2023年で米寿(=88歳)を迎えた元教師の男性が、かつての教え子を前に「授業」をした。教師を引退して長い時間がたっているのにも関わらず再び授業をすることになったワケとは。

同窓会で“授業”依頼

午前6時20分、自宅を出て近所の公園へ向かう中小路弥太郎さん、88歳(※2023年6月取材当時)。

中小路弥太郎さん
中小路弥太郎さん
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毎朝、地域の人とのラジオ体操が日課だ。互いの元気な顔を確認すると、急いで自宅に戻る。

英語のテキストを開き、15分間ラジオの英会話講座を聞く。長崎原爆による被爆の実相と平和の尊さを次世代に伝えていくために活動を行うボランティアガイド「平和案内人」として、外国人観光客のガイドをしたいと勉強を欠かさない。ほかにもペン習字や読書会、料理教室など毎日、予定が詰まっている。時間がいくらあっても足りないようだ。

今は愛犬のピースと暮らしていて、83歳の妻・雅子さんは認知症を患い、2年前から施設で生活している。

中小路弥太郎さん:
家内と生き別れなんか夢にも思わんかった。施設にね。人生厳しかね。家で徘徊ばっかりしよった。布団ここに2つ敷いて横におって目を覚ましたら夜中おらん。夜中でも出て行くときもある。

離れて暮らし始めたころは寂しさもあったが、今は施設の仲間と穏やかに過ごす姿に安心している。介護と向き合う中でも常に前向きでいられるのは、ひとつの「目標」があったからだ。

中小路弥太郎さん:
教員だったので「同窓会」が楽しみ

中小路さんは商業高校で長年、簿記を教えてきた。1959年に大学を卒業し、最初に赴任した長崎県立壱岐商業高校では1回生の担任を務めた。中小路さんが壱岐商業高校に勤務していた当時から大切に保管してきた“ある手帳”を見せてくれた。

中小路弥太郎さん:
昭和36年度って書いている。1回生が3年生のときの教務手帳。
教員というのはえんま帳(教務手帳)を持っとる。成績・就職状況を書いたり

初めて受け持った教え子との絆は深く、卒業後何度も同窓会に招かれた。中小路さんは「教師として一番うれしいことは成長した姿を見られること」と語る。

64年ぶりの簿記の授業

2023年は中小路さんが米寿(88歳)、1回生が傘寿(80歳)と共にめでたい年。当時の教え子たちと数年前から計画していた同窓会の場で、再び“授業”をすることになったのだ。教え子からの「先生、授業やってよ!」の一言がきっかけだった。

同窓会当日、中小路さんの姿は高速バスの停留所にあった。

中小路弥太郎さん:
きょうの授業、限られた時間。25分やっけん考えましたよ。同窓会集まって、飲んで、しゃべって、カラオケ。それプラス授業があったらいいよね

教え子たちが待つ福岡・博多へと向かった。バスの車内でも授業の準備に余念がない。

福岡・博多のホテルで出迎えてくれたのは80歳になった教え子たち。はたから見るとまるで同級生のようだ。

中小路弥太郎さん:
こんな格好で来ました

中小路さんがこの日身に着けていたジャージとスニーカーは、いつまでも若く、元気でいてほしいと同窓会前夜に教え子から届いた米寿の贈り物だ。

教え子:
先生、若すぎ!

中小路弥太郎さん:
いや、若すぎじゃない

いよいよ中小路さんの“授業”が始まる。

中小路弥太郎さん:
1回生の皆さん、こんにちは。昭和34年4月8日、16歳の少年少女と会いました。いきなり簿記の授業します。借方、支払い家賃。相変わらず私は字は下手です。

88歳の先生と80歳の生徒たち。64年ぶりの簿記の授業だ。

中小路弥太郎さん:
商品という勘定が3分割。仕入れ、売り上げ、繰越商品。仕入れは一応、費用の勘定になる

準備したのは当時、高校1年だった生徒のほとんどが解けた問題だったが、頭を抱える教え子たち。

中小路弥太郎さん:
この程度の問題は、4月に入学して6月の6日には分かっとった。みんな。そのあと検定試験を受けた。みんな合格したんです。あとひとつで終わりにします。みんなも疲れてぼーっとしとるやろうけんね。在学中はぼーっとしとるのはしばきよったよね。今そんなことしよったらクビばってんね

授業では先生の本音も飛び出した。

中小路弥太郎さん:
実は正直に言ってね、学校卒業してすぐ教壇に立って西も東も分からんやったとです。どう教えていいか。何も分からんで、もう行き当たりばったり。きみたちは、よか迷惑を受けとるんです。しかし、壱岐商業の1回生に担任までさせてもらって、私、夢のごたる。これで私の授業は終わります。なんか疑問があったら、いつでも長崎の長与の家に来てください。ありがとうございました。

新任だった当時の先生の意外な思いも聞いて、教え子たちの気持ちも64年前にタイムスリップしたようだ。

教え子・石井武子さん:
来てからすぐだからさ、おどおどしているところもあったね(笑)

教え子・市山勝芳さん:
記憶はよみがえってきました。それで僕も卒業してから経理の仕事を会社に入ってしていたから、それは先生のおかげです

教え子・高田秀夫さん(※高ははしごだか):
いや~、変わりないよ。昔から。彼というか先生だから本当に熱血というか。やっぱこういう先生いないよね。考えたらね

「人生やっぱり目標があった方がよか」

64年ぶりに実現した25分間の授業。教師だった中小路さんにとって夢のようなひとときだった。

中小路弥太郎さん:
80歳の教え子がさ、ここ来て、簿記の授業ば短かったけどね、一生懸命聞いとったたい。やっぱり、うれしか。もう何年前からね。きょうの日をね、いわゆる生きる目標にしとった。人生やっぱり目標持っとった方がよかね。教員してよかったと思う。教え子は宝物

今回の同窓会で、教え子から「また同窓会をしましょう」という声もあり、次の楽しみが増えたという。

64年という長い時を超えて再び「先生」として、「教え子」との再会を果たした中小路さん。人生の目標を生きるエネルギーにして、これからも「生涯現役」を貫く。

(テレビ長崎)

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