体重1,500グラム未満、または妊娠期間32週未満で誕生した赤ちゃんの成長や医療、発達の記録ができるように作られた「かごしまリトルベビーハンドブック」が2023年2月に完成した。完成に向けて活動を続けた人たちのこれまでをまとめた。

23週で男の子を出産 体重は476グラムだった

2020年、鹿児島県内で生まれた赤ちゃん約1万1,600人のうち42人は、体重1,000グラム未満で誕生した。実は母子健康手帳の成長記録のページには、体重1,000グラムからの記入欄しかなく、早く小さく生まれた子どもを育てる家族にはとてもつらい思いをしていた。

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2021年12月に鹿児島市で行われた交流会では、早産で小さく生まれた子どもの保護者らが「本当に小さくて…かわいいという気持ちより先に『どうしよう』という不安がすごく大きかった」「754gで生まれたので『10歳まで元気に生きられればよい』と言われた」などと、それぞれの不安や体験を語り合った。

早産で小さく生まれた子どもの保護者らが立ち上げた「鹿児島リトルベビーサークル ゆるり」最初の交流会だ。

代表の高野裕子さんは4歳の男の子の母親だ。2017年、一足先に転勤していたご主人と結婚し、鹿児島で生活を始めた。2018年に妊娠したが、直後から異変を感じていた。

鹿児島リトルベビーサークル「ゆるり」代表・高野裕子さん
鹿児島リトルベビーサークル「ゆるり」代表・高野裕子さん

鹿児島リトルベビーサークル「ゆるり」代表・高野裕子さん:
妊娠11週からかかりつけの産婦人科に入院していたのですが、ドクターストップがかかって、福岡に里帰りせず鹿児島で出産した方がいいと言われ、出産することになりました

高野さんは、23週と1日目に破水、2018年11月、緊急帝王切開で男の子を出産した。体重は476グラムだった。

「出産した次の日に息子に会いに行ったんですが、私が想像していた赤ちゃんの姿とかけ離れていたので、正直びっくりした。子ども用の綿棒くらいの指の細さで、かわいいっていう表現がその時の私には難しくて…。でも何か愛おしい存在だと、少しずつ思えるようになりました」と、振り返る高野さん。

男の子の人工呼吸器が外れたのは生後42日目だった。

鹿児島リトルベビーサークル「ゆるり」代表・高野裕子さん:
手術も多かったので、心配は尽きなかったけれども、保育器の中に手を入れたり、抱っこできるようになったり、少しずつ触れるようになって成長を感じていました

子どもの確かな成長を実感していた高野さん。出産から半年で退院したが、自宅での育児は不安でいっぱいだった。

「早産したあとに、自分に思い浮かぶ1つひとつの気持ちが、こんなことを思うのは私だけじゃないのかな」そんな悩みを抱えていた高野さん。地元・福岡に低体重で生まれた子どもたちの家族会があるのを知り、オンラインで参加し始めた。

高野さんは「『こういうことが不安です』と言うと『みんなそうだよ、大丈夫だよ』と声をかけてもらい、すごく励まされた」という。鹿児島にも同じような家族会があればいいと思っていたところ、その会の方から「ゆるり」副代表となる山元理英さんを紹介してもらった。初めて鹿児島で、早産児ママの友達ができた。

鹿児島リトルベビーサークル「ゆるり」
鹿児島リトルベビーサークル「ゆるり」

山元さんと話をするうちに、お互いの不安をわかり合えたことで救われたという高野さん。ママや家族の気持ちをわかり合い、支え合う家族会が必要だと「鹿児島リトルベビーサークル ゆるり」を立ち上げ、代表となった。

母子健康手帳の体重記入欄は1,000グラムから

1,000グラムに満たない体重を記録できない母子健康手帳。

枠外に点を打った山本さんの母子健康手帳
枠外に点を打った山本さんの母子健康手帳

生まれた女の子の体重が520グラムだった山元さんは、そこにわが子の成長を記録できず「枠外に点を打つしかないが、すごくつらかった」と振り返る。

高野さんの母子健康手帳
高野さんの母子健康手帳

高野さんはこんな思いを抱いていた。

鹿児島リトルベビーサークル「ゆるり」代表・高野裕子さん:
私たちみたいなつらい思いを、早産したママ、これから早産が予想されるママたちにさせられないという気持ちがみんなにあるのではないか。主人の転勤でいつまでいられるかわからないけれど、お世話になった鹿児島に何か恩返ししたいと思っていて、リトルベビーハンドブックを作る時間が残されているかもしれないと、動き始めました

県議会で「リトルベビーハンドブック」作成が決定

2021年10月に活動を始めた「ゆるり」。その年の12月、鹿児島県庁に塩田康一知事を訪ねた。

鹿児島リトルベビーサークル「ゆるり」代表・高野裕子さん:
鹿児島県でもリトルベビーハンドブックを採用していただきたく、お願いにまいりました

高野さんは、塩田知事に要望とともに直接開封前のマヨネーズを手渡し「476グラムで生まれた息子と同じ重さです。これ(マヨネーズ1本)がちょうど同じ重さ」と話した。

マヨネーズを手に取った塩田知事は「うーん…」と言ったきり、言葉が続かなかった。高野さんは、息子のこと、リトルベビーのことを伝え、知事も真剣な表情で聞いてくれた。

2022年3月、鹿児島県議会で作成が決定される
2022年3月、鹿児島県議会で作成が決定される

2022年3月、鹿児島県議会で「かごしまリトルベビーハンドブック」の作成が決定。

5月に開かれたハンドブック作成のための意見交換会には高野さんも参加した。医療関係者などリトルベビーの出産や育児に関わるメンバーが集まり、ハンドブック作成が始まった。

