先週、日本が議長国を務めたG7サミットは、会場を世界初の被爆地・広島とし、ロシアの侵攻を受けているウクライナのゼレンスキー大統領を招いた。
(参考記事:【独自】原爆投下した「エノラ・ゲイ」の内部 G7首脳「資料館」を視察へ)
この記事の画像(28枚)核軍縮・不拡散と、戦闘が続くウクライナ。
サミットでは、バイデン米国大統領が、19日、各国首脳に対し、ウクライナが求めるアメリカ製F-16戦闘機の(NATOの)同盟国による供与を容認するとともに、パイロットの訓練を支援する考えを伝え、翌日、訪日したウクライナのゼレンスキー大統領にも直接伝えた。
バイデン大統領が言うF-16戦闘機の供与を容認する同盟国とは、どの国なのか?
どこのF-16戦闘機が供与されるのか?
航空軍事評論家の石川潤一氏によると、NATO内では、オランダ(26機)、ベルギー(53機)、デンマーク(70機)が保有し、ノルウエーもF-16を保管している。しかし、この4カ国が保有・保管しているF-16は、いずれも空中戦も地上攻撃もそれなりにこなす初期型のF-16A/Bの寿命を延長したMLUと呼ばれるタイプ。
新鋭の戦闘機や戦闘爆撃機、それに現役の爆撃機を繰り出しているロシアと戦っているウクライナは、最新のF-16C/D型でなくても伍していけるというよみなのだろうか。
そこで気になるのが、ロシアが3月、西に隣接する同盟国ベラルーシに戦術核兵器を置く方針を示したこと。
ベラルーシはウクライナの北の隣国でもある。
従って、ウクライナにとっては核による威嚇とも受け取られかねない状況だろう。
ゼレンスキー大統領は広島の平和記念資料館を訪問した際「資料館の訪問に深く感銘を受けた。…現代の世界に核による脅しの居場所はない」と記帳した。
F-16をウクライナに供与する可能性のある4カ国のうち、ベルギー、オランダは、自国内に米軍の戦術核爆弾を置き、いざという場合には、自国の作戦機でその核爆弾を使用する核共有政策をとっている。そして、その対象機種が両国とも、一部のF-16だったのだ。
従って、うがち過ぎかもしれないが、ロシアは、いざという場合には核爆弾を搭載できるかもしれない戦闘機がウクライナに供与される可能性を考慮せざるをえなくなるかもしれない。
キンジャール vs パトリオット
重い課題をいくつも抱えながら開かれたG7広島サミットだったが、その会議の進展を世界の厳しい現実は待つこともなく、ウクライナの反転攻勢が近づくと言われる中、ロシアは5月4日、極超音速空中発射弾道ミサイル、キンジャールをMiG-31K攻撃機から発射。
狙ったのは、4月にウクライナに引き渡されたばかりのパトリオット地上配備型迎撃ミサイル・システムだったと報じられた(CNN 5/14)。
キンジャールは、MiG-31K作戦機やTu-22M3爆撃機に吊り下げられ、投下され、空中で噴射を開始すると複雑に機動しマッハ10という極超音速で飛ぶ、いうなれば変化する豪速球のようなミサイルだ。
迎撃を回避する核搭載可能なキンジャール
そしてキンジャールは、「非核」弾頭だけではなく、威力がTNT爆薬換算で5~50キロトンの核弾頭も搭載出来る(Jane Weapon Systems STRATEGIC 2023-24)。なお、広島に投下された原爆リトルボーイの威力が約15キロトンだったと推定されている。
キンジャールのベースとなったのは、2007年に配備が開始された弾道ミサイルも巡航ミサイルも発射出来るという、西側にはあり得ない独特なコンセプトのイスカンデル複合ミサイル・システムから発射される、9M723弾道ミサイルだ。
1987年に締結された米露INF条約が、射程500km~5500kmの地上発射弾道ミサイル、巡航ミサイルを禁止していたので、9M723弾道ミサイルも最大射程500kmとされていた。
なお、INF条約は2019年に無効化している。
9M723弾道ミサイルは、西側のミサイル防衛をかわすため、レーダーに映りにくい弾体構造及び素材を使用し、楕円軌道なら最高到達高度80kmであるのに対し、迎撃レーダーを極力かわすため、最高高度50kmの低進弾道で飛翔することが可能だったとされていた。
この性能は、±30度まで可動する4枚の動翼と噴射口に突き出して、噴射の向きを調整する4枚のベーンを使って実現するもので、さらに、このミサイルは上昇段階のブースト・フェーズと標的に向かう最終段階のターミナル・フェーズで機動できるとされていたのである。
