勤務先の上司や同僚、取引先などと、メールやチャットを介してコミュニケーションを取る機会が増えている。残ってしまいやすいテキスト上では、正しい日本語を使いたいものだ。

『がんばらない敬語 相手をイラッとさせない話し方のコツ』(日本経済新聞出版)などの著者であるフリーアナウンサーの宮本ゆみ子さんに、気をつけたい言葉遣いやテキストでのコミュニケーションにおけるマナーを教えてもらった。

「お疲れ様」「ご苦労様」区別しなくてもいい!?

社会人になったばかりの新入社員の中には、メールやチャットでの日本語や敬語の使い方に不安を持つ人も多いかもしれない。

宮本さんはその不安は新人だけのものではないと話す。

「敬語の失敗は、新入社員に限ったものではありません。社会人経験の長い方でも間違っていたり、勘違いしていたりすることがあるので、社会人歴に関係なく、言葉遣いを振り返ってみましょう」

●尊敬語と謙譲語を混同してしまう

「難しい敬語を使う必要はありませんが、尊敬語と謙譲語の違いは明確にしておきたいところ。間違えると、自分を高めたり、相手を貶めたりしてしまうので、これを機に敬語の種類を確認しましょう。

国語の授業では、尊敬語Ⅰ・謙譲語Ⅰ・謙譲語Ⅱ・丁寧語・美化語の5種類と学んだと思いますが、日常の社会人生活では、ひとまず尊敬語と謙譲語の区別をつけることを心がけましょう」

尊敬語とは相手を高める表現で、相手の行動や状態に対して使うもの。一方、謙譲語はへりくだった表現で、自分の行動や状態に対して使うものだ。

「まずは『いらっしゃいます』と『ございます』を覚えましょう。会社を訪問した際に『宮本様でございますね』と言われることがありますが、『ございます』は謙譲語なので間違い。サザエさんの『サザエでございます』という使い方が正解です。相手に対しては、『宮本様でいらっしゃいますね』が正しい敬語です」

「お疲れ様」「ご苦労様」は使い分けなくてもいいが…(画像:イメージ)
「お疲れ様」「ご苦労様」は使い分けなくてもいいが…(画像:イメージ)
この記事の画像(5枚)

●「お疲れ様」「ご苦労様」の使い分け

「『目上の人にご苦労様と言ってはいけない』という説がありますが、これは30年ほど前に誰かが勝手につくったマナーといわれています。

『お疲れ様です』も『ご苦労様です』も相手を労う言葉であることに違いはなく、江戸時代は殿様に対して『ご苦労様でございました』と言っていたという文献もあります。

ただ、過去30年間は『目上の人にご苦労様と言ってはいけない』というマナーが存在していたことも事実。特に40代の方は新人時代に『ご苦労様はダメ』と指導された世代なので、いまもNGと捉えてしまう可能性があります。『お疲れ様』のほうが角が立たないでしょう」

●「了解」「承知」は?

「『了解』も『承知』も言葉の成り立ちは同じなので、本来はどちらの言葉を目上の人に使っても間違いではありません。重要なのは語尾の部分で、『了解いたしました』『承知いたしました』が正しい敬語です」

●「○○させていただく」の多用

「へりくだっておけば間違いないという意識から使ってしまいがちな言葉ですが、自分が能動的に行うことに対して何度も使用すると、相手をイラっとさせます。『メールを送付させていただきます』とするよりは、『メールを送付いたします』としたほうがいいでしょう。

『させていただく』は、許可を求める時に使う敬語です。『質問をさせていただいてもいいですか?』という使い方が正しいといえます。言葉の意味を理解し、使うべき場面を判断できるようになりましょう」

●「御社」「貴社」の使い分け

「書き言葉では『貴社』、話し言葉では『御社』を用いるのが一般的ではありますが、どちらも相手の会社を敬う言葉です。メールやチャットで『御社』を使っても、許容される範囲でしょう」

チャットのスタンプやリアクション機能の活用はOK

主にチャットでは、言葉遣い以外のマナーが気になる人も多いだろう。よくある疑問を宮本さんに投げてみた。

●「@宮本 様」と敬称をつけるべき?

「社内であれば不要、社外の方にはつけるというマナーが一般的ですが、なくても失礼には当たりません。ただし、上司や先輩が社内の人に敬称をつけていたら、そのルールに合わせたほうが無難でしょう」

●社内のチャットで絵文字を使うのはあり?

「初めてやり取りする人であれば、使わないほうが賢明です。関係が深まったら、ひとつの発言につき絵文字ひとつつけるくらいは問題ないでしょう。絵文字はニュアンスを伝わりやすくするものと考え、無意味にたくさんつけないこともマナーです」

社内チャットで英語やスタンプは使ってもいい?(画像:イメージ)
社内チャットで英語やスタンプは使ってもいい?(画像:イメージ)

●社内のチャットでスタンプを使うのはあり?

