死刑判決を受けた袴田巖さんの裁判をやり直す「再審公判」で、検察側は袴田さんの有罪を立証する方針だ。これまでの審理で裁判所は重要証拠の「5点の衣類」について“ねつ造”を示唆し、それが再審開始につながった。検察側は、衣類の見つかった経緯や血痕の色の変化に関する知見などをもとに、“ねつ造”の指摘に反論する方針だ。

裁判所「重要証拠は“ねつ造”の疑い」

強盗殺人・放火事件の現場(旧清水市)
強盗殺人・放火事件の現場(旧清水市)
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1966年 当時の静岡県清水市で、みそ会社の専務一家4人が殺害され、金が奪われたうえ家に放火される事件がおきた。

姉と暮らす袴田巖さん(浜松市)
姉と暮らす袴田巖さん(浜松市)

この事件で死刑判決を受けた袴田巖さん(87歳)は裁判のやり直しを求め、2023年3月東京高裁はやり直しを認める決定を出した。

袴田さんが犯行時に着ていたとされた衣類
袴田さんが犯行時に着ていたとされた衣類

焦点となったのは、事件から1年2カ月後に被害者宅近くのみそ工場のタンクから見つかった、血痕の付着した5点の衣類に対する判断だ。5点の衣類は、袴田さんが犯行時に着ていたとされ、有罪判決の決め手となった重要な証拠だ。血痕には赤みが残っている。

東京高裁が再審開始を決定(2023年3月)
東京高裁が再審開始を決定(2023年3月)

東京高裁は「長期間 衣類がみそに浸ることで血痕の赤みは消える」と、弁護側の主張に沿った判断を示した。そして「袴田元被告以外の第3者がタンク内に隠してみそ漬けした可能性は否定できない」としたうえで、この第3者について「事実上 捜査機関による可能性が極めて高い」と踏み込んだ。

静岡地裁は再審開始と袴田さん釈放を決定(2014年3月)
静岡地裁は再審開始と袴田さん釈放を決定(2014年3月)

この5点の衣類をめぐっては、2014年3月にも静岡地裁が再審開始への流れを作った判断を示している。静岡地裁は、弁護側のDNA型鑑定をもとに、「(着衣に付着した血は)袴田元被告のものとも、被害者のものとも言えない」とし、5点の衣類は「捜査機関にねつ造された疑いがある」と断じた。

裁判所に2回にわたり重要証拠を “ねつ造”と指摘されたり示唆され、再審公判での検察側の立証方針が注目されたが、2023年7月10日 検察側は有罪立証の方針を静岡地裁に伝えた。

事件後の捜索で衣類が見つからなかったワケ 

検察側は再審公判で、「被告人(袴田さん)が犯人であること」「1年以上みそに漬けられた衣類の血痕に赤みが残ることは不自然ではないこと」「ねつ造の主張には根拠がないこと」を主張していくことを明らかにした。
静岡地検が10日に公表した「検察官の主張立証方針等」のなかで、「5点の衣類の発見経緯」と「1年以上みそに漬けられた衣類の血痕の色の変化」について紹介する。

事件1年2カ月後にみそタンクで見つかった衣類
事件1年2カ月後にみそタンクで見つかった衣類

まず「5点の衣類の発見経緯」だ。5点の衣類は事件発生から1年2カ月後に見つかり、検察側が裁判の途中で犯行着衣を変更する異例の展開となった。
事件当時 袴田さんは被害者宅から30mのところにあるみそ会社の工場で働き、工場2階の従業員寮に住んでいた。

 
 

以下は「検察官の主張立証方針等」の抜粋だ。

・(衣類が見つかった)タンクに立ち入る機会のある従業員は専ら被告人であり、通常 他の従業員が同タンク内に立ち入る機会はなく、同タンクのみその中に5点の衣類が隠匿されれば、他の従業員がこれに気づく機会はなかった。

・事件発生日の時点で、80~200kg程度のみそが同タンクに残っており、同みその中に5点の衣類を隠匿することは十分可能であった。
・被告人は、事件後に同みその中に5点の衣類を隠匿する機会があった。
・警察が1966年7月4日にみそ工場を捜索したが、会社側の要請により各醸造タンク内にあったみその中まで探索しなかった。20日、5点の衣類が隠匿されたまま、タンクに4トン余りのみそ原料が仕込まれ、8月3日にも更にみそ原料が仕込まれ、その後、合計8トン余りのみそが約1年間醸造され続けていた。
・1967年7月25日から取り出し作業が開始され、8月31日、作業に当たっていた従業員が、タンクの底から5点の衣類を発見した。

検察側は、袴田さんが1966年6月30日の事件発生から7月20日タンクにみそ原料が仕込まれるまでの間に、衣類を隠したと主張する。袴田さんは8月18日に逮捕されている。

「赤みが残ることは不自然ではない」

次に「1年以上みそに漬けられた衣類の血痕の色の変化」だ。

まず弁護側の実験から紹介する。

血の色についての弁護側の実験
血の色についての弁護側の実験

弁護団は支援者などと実験を繰りかえし「長期間みそに着けた衣類の血痕は黒くなるため、証拠はねつ造されたもの」と主張してきた。
差し戻し審では法医学の専門の大学助教に鑑定を依頼し、大学助教は血液に液体を加える実験をした。

