カタールで行われている柔道の世界選手権で、5月13日(土)、最重量級の日本代表として戦う斉藤立(たつる)、21歳。
靴のサイズは34㎝、寿司50人前を完食し、192cmという身長はまだ伸び続けている。
そんな規格外の男は、亡き父で柔道界のレジェンド・斉藤仁さんが“22歳”で初めて成し遂げた、世界一という記録に挑む。
父を超える若さでの世界一達成はなるか。
“最強のDNA”を持つ男
斉藤立の父は、8年前に他界した柔道界のレジェンド・斉藤仁さんだ。

ロサンゼルス五輪で金メダル、そしてソウル五輪で日本柔道界唯一の金メダルを獲得し、花形階級である最重量級でオリンピック2連覇を達成。
現役引退後は日本代表監督に就任し、一切の妥協を許さない鬼の指導で、現監督の鈴木桂治や石井慧など数々のオリンピック金メダリストを輩出した。

そんな偉大な父を持つ立は、2022年、世界選手権デビューを果たした。世界一の選手を決めるこの大会で最重量級の強豪を次々に倒し、いきなり銀メダルを獲得。その才能を遺憾なく発揮してみせた。
それでも本人は憮然とした面もちで、淡々と語る。
「全然満足いかないですね。お父さんはオリンピック2連覇しているので、全く満足いかないですね」
だからこそ、2度目の世界一挑戦へ懸ける思いは強い。
「この人生をかけて覚悟をきめて、負けたら死ぬってくらいの気持ちでやっていく。去年とは別でみてほしいし、全く気持ちも違う」
友人が語る斉藤立のもう一つの顔
国士舘大学で寮生活を送る立の部屋に入るとすぐに、34cmというあまり目にしたことが無い大きさの靴が出迎える。衣類や食料などが几帳面に区分けされた棚には、父の著書も見える。
目標は常に父だという。

そんな立の姿を普段から同じ寮で見ている高校からの友人たちは、素顔をこう評する。
「仲間思いのやつですね。仲間を優先して考えられる、周りを見て仲間を支えられる人です」「意外とメンタル弱いです。周りの目を気にしがちな性格です」
身長192cm体重165kgの銀メダリストは、表情は変えないものの、顔を赤くしながらその言葉を聞く。
「立がどういう練習をしているか、練習終わってからどういうことをしているか。その努力を日ごろから見ているのでやっぱり勝ってほしいし、この世界選手権で金メダルを取ってオリンピックまで勢いをつけて、地元に帰っても、こいつ俺の友達やでって自慢したい」

友人からのエールを受け、立は初の世界一へと“命がけ”で挑むつもりだ。
「本当に優勝しないといけないと思っていて、ここでしっかり優勝する。パリ五輪のことは考えずに、この試合に懸ける思いが強いので、必ず勝ちます。今回は泥臭くてもいいから、結果。何が何でも勝つ」
日本柔道が最も復権を求めている花形階級で、父が22歳で初めて成し遂げた世界一という高みまで、一気に駆け上がる覚悟だ。
巡ってきた大チャンスをものにできるか
この階級、第2代表の影浦心(27)は、2021年世界選手権で金メダル。さらにこの階級絶対王者のリネール(フランス)を倒したことがある実力者。

斉藤立の躍進もあり代表落ちを経験したが、3月に補欠繰り上げで代表権を得た。
そんな彼のストロングポイントの一つがスピードだ。ステップワークや技の飛び込みでそのスピードは遺憾なく発揮される。
――昔からスピードには自信が?
50m走を大学に入る時に測ったら6秒3で、足は速い方でしたね。バク転とかもできます。

その筋肉質な体からは想像できない瞬発力は、世界でもトップクラス。自分よりも体格で上回る相手でもなぎ倒してきた、自慢の武器だ。
立と同時派遣の世界選手権で王者の座を射止めれば、パリ五輪への猛アピールとなる。

巡ってきた逆転のチャンスを、逃すわけにはいかない。
「崖っぷちなので、もう結果だけを追い求めてやります」
五輪女王の怪我からの復活劇
同じ日に登場する、東京五輪金メダリスト女子78キロ超級の素根輝(22)。

五輪で金メダルを獲得した後、素根は多くのメダリストと同じように、モチベーションの維持に苦しんだ。
「あまり周りの人には言ってないんですけど、自分の中で葛藤する時間があって。目標を聞かれて『パリ五輪で2連覇』と言ってはいたんですけど、自分の中でそこを目指す覚悟が決まらない時期がありましたね。自分が発言している事と、取り組んでいる気持ちが伴っていなくて、苦しかったです」
五輪前に受傷し、引きずっていた左ヒザの手術に踏み切ったのも、そんな心持ちの中でのことだった。
「手術というのが初めての経験で何もわからないので、本当に自分は畳の上に戻ってこられるのかなというのが、一番不安でした」

2022年初頭に手術して、約半年後、復帰戦となった8月のアジア選手権で見事優勝。さらに12月のグランドスラム東京でも優勝を飾り、国際大会での連勝記録を41にまで伸ばした。
だが12月末の、世界のトップランカーのみが出場できるワールドマスターズで、まさかの敗退。2019年以来の黒星で、連勝記録がついに止まってしまった。
「すごく悔しかったですね。『勝って当たり前でしょ』という周りの視線を感じる事もあって。もともと自分は負けを経験してここまで来たタイプだと思っているので、絶対に負けを無駄にはできないと感じています。『負けてさらに強くなった』と言っていただけるように努力していきたいと思っています」
この敗退が素根に再び火を灯した。“負けたくない”という思いは、自然とパリの大舞台への思いへと燃え広がっている。

「自分の中で負けっていうのが許せなくて、どんな内容であれ勝たないといけないと感じたので、勝ちにこだわってやっていきたい」
世界選手権の大舞台は、世界女王となった2019年以来。世界柔道での金が、五輪への最短距離であることを既に身をもって熟知している。
女王はここから加速する。
2023世界柔道選手権ドーハ大会
https://www.fujitv.co.jp/sports/judo/world/index.html