国の干拓事業で諫早湾が閉め切られてから2023年4月14日で26年。潮受け堤防の排水門を開けるかどうかでねじれていた司法判断は、2023年3月の最高裁の決定で「開門を認めず」に統一された。諫早湾干拓をめぐり翻弄(ほんろう)されてきた地元漁業者と営農者たちは、やり場のない憤りを抱えている。

今日まで続く「諫干堤防の閉め切り」

松永秀利さん(69 ※取材当時)は、諫早湾で50年以上漁業を営んできた。

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漁業者・松永秀利さん:
(干拓前は)色んな魚もいたし、年中(網を)張ってたけど、干拓前からしたら4分の1くらい

諫早湾干拓事業は、米の増産などを目的に湾を閉め切り、672ヘクタールの広大な干拓農地をつくるため、26年前の1997年4月、諫早湾は鉄鋼の板で分断された。

堤防の閉め切り後、豊かな魚介類を育んできた“宝の海”に異変が生じ始める。諫早湾やその周辺で、異常な赤潮が発生、養殖ノリの不作をはじめ、特産の高級二枚貝・タイラギもとれなくなった。

開門を求める漁業者側が国を相手取って提訴し、干拓事業をめぐって長きにわたる法廷闘争が始まった。

2010年、「開門を命じる」判決を当時の民主党政権は上告せず、判決が確定。開門で海水が入れば作物に影響が出る恐れがあるとして、営農者も動き出した。

「開門を命じる」判決確定から3年後の2013年、長崎地裁は開門の差し止めを認める決定をした。
司法の判断はねじれた状態になった。

政権を取り返した自民党は、「開門を命じた」確定判決に従わず、国が司法判断に従わない異例の事態に。その後も「開門を認めない」司法判断が続いた。

そして2023年3月、最高裁は開門を求める漁業者の上告を退ける決定を出した。これにより、今ある司法判断は「開門を認めず」に事実上、統一された。

漁業者・松永秀利さん:
高裁、最高裁になったら権力側に移るんだなと

松山ファーム・松山哲治社長(48 ※取材当時):
これで国としては違った判断をしなくていい、と我々が望む形でなってくれたと安心材料の1つ

翻弄されてきた漁業者と営農者は…

堤防の反対側に広がる干拓農地には、事業の完成までに2,500億円以上が投じられた。
2023年3月末時点で、この場所で38の個人や法人が農業をし、2022年度の推定農業産出額は約31億円となっている。

雲仙市の松山ファームは、営農が始まった2008年に入植した。約45ヘクタールの土地で主にレタスを栽培している。集約された広い農地と機械による作業効率向上により、出荷量は年間約3,000トンに上る。

松山ファーム・松山哲治社長:
(営農する前は)南串山から国見町まで広範囲で(野菜を)つくっていて、移動だけで1時間かかる。効率よく生産ができると考えて、こちらにシフトした

250棟のハウスや機械など約5億円を投じた一方、作業効率アップや移動時間の短縮で、年間3割ほどのコストカットにつながっているとしている。

開門は営農者の「死」を意味するという
開門は営農者の「死」を意味するという

松山ファーム・松山哲治社長:
10年15年かけて投資してきて今がある。(排水門を)開けるというのは、我々からすると「死ね」ということ

干拓地の農業用水は、堤防の内側にある淡水の調整池からくみ上げている。代わりの水源は無く、開門によって海水が入れば農業は続けられない。

松山ファーム・松山哲治社長:
漁業者とけんかするなんて思っていない。対立構造に巻き込まれて。国と漁業者で何とか折り合いをつけて話し合って、解決策を探してもらいたい

難航する「有明海の再生」

最高裁の決定を受けて、国は開門しないことを前提とした場なら漁業者側との協議に応じる考えを示した。

野村哲郎農水相:
国としても、今回の決定が出た以上は「もう最後」という意識でやらないと。前向きな方向での話し合いでしたら、いつでも国としても出ていける

漁業者や弁護団は「話し合いによる解決が唯一の方法」とする一方、有明海の再生に向けた開門と開門の調査は不可欠としている。

漁業者・松永秀利さん:
泣き寝入りはしたくないから。これがそのままだったら国が、強い者が勝ちになるでしょ。

ブランド化に成功した養殖カキ
ブランド化に成功した養殖カキ

漁業不振対策として始まった養殖カキのブランド化に成功したことなどから、漁業者の間でも開門への考えは様々だ。

“宝の海”を知らない世代が増える中、松永さんとともに裁判で窮状を訴えてきた仲間は2023年、 ノリの不作で漁業から離れる決断をした。

漁業者・松永秀利さん:
(漁業不振の)原因を究明することを第一に考えないと(有明海の)再生も難しいと思う

諫早湾干拓をめぐり、漁業者と営農者を翻弄してきた国の責任は重いと言える。
「有明海の再生」に向けては「もう待った」はない。

(テレビ長崎)

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