「私はOKだと思います。『かしこまりました』『よろしくお願いいたします』と打つより、スタンプのほうがわかりやすく、時短にもなりますよね。ただ、カジュアルすぎるものは避け、丁寧な言葉遣いのシンプルなものを使いましょう」

●返信しないで終わらせてもいい?

「用件を伝え終わっているのであれば、スタンプやリアクション機能を活用しましょう。相手の発信を無視していないことの証明になりますし、やり取りがひと段落したことも伝わります」

「正しい敬語」の前に「丁寧な言葉遣い」を意識

「対面の会話などのリアルなコミュニケーションとメール・チャットなどのテキストでのコミュニケーション、どちらにおいても、相手を敬って丁寧な言葉遣いを心がけるという点に大きな違いはありません。

正しい言葉遣いは大切です。ただし、新入社員であれば、無理して背伸びをした敬語を使わなくてもいいと考えています。その局面で使うべき言葉か判断できないまま敬語を使い、失敗してしまうケースが多いからです。正しい敬語の前に、丁寧さを心がけましょう」

新入社員が背伸びをしないことによって、「別の効果も得られる」と、宮本さんは言う。

「新入社員が単純な言葉遣いでコミュニケーションを取っていたところから、社会人経験を積み、数カ月後に正しい敬語を使えるようになると、上司や先輩から『成長したな』と思ってもらえます。少しずつ敬語に慣れ、言葉を正しく使える社会人を目指しましょう」

正しい敬語の前に“丁寧さ”が大切(画像:イメージ)
正しい敬語の前に“丁寧さ”が大切(画像:イメージ)

では、心がけるべき「丁寧さ」とは、どのようなレベルを指すのだろうか。

「上司や先輩、取引先とコミュニケーションを取る時は、初対面の人と接する感覚を思い出してみましょう。程よい距離感かつフランクになりすぎない言葉遣いで、コミュニケーションを取れるはずです。

メールやチャットに関しては、シンプルな文章にすること。柔らかく伝えようとして敬語が過剰になると、本来伝えるべきことが伝わらなくなってしまうので、用件をシンプルに伝えることが大切です」

メールもチャットもまずは「社内ルール」に則る

「ビジネスにおいて、メールはオフィシャルな文書と捉えられているので、文面に送る相手の会社名や部署名、宛名、冒頭の挨拶、締めの挨拶、署名を入れましょう。

挨拶といっても、手紙のような時候の挨拶は必要ありません。『お世話になっております。』『お疲れ様です。』で始めて、『よろしくお願いいたします。』で締めれば問題ないでしょう」

チャットに関しては、メールよりもさらにシンプルな内容で送ることがコツだという。

「チャットは誰に向けて発信したものかが明確なので、宛名はいりません。『お世話になっております。』『お疲れ様です。』といった挨拶も省いていいでしょう。『ご報告します』『ご連絡します』と始めて、用件だけを伝えるツールと考えましょう」

ただし、会社によっては独自のルールが存在するところもあるため、注意が必要とのこと。

「メールでの挨拶を省く会社もあれば、チャットでも宛名をつける会社もあります。一般的なマナーも大切ですが、社内の風土に合わせた振る舞いも重要です。まずは上司や先輩の文章に合わせて、同じような構文で送ってみましょう。

社内ルールが非効率だと感じても、入社後すぐに進言するのはおすすめできません。ある程度の時間が経ち、社内の人間関係が築けたタイミングで、『このように変えたらよりスムーズに業務が進むと思いますが、いかがですか?』と提案すると、上司や先輩に受け入れてもらいやすくなるでしょう」

最後に宮本さんは、「もっとも大切なのは、心」と話す。

「難しい敬語を使うこと以上に、相手を敬う心が重要です。どんなに言葉遣いがキレイでも、送る相手を間違えてしまったら相手に失礼ですし、場合によっては情報漏洩の危険性も出てきます。添付ファイルの送り方なども各社でルールがあるので、適当に送るのではなく、『貴社ではどのような形で送付していますか』と伺う心遣いも大切。

敬う心を持って取り組むと、難しい敬語を使っていなかったとしても、上司や先輩、取引先から『信頼できる人だ』と感じてもらえるはずです。敬語以上に大切なことを見失わないようにしましょう」

宮本ゆみ子
ゴーズ・オン代表取締役、フリーアナウンサー。大阪大学卒業後、FM石川にアナウンサーとして入社。その後、複数のラジオ局勤務を経て、2009年から大手人材育成・研修会社にて新入社員向け研修に携わる。現在は複数のラジオ番組を担当しながら、アナウンサーのキャスティング事務所を運営。話し言葉・書き言葉のプロとしても活躍。

取材・文=有竹亮介(verb)
イラスト=さいとうひさし

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。