イラストは「ゆるり」のママたちが担当を務めた
イラストは「ゆるり」のママたちが担当を務めた

活動に賛同し、参加してくれる家族も増えた。ハンドブックの表紙や挿絵のイラストは「ゆるり」のママたちが描くことになり、かわいく明るいイラストが集まった。

高野さんは県内初の「世界早産児デー」を企画
高野さんは県内初の「世界早産児デー」を企画

また、早産で小さく生まれた子どものことを多くの人に知ってほしいと、鹿児島で初めて「世界早産児デー」のイベントを企画。SNSで写真の提供やイベントへの協力を呼びかけ、多くの人が応えた。
鹿児島市の繁華街・天文館で開かれた写真展「世界早産児デー写真展 ゆるり」には、5日間で1,000人を超える人が訪れた。

「世界早産児デー写真展 ゆるり」
「世界早産児デー写真展 ゆるり」

高野さんは「こんなに見ていただけると思っていなかったので驚いています。小さい子どもが生まれたという人、孫が小さく生まれたというおばあさん、たくさん声をかけていただいた。一番知ってもらいたい人に見てもらえてとても幸せです」と、写真展開催の意義を振り返った。

ついに完成! 鹿児島独自の工夫も

温かい色合いの「かごしまリトルベビーハンドブック」が完成
温かい色合いの「かごしまリトルベビーハンドブック」が完成

作成開始から8カ月の2023年2月、ママたちの願いだった「かごしまリトルベビーハンドブック」がついに完成した。表紙は「ゆるり」のママが描いたイラストをピンクを主体としたあたたかい色とハートが囲んでいる。

体重記入の欄は0から始まる
体重記入の欄は0から始まる

成長を記録するページは、体重の目盛りが0から始まり、体重1,000グラム未満で生まれた子どもの成長も記録できるようになっている。鹿児島独自の工夫も随所にみられる。

NICUについての説明も
NICUについての説明も

NICU(新生児集中治療管理室)、リトルベビーが治療を受ける場所についての説明。そして、自由記載のページが設けられていて、リハビリやフォローアップ外来の記録などが書けるようになっている。

いくつかのページにはQRコードがあり、WEBサイトで動画などを見ることも可能だ。

鹿児島リトルベビーサークル「ゆるり」代表・高野裕子さん:
うれしいですね! 私が子どもを産んだときに欲しかったものができて、満足しています

自分たちのつらい経験から「これからのママたちのために」と行動してきた「ゆるり」の皆さん。高野さんは鹿児島県の担当者とともに、ハンドブック作成を一緒に進めてきた鹿児島市の病院を訪ねた。

いまきいれ総合病院・丸山有子医師:
使わせていただきます。ありがとうございます。このハンドブックを渡すタイミングを、鹿児島市立病院の先生とも考えていて。生まれてすぐがよいのか、ちょっと落ち着いてからがよいのか、高野さんの意見を聞きたいと思っていた

鹿児島リトルベビーサークル「ゆるり」代表・高野裕子さん:
ママの状況に応じてできるだけ早く渡すのが…

いまきいれ総合病院・丸山有子医師:
早すぎて困ることってあります?

いまきいれ総合病院 NICU、GCU・本山美穂看護師長:
NICU(新生児集中治療管理室)ってこういうところですよということが書いてあるので、このあたりを見せながら説明できたら、ちょっと早いタイミングで渡せるのかなと思って

作成を一緒に進めてきた、いまきいれ総合病院・丸山有子医師とNICU GCU・本山美穂看護師長
作成を一緒に進めてきた、いまきいれ総合病院・丸山有子医師とNICU GCU・本山美穂看護師長

いまきいれ総合病院・丸山有子医師:
ちょっと工夫しながら、いいタイミングを計るのもひとつ大事な点かな

丸山医師、本山看護師長とさまざまな意見を交わした高野さん。「『すてきなものを一緒に作っていただいてありがとうございます』と伝えたくて、先生のお話を伺うことができて、本当に胸がいっぱいです!」」と達成感を味わっていた。

リトルベビーハンドブックの配布場所

いまきいれ総合病院では3月13日、1人のママにリトルベビーハンドブックが初めて渡された。この赤ちゃんは29週、体重1,325グラムで生まれたが、36週時点で2,268グラムまで成長しているという。

このリトルベビーハンドブックは、鹿児島県でNICUのある病院で配布されるほか、これまでに2,500グラム未満で出産した家族から希望があれば、市町村の母子健康担当窓口でも配布される。

小さく生まれた子どもたちに心から寄り添い、支えてくれる人たちが鹿児島にも大勢いる。このハンドブックを手にする家族には、きっとそのことが伝わるに違いない。

(鹿児島テレビ)

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