いま入管法改正案の国会での審議が大詰めを迎えている。果たしてこの「改正」は祖国から難を逃れて日本にやってきた人々にとってどう映るのか?取材した。

「私の家族の人生はめちゃくちゃになる」

サグラムさん(22)はトルコの南東部に生まれたクルド人だ。祖国で迫害を受け身の危険を感じて日本に逃れた父親の後を追って、母親と姉とともに9歳の時に日本にやってきた。その後埼玉県川口市で公立の小中学校、県立高校を経ていま埼玉県内の大学に通っている。

家族はこれまで複数回にわたり難民認定申請を行っているが不認定とされてきた。いま父親は仮放免中で働くことができない状態だ。

サグラムさん「もし法案が成立したら家族の人生はめちゃくちゃになる」
サグラムさん「もし法案が成立したら家族の人生はめちゃくちゃになる」
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国会で審議されている入管法改正案は、3回以上の難民認定申請者の強制送還を可能にする。サグラムさんは、法案が成立すれば家族が送還されてしまうのではないかと恐れている。

「父は人生の半分以上を日本で暮らしていますし、弟や妹は日本で生まれました。もし法案が成立したら、私の家族の人生はめちゃくちゃになると思います」

そしてサグラムさんはこう続ける。

「たぶんトルコに戻ったら殺される人もいると思います。向こうに戻って殺されても、日本は誰も責任をとってくれないですよね。法案は絶対に通すべきではないし、これで通したらクルド人の人権は完全に無視されるということです。様々な事情があっても考慮しないで返そうとするのはすごく悲しいです」

「親が送還されたら子どもだけで生活できない」

一方与野党の修正協議では、在留資格がない子どもには「在留特別許可(※)」を与えることが検討されている。それに対してもサグラムさんは不安を隠さない。

「在留特別許可を与えようと言っていますけど、多分与えませんよね。これまでも与えてきませんでしたから。たとえ子どもに与えたとしても、親が送還されたら子どもだけで生活できないじゃないですか。誰が面倒を見ますか?だから親を難民認定することが一番重要だと思うんです」

(※)人道上の理由などで特別に日本滞在を認めるもの

強制退去処分が出ても帰国を拒んでいる「送還忌避者」は、昨年末時点で4233人。このうち日本で生まれ育った18歳未満の子どもは201人いる。

「日本で生まれた子どもたちは、日本の学校で日本のことを学んで、日本の社会しか知りません。いま日本は外国から労働力をたくさん入れようとしていますよね。そうであるならこの子どもたちがおおきくなったら、就労ビザを与えればいいと思います。それは日本のためにも、彼らのためにもなりますね」(サグラムさん)

送還忌避者のうち日本で生まれ育った子どもは201人いる(写真は東京出入国在留管理局)
送還忌避者のうち日本で生まれ育った子どもは201人いる(写真は東京出入国在留管理局)

「難民を認めたくない言い訳に過ぎない」

現在日本には約2千人のクルド人がいる。しかし昨年やっと1名が難民認定されただけだ。難民認定されないのは、日本がクルド人を敵視するトルコと友好関係であるためだとされている。これに対してサグラムさんは憤慨する。

「確かにそうですけど、トルコと仲が悪いわけではないヨーロッパやカナダ、オーストラリアでは、クルド難民を認めているんです。ドイツとトルコは友好国ですが、ドイツもクルド難民を認めています。他の国では認定できる理由が見つかるのに、日本だけ見つからないというのはすごく変だと思います。だからそれは難民を認めたくない言い訳に過ぎないと思います」

サグラムさん「クルド難民を認めたくない言い訳に過ぎない」
サグラムさん「クルド難民を認めたくない言い訳に過ぎない」

「友達は難民を返せと思っていません」

入管法改正案について国連人権委員会の専門家らは、「2021年の法案と根本的に変わっておらず、国際人権基準を満たさない」と共同書簡に明記し、難民認定申請が3回以上の場合に強制送還を可能にすることについて、難民条約の原則に反していると勧告している。これに対して齋藤法相は「法的拘束力はない。一方的な公表に抗議する」と国会で述べた。

サグラムさんは、日本政府に対してこう訴える。

「私は日本人と一緒に育って、部活や遊びにもたくさん行って、親友たちは全員日本人です。だから日本人が酷いとか一切思わないです。日本政府は日本人を代弁しているはずですよね。私の友達は一切、難民を返せと思っていません」

入管法改正案に反対する集会にはウィシュマさんの遺族も参加した
入管法改正案に反対する集会にはウィシュマさんの遺族も参加した

21日に国会前で開かれた入管法改正案に反対する市民団体らの集会では、「保護されるべき人が強制送還されるおそれがある」との悲痛な声が上がっていた。政府は祖国から日本に逃れてきた人々の声に、あらためて耳を傾けるべきだ。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。