JICAの海外協力隊としてベトナムに赴任した石川県出身の男性がいる。愛する家族を残して単身ベトナムに渡った3児のパパは、現地で超人気のインフルエンサーになっていた。一体何が起こっているのか確かめるため、ベトナムで活躍する男性のもとを訪ねた。

職場はベトナム最大のテレビ局

石川県能美市出身の山本岳人さん(41)。ベトナムの首都、ハノイでJICAの海外協力隊員として活動する。初めて訪れたベトナムで大量のバイクが行き交う光景に記者が戸惑っていると、山本さんは「ごちゃごちゃでしょ。日本みたいに歩行者優先じゃないので」と気遣ってくれた。

山本岳人さん(ベトナム・ハノイ)
山本岳人さん(ベトナム・ハノイ)
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ベトナムは日本の約9割にあたる国土に約1億人が暮らし、アジアの新興国の中でも急激な経済成長が続いている。「これが職場です」と山本さんが指さす先には、28階建てのとてつもない超高層ビルが建っていた。

職場のベトナムテレビは1970年に開局し、9つのチャンネルを展開するベトナム最大のテレビ局だ。局内を取材をしていると「こんにちは。今週のジャパンリンクは、ダオ・トゥンがお送りします…」と番組の収録が始まった。ベトナム国内で毎週放送されている「ジャパンリンク」という日本語番組だ。ジャパンリンクでは日本とベトナムにまつわる様々なニュースを日本語で伝えていて、山本さんはJICAの隊員としてこの番組の制作に携わっている。

ローカル局で腕を磨いたテレビマン

番組の収録中、「出入国やキョウジュウに関する、法律の改正に基づき…」とベトナムテレビのアナウンサーが原稿を読むと、山本さんが「居住のキョは短く発音します」とインカムを通して発音を一つ一つ正した。

山本さんはベトナムに渡る前、石川県のローカル局、石川テレビで働いていた。記者の仕事も長く経験した生粋のテレビマンだ。2021年に休職し、JICAの青年海外協力隊員となった。

石川テレビの記者としてリポートする山本さん
石川テレビの記者としてリポートする山本さん

青年海外協力隊は政府開発援助、ODAの一環として、開発途上国の要請を受け専門の技術を持つ人を派遣する取り組みだ。これまでに5万5000人以上の隊員が93カ国に派遣されてきた。ベトナムでは、取材した時点で44人が活動していた。

提供:山本さん
提供:山本さん

JICAベトナム事務所の小林章子さんは「異文化社会における相互の理解という部分では、どの事業よりも一番効果が出る。海外協力隊員がどんどん増えることで、その国と日本との関係性の強化とか社会還元という意味でもとても大きな効果があり、JICAは事業を続けています」とその意義を語る。

JICAベトナム事務所 小林章子さん
JICAベトナム事務所 小林章子さん

3児のパパが単身ベトナムに

ある夜、現地のベトナム料理店に同じ海外協力隊の仲間が集まった。福祉や保育、少数民族の支援など専門は様々だが時折こうして会食を開き、情報交換を行いながら励まし合っている。隊員の一人に山本さんの印象を聞くと「3児のお父さんに見えない。やっていることが破天荒」と評した。

石川県に愛する家族を残して単身ベトナムに渡った山本さんは3児のパパだ。2021年に日本を離れた時、一番下の子はまだ2歳だった。妻の千加枝さんは「本気かなと思いました。子どもが幼い状況で、2年も海外に行く?みたいな」と当時の心境を打ち明けた。

妻・千加枝さん
妻・千加枝さん

山本さんはなぜベトナムに渡ったのか。きっかけは石川テレビで働く中で、地方が抱える課題を目の当たりにしたことだそう。ふるさとや日本の役に立ちたいと思っていた時、出会ったのが海外協力隊だった。「私がずっと住んできた石川県を盛り上げるためにはどうすればいいかと考えた時に、日本を好きでいてくれる外国の人たちとタッグを組んで、お互いが栄えていくような関係を作ることが大事ではないか。そのためにはある程度大きな決断をしなければいけないという覚悟はありました」と山本さんは話す。そんな夫の情熱に、千加枝さんも最終的には理解を示した。「人生の熱い目標をもっているのは尊敬していて、すごいと思っているので、応援したい気持ちもありました」。

