新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけが8日、2類から5類に引き下げられ、感染対策は基本的に個人の判断に委ねられることになった。国内の感染初確認から3年あまりが経ったが、厚生労働省の専門家組織の一員として流行を分析し、国の対策に助言を行ってきた国立感染症研究所の鈴木基感染症疫学センター長にこれから取るべき対策などについて話を聞いた。

国立感染症研究所・鈴木基感染症疫学センター長
国立感染症研究所・鈴木基感染症疫学センター長
この記事の画像(6枚)

――コロナ禍を振り返って

新型コロナウイルス感染症は感染力が強く、重症化率や致死率の高い感染症であったことから、当初のワクチンのない状況では世界中でロックダウンのような接触機会を減らす方法を取るしかありませんでした。幸いにして急ピッチでワクチンが開発され、接種が進んだことで状況が大きく変わりました。これがなかったとすれば被害はもっと大きくなり、制限は長引いていたでしょう。一方で次々と出てくる変異株には悩まされました。

医療体制はギリギリだった

日本は世界でも有数の高齢化社会である一方で、病院や保健所の体制はギリギリという状況で、今回のパンデミック(世界的流行)を迎えました。医療・介護に対する負荷は増大し、当初は現場の担当者の個人的な頑張りによって対応せざる得ませんでした。それでも密閉・密集・密接の3密の回避やマスク着用を徹底し、高いワクチン接種率を達成したことで、少なくともこれまでは、他国に比べればうまく切り抜けることができたと思います。

――政府の対応は

政府や自治体がもっとリーダーシップを発揮するべきだったという意見があります。実際、私もそう感じる場面がありましたが、欧米諸国のような罰則を伴う行動制限のロックダウンが日本の法律では限られている中で、お願いベースでやっていく手法は致し方なかったと思います。そうした中で、何とか切り抜けてこれたのは、国民の衛生観念の強さや規範意識の高さのお陰でしょう。これについては肯定的に評価していいのではないかと思います。

国民の衛生観念の強さや規範意識の高さは、肯定的に評価していいのでは
国民の衛生観念の強さや規範意識の高さは、肯定的に評価していいのでは

―― 5類移行のタイミング

社会全体としてどうやってこの感染症と共存していくかは科学だけで決められる話ではなく、また政治家だけが決められるような話でもありません。最終的には、私たち一人一人がどこまで納得できるかということなのだろうと思います。

2021年末から流行がオミクロンに置き換わり、感染によって獲得した免疫やワクチンの効果もあって重症化率が下がってきました。世界中で緩和の流れが進んできた中で、高齢化率が一番高い日本が緩和の流れの最後の方に位置するのは自然なことです。結果的に5類への移行がWHOの緊急事態解除とも同じようなタイミングになったというのは妥当なところではないでしょうか。

ワクチン接種で高齢者を守る

――日本の課題は

5類になったからといって、新型コロナウイルスがなくなったわけではないので流行は続いていきます。引き続きこのウイルスとどのように付き合っていくのかを考えていく必要があります。

日本の課題というのはやはり高齢者をいかにして守っていくかということでしょう。これまでの対策がうまくいったこともあり、ワクチンよりも免疫力が相対的に強いと考えられる新型コロナウイルス感染による抗体を持つ高齢者の割合は30%弱と海外諸国に比べて低い状態です。今のところはワクチンの効果で守られていますが、重症化を予防する効果は半年程度で下がっていくので、年に1~2回は追加接種が必要だと考えられます。

※厚生労働省によると新型コロナウイルスに感染したことによってできる抗体の保有率は、今年2月には全国で42.3%となり、昨年11月の28.6%からおよそ14ポイント上昇した。年代別では16歳から19歳が62.2%、20代が51.6%、30代が52.2%と半数を超えているが、それ以降は年代が上がるごとに保有率が減少し、60代は28.3%にとどまっている。

感染による抗体を持つ高齢者の割合は30%弱と海外諸国に比べて低い状態
感染による抗体を持つ高齢者の割合は30%弱と海外諸国に比べて低い状態

一方で病院や介護施設では、感染対策を続けながら家族との面会ができるようにするなど、高齢者のクオリティーオブライフを大切にしながら、健康を守るというバランスも求められています。いったんクラスター(集団感染)が発生してしまうと、その地域の医療・介護が滞るという状況は変わっていない中で、現場ではそうした難しい取り組みがあることを尊重したいところです。病院や介護施設などで、マスク着用などを求められた時はぜひ守っていただきたいと思います。

重症化する変異株のリスク

――変異の可能性

新たな変異株が発生し、流行の状況が一変するという可能性は常に頭の片隅に入れておく必要があります。水際対策の解除で海外の行き来も元に戻ってきたので、変異株が流入してくるリスクは以前よりも高くなっています。

海外との往来が戻ってきて、変異株が流入してくるリスクは以前より高くなっている
海外との往来が戻ってきて、変異株が流入してくるリスクは以前より高くなっている

2021年末にそれまでのデルタからオミクロンという大きな変異がおきたのですが、それ以降はオミクロンの中での変異しかおきていません。ただし、あくまで今のところはです。また大きな変異をおこして、今よりもさらに感染力が強く、重症化リスクが高い変異株が出てくる可能性は十分にあります。

そうなった時にどうするのか。もちろん3年前と同じことにはならないと思います。それでも、新たなワクチンができるまでは、一時的に接触機会を減らす対策などが必要になるかもしれません。

数年から10年ほどで収束へ

――新型コロナとどう向き合うか

引き続き感染対策を続けながら社会を動かしていくことになるでしょう。この認識は社会全体、あるいは世界全体として共有されつつあるのではないでしょうか。

将来的にはエンデミック(常に一定のレベルで流行が続いている状態)になっていくと予測されていますが、季節性インフルエンザのように冬場にだけ流行するようなものになるかどうかはまだわかりません。当面は通年で流行し年に数回は大きな感染の波が訪れるという状況が続いて、今後数年から10年ぐらいかけて安定した状態に収束していくものと考えられます。当然流行が続けば、たとえ重症化率が低くなったとしても一定数の重症者や死亡者が発生していきます。

ですから5類になったとことは一つの区切りだと思いますが、本当の意味で社会がこの感染症をその他の感染症と同じように認識できるようになるには、まだ少し時間かかると思っています。

魔法の杖はない

残念ながらこれさえあれば全て解決するというような魔法の杖のようなものは存在しません。社会活動を続けていく一方で、流行や免疫の状況を監視し続けること、医療・介護の現場を守り高齢者対策を強化していくことが大切だと思います。

   

【執筆:フジテレビ解説委員室室長 青木良樹】                          

青木良樹
青木良樹

フジテレビ報道局特別解説委員 1988年フジテレビ入社  
オウム真理教による松本サリン事件や地下鉄サリン事件、和歌山毒物カレー事件、ミャンマー日本人ジャーナリスト射殺事件をはじめ、阪神・淡路大震災やパキスタン大地震、東日本大震災など国内外の災害取材にあたってきた。