニー坊やがプリントされたTシャツを着た子ども達の元気な姿もあった。

このほか、1965年に那覇市辻のジュリ馬まつりでもソニー坊やの姿が映っていた。

こちらはトラックの荷台に乗っていて、当時、イベントで各地に出向いていたようだ。

沖縄テレビの過去の映像にも 長年ビーチの安全を見守る

さらに取材を進めていくと、沖縄テレビの過去のVTR素材にもソニー坊やの姿が確認できた。こちらは糸満市の名城ビーチで撮影されたもので、現在も残っているか確認に行ってみた。

2022年にオープンした琉球ホテル&リゾート名城ビーチの敷地内、駐車場の一角にソニー坊やの姿があった。

佐藤健人支配人は、「ソニー坊やが地域の方たちに愛されているということや、名城ビーチを長年見守ってきたということで、ホテルが開業した後も見守っていただきたいという思いで残した」と話す。

1974年に撮影されたとみられる映像では、当時の名城ビーチが行楽地としてにぎわい、多くの人が訪れていたことがうかがえる。

当時を知る徳村弘輝さんは「もともと海水プールがあった場所にソニー坊やがいた」と記憶している。

また、徳村さんは「西向きで夕日が沈む海を眺めながらたたずんでいて、他のソニー坊やは交通安全をうたっていたが、ここはビーチ全体の安全を見守っていた」となつかしそうに話す。

ビーチから移設されたソニー坊やは、2022年に徳村さんがペンキを塗りなおして現在の姿になっている。

ソニー坊やの産みの親の孫「大切に守る人たちに感謝の思いを伝えたい」

「唯一海に向かっていたので潮風で痛みが一番激しかった」と話すのは、ソニー坊やの産みの親である新川唯介さんの孫にあたる紀々(きき)さん。

紀々さんは、「最初はオリジナルに忠実にしたい派の声があったが、いたずらでやっているわけではないし、みんなが思いを持って直してくれたりしているので、忠実ではなく地域色があってもいい」と話し、それぞれの地域で大切に守る人たちに感謝の思いを伝えたいとしている。

取材の最後に訪れたのは本部町にあるソニー坊や。

美ら海水族館近くで観光客のレンタカーも多い通り沿いで交通安全を見守っているのだが、その隣には…女の子!?

3年前にソニー坊やの妹を作成したのが大田武男さん。
名前はソニーちゃんと名付けている。

大田さんは「男の子だけだと寂しいから、女の子がいないと」と思って、ドラム缶と100円ショップで針金などを購入して製作したと話す。

10月になったらハロウィン仕様にして、子どもの日には兜(かぶと)を作っているとのこと。
勝手ではあるが、「暇だから」ということで始めたそうだ。

本部町のソニー坊やをよく見ると右側の手が垂れているように見えたのだが…
数日後、再び訪ねてみると…

エイサーバージョンのソニー坊やに仕上がっていた。

沖縄に5体だけ残るソニー坊やは、地域の人に愛されながら、これからも交通安全を見守り続ける。

沖縄ソニー坊やプロジェクトのインスタグラムにはさまざまな写真が記録されている。

(沖縄テレビ)

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