ベトナム屈指のTikTokerに

山本さんは海外協力隊の仕事とは別に、ベトナムで取り組んできたことがある。活動の舞台はベトナムの若者に圧倒的な人気を誇るSNSのTikTokだ。番組制作の裏側や同僚たちとの日常に加え、自分が食べたものや訪れた場所、そこで出会った人など、ベトナムでの等身大の暮らしを投稿している。2022年5月に投稿を始めると、わずか3カ月でフォロワーが30万人に急増。今では50万人を超える。愛称は「タケソーン」。山本さんの名前とベトナム語で「山」を意味するソーンという言葉を組み合わせたニックネームだ。

タケソーンのTikTokアカウント
タケソーンのTikTokアカウント

山本さんと並んで町を歩いていると、「タケソーン!」と子どもたちや若者などが、次々と声をかけてきた。ベトナムテレビのアナウンサーにいたっては「街の人に『山本さんのTikTokで見たので写真を撮りたいのですが、あなたは誰か知らないです』と言われた」と笑って話す。

子どもたちにも大人気
子どもたちにも大人気

山本さんがTikTokの動画を撮影する様子を見せてもらった。街を歩いていると、気になる団体があったようで「皆さん何をされていますか?」と声をかけた。「無料の慈善活動です。小児病院の患者さんに配ります」と答えた人たちは、近くの病院にいる貧しい人たちに食事を無料で提供しているボランティア団体だった。山本さんは「ベトナムの人が普段どんな活動をしているのか、もちろん日本人にも知ってもらえばいいし、ベトナムの人たちにもこういう活動をしている人がいるんだよ、という発信のいいきっかけになるかと思って続けています」と話す。

昼食をとっていると、隣に座っていた女性から「経営するカフェに来て」と動画撮影のお誘いを受けた。このようにTikTokがきっかけで新たな出会いも生まれるのだ。山本さんはこれまでにベトナムにある13の大学に招かれ、日本語を学ぶ学生たちとも交流した。

カフェでの動画撮影を提案する女性
カフェでの動画撮影を提案する女性

山本さんが投稿する動画は1本1分程度。テレビマンだけに編集もお手のものかと思いきや、そう簡単には行かないようだ。「動画を一つ作るのに、4〜5時間はかけていますね。短時間でなるべく多くの情報を盛り込むという作り方をしているので、それくらいかかっちゃいます」。動画制作の秘訣を聞くと「2秒以上同じシーンを作らない。とにかく視聴者を飽きさせない動画づくりを心掛けています」と教えてくれた。

動画で紹介した唐揚げの店が大繁盛

ベトナムテレビの番組PRを目的に始めたTikTokだったが、山本さんは自分自身がメディアとなって情報を発信することに大きな可能性を感じている。「今まではテレビ局員として一つのメディアを作っていたんですけど、自分が見たり聞いたりしたものを動画としていろんな人に伝えることで結果的にみんなの役に立てれば」。

この日、最後に立ち寄ったのは飲食店。半年ほど前にこの店の系列店を訪れた山本さんは、唐揚げの船盛を食べる様子をTikTokに投稿した。すると動画は500万回以上再生され、店は大繁盛。2号店を構えるまでになったのだ。店員は「7割くらいはTikTokを見て来たお客さんだと思います。タケソーンの動画はすごくありがたいです」と喜んでいた。客の一人は「タケソーン、ここの系列店で食事してましたよね。あなたの動画を見ましたよ」と話しかけてきた。店主は「お客さんはそんなに多くなかったんですよ。閉店しようかと思うくらい。山本さんが来てから毎日満席、満席で…ありがとうございました」と感謝を漏らした。

500万回再生を突破した動画
500万回再生を突破した動画

日本とベトナムをつなぐ橋

ベトナムテレビでは4代目の海外協力隊員の山本さん。2023年9月で任期満了を迎える。ベトナムテレビの同僚は「外見は日本人ですが中身はベトナム人だと思います。山本さんが帰国してから、どんな所でもベトナムと日本の友好関係の促進に貢献していくと信じています」と話す。

海外協力隊員として培った人脈や経験に加え、インフルエンサーとして新たに手にした発信力。山本さんは、帰国後も日本とベトナムをつなぐ懸け橋を目指す。「何より私自身が楽しんだり、ベトナムの人と仲良くなりたいということを体や行動で表現することが、文化や言語も違う人と仲良くする秘訣なんだろうなと感じるようになりました。日本に帰ってもベトナムの人と同じ目線でつながるということを続けていきたいです」。

日本とベトナムの外交関係が樹立して50年。この2年間で山本さんとベトナムの人たちとの間には、分厚い信頼が築かれていた。

(石川テレビ)

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