ベーンは、上昇途中の高度12~15kmまでミサイルを機動させるのに有効とされるうえ、動翼が有効に働かない高高度の場合は、8基の小型スラスターが、ミサイルを機動させる構造になっているとみられていた。
このように、単純な弾道軌道を描かない9M723弾道ミサイルの特徴について、防衛省は「北朝鮮による核・弾道ミサイル開発について」(2020年10月版)という公表資料の中で、「イスカンデルがとるとされる迎撃回避方法」を紹介し、(1)上昇時の機動、(2)低空軌道によるレーダー回避、(3)ステルス性が高く小さいレーダー反射、(4)終末段階の機動、をあげていた。
この記述は、イスカンデル・システムに搭載・発射される9M723ミサイルのことを指しているとみられる。
9M723ミサイルは、発射前に個々のMZKT-79305移動式発射機等の停車位置をロシア版の衛星航行位置測定システム、GLONASS(GNSS)で、割り出し、標的までどのように飛行させるかを約10秒で作成。ミサイルに入力するが、このプロセスには約15秒必要とされる。
9M723ミサイルの弾着精度を示すCEP(半数必中界)は、50mとされているが、その発展型である9M723-1ミサイルの場合、先端にレーダー・シーカーを装備した場合は5~7m、光学センサーを備えた場合は10~20mとされる。
弓なりの楕円軌道を描いて飛ぶ従来の弾道ミサイルに比べれば、9M723ミサイル(と、性能向上型の9M723-1ミサイル)は、西側のミサイル防衛を回避するために機動し、推進材の燃焼終了後は滑空しながら、“不規則”な飛び方をすることになる。
9M723は、全長7.28m、最大直径0.92mで、弾頭重量480kg、発射重量3800kg前後。
最大射程500kmで、ターミナル・フェーズでは、マッハ5.9に達するとされているが、この性能を他に活かすことも検討され、航空機搭載ミサイルとして応用されたのがKh-47M2キンジャール極超音速空中発射弾道ミサイルだ。
では、ロシアはどんな航空機を搭載機にしたのだろうか?
発射母機で変わるキンジャールの射程距離
搭載機種のひとつは、力任せに最高速度マッハ2.83を叩き出すMiG-31BMフォックスハウンド迎撃機の改造機種、MiG-31K作戦機。
MiG-31K型機の胴体中央下部にKh-47M2キンジャール空中発射弾道ミサイル(ALBM)を吊り下げる。
キンジャールは、9M723-1ミサイルをベースとし、全長約8.0m、直径約1.0m、重量も約4300kmとされ、大きさ・重量ともに、前述の9M723とほぼ同じ。
核・非核両用とされる弾頭部は、480kgとされる。
Kh-47M2キンジャールには、地上発射型の9M723とは異なる外観上の特徴がある。
操縦翼の小型化の他、ミサイル尾部が再設計されていて、9M723の場合は噴射口が剥き出しになっているが、キンジャールの場合は、搭載機が高速で飛翔中、エンジンノズルを保護するように設計された小さな小型の尾翼付きの筒(スタブ)がある。
標的を指定する信号を受信したMiG-31Kは、Kh-47M2キンジャールを吊り下げたまま、マッハ2.3以上に加速し、高度1万2000~1万5000mに上昇。
そして、MiG-31Kから投下されたキンジャールは、噴射口を覆うスタブを切り離し、噴射を開始。マッハ4まで急速に加速する。
キンジャールは、噴射口内に突き出したベーンや、X字翼を使って機動し、敵の防空システムを回避しながら、最高速度マッハ10に達する。
キンジャールの飛翔中の最高高度は30kmとされ、日米のイージス艦に搭載される弾道ミサイル迎撃用のSM-3迎撃ミサイルが、空気の薄いところ、高度70km以上でしか迎撃実績がなく、米陸軍のTHAAD迎撃ミサイルも迎撃高度が約40km~150kmとされているため、キンジャールの飛行高度そのものもミサイル防衛を回避するのに向いている、と言えるかもしれない。
キンジャールはMiG-31Kからの発射では、2000km以上離れた標的を高精度で攻撃することも可能とされる。
また、キンジャールは、MiG-31ではなく、Tu-22M3バックファイア爆撃機からも発射でき、その場合は、射程は3000kmを超えると伝えられていた。
地上発射型の9M723ミサイルの弾頭が、高性能爆薬による貫通弾頭や、子爆弾ばらまき弾頭、それに、燃料気化爆弾等、「非核」弾頭であり、核弾頭の搭載が可能かどうか不詳であるのに対し、キンジャールは、前述の通り、「非核」弾頭だけではなく、核弾頭も搭載可能とされている。
つまり、日米を含め、西側のミサイル防衛をかわし、標的に核・非核弾頭による攻撃を仕掛けることを意図したのがキンジャールということになるだろう。
