2012年のロンドンオリンピック以降、男女を通じて唯一、世界王者が毎年変わっている男子81キロ級。
そんな超激戦区で2015年に日本人初の世界王者に輝いたのが、東京五輪金メダリスト・永瀬貴規(29)だ。

その強さは、リオ・東京五輪73キロ級の連覇王者・大野将平に「(東京五輪代表で)永瀬が一番強い」と言わしめるほど。
“最強の男”は5月10日、再び“世界一”のタイトルをかけ、現在開催中の2023世界柔道選手権カタールの畳に上がる。
負けてさらに強くなる男
永瀬の強さの秘訣としてよく挙げられるのが、長いリーチを生かした“対応力”だ。永瀬は自身の戦い方についてこう分析している。
「力と力で僕は勝負するつもりはないので、相手のスタミナを削ったり、どんな選手が来ても対応できる力というのは、あるのかなと思います」

男子日本代表の鈴木桂治監督も、その“対応力”に舌を巻く。
「『ダメだ、こいつには勝てないや』って、多分2分ぐらいで思うような柔道スタイルで、一つ一つ相手の良さを削っていく選手かなと思いますね」

しかし、東京五輪金メダリストとして臨んだ2022年の世界柔道選手権タシケント大会では、自慢の“対応力”を発揮できず、準々決勝でテイト・グリガラシビリ(ジョージア)に敗北。敗者復活にまわり3位に入るも、笑顔はなかった。
永瀬はこの結果について、こう振り返る。
「気迫の部分で負けていたのかなと、疲れてからでも相手選手の方が前にがつがつ来て、最終的に指導で負けてしまったので、そこが一番の敗因だったのかなと思っています」
2022年はコロナ禍で十分な出稽古を積むことができず、外国人特有の攻撃的な柔道スタイルに対応しきれなかったという事情もあった。しかし永瀬は結果を受け止めリベンジを誓った。

「同じ相手に2度負けるというのは男としてもカッコ悪いので、リベンジして今まで成長できたので、これからもその気持ちはぶらさずにやっていきたいなと思っています」
敗戦を成長の糧にしてきたことも、強さの秘訣と言えるだろう。
鈴木桂治監督がゾクッとした瞬間
強者たちが集う81キロ級の中で、181センチの永瀬の体は決して大きな部類ではない。
それにもかかわらず技の威力を発揮できる要因として、鈴木監督は“タイミングの絶妙さ”を挙げる。

鈴木監督は去年の全日本選抜柔道体重別選手権大会の決勝で、永瀬が大外刈りを繰り出した瞬間を、「ゾクッとした」と回想する。
「去年の選抜で藤原(崇太郎)を投げた大外刈りとか、あれなんかまさに永瀬ですよね。あのタイミングでしか投げられないところだと思うんですよ。ああいう技を出せるというのは彼の良さで、本当にゾクッとしましたね」
鈴木監督も永瀬と同じく足技を得意とし、五輪で1回、世界選手権で2回、世界一に輝いた。
そんな監督をも唸らせる切れ味鋭い足技で、2度目の世界王者へと返り咲くことができるのか。

永瀬は、王者への意気込みをこう語る。
「“81キロ級は日本人でも勝てると証明したい”と昔から思っていたので、結果を残して2024年につなげたい」
結婚後も活躍する女子選手2人が世界へ
5月10日の女子63キロ級では、2人の選手に注目したい。

一人は、2022年の世界選手権で女子63キロ級に初出場し、世界女王の座をつかんだ堀川恵(27)だ。
同大会の女子63キロ級では最も輝きを放った選手と言えるだろう。
彼女の転機となったのが、2020年の結婚だ。最愛のパートナーに支えられ、現在、対外国人25連勝中と抜群の安定感を発揮している。

勝利を重ねながらも堀川はおごらない。
「当たり前じゃないこういう環境や、周りがあっての今というのもあったと思う。“感謝・初心・謙虚”。座右の銘と、忘れないようにしている言葉ですね」

もう一人は、4年ぶりに世界の舞台に帰ってきたベテラン・高市未来(29・「高」ははしごだか)だ。
高市は、この階級を長らく牽引してきた。しかし、メダルを期待された東京五輪では、怪我の影響もあり、まさかの2回戦負け。
「引退」もよぎる中、ある思いが彼女を奮い立たせた。
「あの時の五輪の悔しさを晴らせるのは五輪の舞台かなと思っているので、(もう一度)そこに立ちたい」
2022年10月、高市は東京五輪から約1年3カ月ぶりの復帰戦として出場した2022年度講道館杯全日本柔道体重別選手権大会で、オール一本勝ちの初優勝を飾った。

続いて、12月3、4日のグランドスラム東京で優勝。さらに、12月20日からイスラエルで開催されたワールドマスターズ大会でも優勝を果たした。
主要国際大会で連勝を重ね、再び“世界一”への挑戦権をつかみ取った。去年の世界選手権を制し、五輪代表選考レースで大きく前を行く堀川に近づきつつある。

そんな快進撃を続ける高市も、2022年11月に結婚したばかり。
堀川はインタビューで高市について「キャリアの面で結婚しても変わらずにやり続けて、長い間やってきても世界大会で戦えるのは柔道界にとってもいいこと。奥さま歴はちょっとだけ先輩。そこでは先輩面させてもらおうかな」と笑う。
姓を「田代」から「高市」に変え、気持ち新たに初の世界女王のタイトル、そしてパリ五輪を目指す。
現女王・堀川が五輪代表をたぐり寄せるか、それとも絶好調の高市が望みをつなぐか。
2023世界柔道選手権ドーハ大会
https://www.fujitv.co.jp/sports/judo/world/index.html