血の色についての弁護側の実験
血の色についての弁護側の実験

液体の塩分濃度と酸の強さを一般的なみそと同じに設定して実験したところ、血液は茶色に変色し2日後には黒くなった。長くても数週間程度で血液は赤みを失って茶色から黒っぽい色に変色したという。血痕で実験した場合も、血液と同じように赤みが消えたそうだ。

これに対し検察側の主張を、「検察官の主張立証方針等」から抜粋する。
・5点の衣類の血痕に赤みが残ることは何ら不自然ではなく、5点の衣類が1年以上みそ漬けされていたとの事実に合理的な疑いが生じることはない。
・5点の衣類に付着した血痕の色合い(血痕に残っていたとされる「赤み」)については、当時の観察者の供述から認定するほかなく、それは知覚、表現における個人差にも左右され得る上、光源の違いにより色の見え方が異なるところ、証拠上、当時の観察者の観察条件に差があったことが推認され、それにより色の見え方が異なる。

・血痕の赤みを消失させるか化学反応の速さは、5点の衣類に付着した人血の凝固、乾燥の有無・程度や、5点の衣類を取り巻くみそ中の酸素濃度等によって大きく左右され、このことは、差戻抗告審で弁護側証人の生物物理化学者も「血痕が完全に乾燥した場合、酸化反応が進むのが極めて遅くなる」「酸素濃度が低い場合には、酸化反応が遅くなり、濃度によっては、赤みが消失するまで1年以上かかる場合もあり得る。」旨、証言していたところであるのに、差戻抗告審における弁護側証人の法医学者らは、「血痕と血液の間には化学反応の起こりやすさ・速度に大差がない、醸造タンク内にも十分な酸素は存在する」という誤った前提に立ち、酸素濃度について検討もないまま、結論を導き出している。

・検察官が実施したみそ漬け実験は、その実験条件及び試料撮影条件に問題がなく、その実験結果(長期間みそ漬けした血痕に赤みが残る例が多数観察されたこと)は、弁護側証人の法医学者らの見解によっては説明することができない事象の存在を明らかにするものであり、1967年当時、みそ会社従業員、警察官及び鑑定人とで異なる環境(光源)下で観察し、その色調を表現している表現内容に沿う結果となっている

そして最後に、こうした主張立証をする前提としての考え方を示している。

・再審公判における審判は、確定審における判断はもとより、再審開始決定を始めとした再審請求審における各判断にも何ら拘束されるものではないのであり、検察官としては、これを前提に今後の主張立証を行う。

弁護団「組織を守るためか メンツのためか」

検察の有罪立証決定をうけ弁護団が会見(7月10日)
検察の有罪立証決定をうけ弁護団が会見(7月10日)

検察が示した有罪立証の方針に、袴田さんの弁護団や姉のひで子さんは強い怒りをにじませた。そのうえで、改めて有罪の立証を断念するよう求めた。

弁護団事務局長・小川秀世弁護士:
これを見て私としてはがっかりしました。本当に法曹として情けないのではないか。

10日行われた弁護団の会見で、事務局長を務める小川秀世弁護士は、検察側が示した立証では、血痕の着いた衣類が犯行着衣であることを証明できないことは"明白"と強く非難した。

弁護団事務局長・小川秀世弁護士:
どういう目的か、組織を守るためか検察を守るためか、あるいはメンツのためかどういうことかわからないですけれど、こういうことが許されること自体検察の組織に改めてがっかりした

姉・ひで子さん:
検察庁は、やっぱり検察庁の都合で、こういうことをしたと思っています。袴田弁護団は、しっかりしており、それ相応に対応してくれると思っているので安心しております

弁護団は、「えん罪の被害者に対して、何の配慮もない非道な行為」として、検察に抗議文を提出したうえで、有罪の立証を断念するよう改めて求めた。

検察の有罪立証で裁判長期化か

他の事件の再審公判で、検察の立証方針はどうだったかを調べた。

無期懲役の判決が下された事件の再審公判では、検察がそれまでの主張を一転させ無罪を主張したケースや、立証を放棄したケースがあった。
例えば東電OL事件や足利事件では、DNA型鑑定によって真犯人とみられる第3者のDNAが新たに検出されたことから、検察が有罪立証を断念し無罪を主張した。

ただ、過去に死刑が確定した4つのえん罪事件では、いずれも検察が有罪を立証し、死刑を求刑している。

検察側の有罪立証により、裁判の長期化が予想される。再審が確定してから実際に無罪が確定するまでの期間をまとめた。
検察が有罪を争わなかった事件の場合、長くても1年9カ月、短いものですとわずか5カ月で無罪が確定している。
しかし、検察が改めて死刑を求刑した4つの死刑えん罪事件では、早いケースで無罪確定まで1年6カ月、遅いケースで3年の時間を要している。

袴田さんは87歳(2023年7月時点)
袴田さんは87歳(2023年7月時点)

袴田さんに当てはめると、無罪確定は早くて2024年9月、遅い場合は2026年3月となる計算だ。
2023年7月時点で袴田さんは87歳、無罪判決まで3年もかかると90歳になる。
一日も早く、やり直し裁判の決着がつくことが望まれる。

(テレビ静岡)

テレビ静岡
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