「キンジャールはあらゆるミサイル防衛システムを回避」
キンジャールについて、プーチン大統領は、2018年の教書演説で「現在だけでなく将来のあらゆるミサイル防衛システムを避け、核兵器あるいは通常兵器によって約2000km圏内にある標的を破壊する」(米誌ニューズウイーク2018/3/7)と評価。
キンジャールは、昨年10~12発、そして、今年3月にもウクライナに発射されていたが、それまでウクライナ軍に撃墜されたことはなかった。
キンジャールの脅威は、日本にとっても他人事でないかもしれない。
ロシア・極東、カムチャツカ半島の飛行場に駐留するロシア太平洋艦隊第317混合航空連隊は、Il-38哨戒機やヘリコプターを中心とする航空部隊だったが、2021年、この部隊にキンジャール搭載用のMiG-31K攻撃機が配備されるとも報じられていた。(NUSANTARANEWS 2021年1月11日付)
実際にロシア極東にMiG-31K攻撃機が配備されたかどうかは不詳だが、北海道から近いカムチャツカ半島の飛行場があるペトロパヴロフスク・カムチャツキーと北海道の距離は、約1500kmとされるので、物理的には、核弾頭搭載可能とされるKh-47M2キンジャール極超音速ミサイルの射程内となりかねない。
しかし、キンジャール・ミサイルのウクライナでの戦闘への投入について、米軍制服組トップのミリー統合参謀本部議長は2022年5月11日、米下院歳出委員会国防小委員会で、「兵器(キンジャール)の特定のターゲットへのスピードを除いて、これまでのところ、重要な、または、ゲームチェンジャーとなる効果はない」との見解を示していた(THE HILL 2022/5/11)。
このミリー統合参謀本部議長の見解を裏付けるような事態が今年5月になって起きたのである。
パトリオットがついにキンジャールを撃墜
5月7日、ウクライナ軍は、5月4日にロシアが発射したキンジャールを、4月下旬に米、独、オランダから供与を受け配備されたパトリオットによりキーウ近郊で撃墜したと発表。
米国防省も追認した。
キーウで公開されたキンジャール・ミサイルの弾頭(爆発部分)の残骸らしきモノの前部には、横から何かが衝突、直撃して金属が裂けたような、深さ数cmの穴があった。
標的を直撃するミサイル。
これは、自衛隊にも配備されているPAC-3ミサイルまたはPAC-3MSEミサイルの特徴の一つ、「Hit-To-Kill」と呼ばれる、いうなれば、体当たり攻撃手段にそっくりだ。
PAC-3ミサイルは、側面に多数の小型噴射口が横向きに装備されていて、小型噴射口からの噴射で、飛翔中のPAC-3ミサイルの進行方向を細かく変更し、標的に向かう。
そして、標的をえぐるように体当たりをするモードがあるのだ。
キンジャールを撃墜したのが、PAC-3ミサイルであるなら、それはどのように行われたのだろうか。
キンジャールは、最高速度マッハ10に達するかもしれないが、ミサイル防衛を避けるために機動すれば、速度は落ちる。
特に、噴射終了後の機動なら、さらに、キンジャールの速度は落ちるだろう。
速度が落ちたキンジャールならPAC-3ミサイルの標的になりえたのではないか。
キンジャールに内蔵された頑丈な構造であるはずの「弾頭」の金属の表皮が裂けるほどの衝撃を与えることが出来るなら、非核弾頭だけでなく、精密な機械である核弾頭も核爆弾として完全に起爆できるかどうか、困難になるのではないだろうか。
ウクライナ空軍によると、5月4日以降も、ロシア軍は5月16日にMiG-31K攻撃機6機から発射されたキンジャール6発を含む27発のミサイルをロシア軍は発射したが、そのすべてを撃墜した、とウクライナ空軍は発表した。
しかし、この16日のロシア軍の攻撃で、ウクライナ軍のパトリオット・システムの発電機や電子機器が、一部損傷したものの、5月18日に米国防省は「修理は完了した」と発表した。
PAC-3システムにも射程距離の限界…日本はどうする?
ウクライナにおけるKh-47M2キンジャール・ミサイル迎撃は日本としても注視せざるをえない事態だ。
というのは、航空自衛隊もパトリオットPAC-3地上配備型システムを配備し、PAC-2GEMミサイルやPAC-3ミサイルも保有している。
しかし、PAC-3ミサイルが防御できるのは2~30kmと限られるため、防衛装備庁は、さらに広い範囲を防御する新たな迎撃システムの構想を進めている。その成否は、日本の安全保障にとっても軽視できないものとなるのでないだろうか。
【執筆:フジテレビ 上席解説委員 能勢伸之】