聴覚に障害がある女の子が重機にはねられ死亡し、両親が損害賠償を求めた民事裁判。争点になったのは女の子が将来、働いて得るはずだった収入の金額。両親の想いを司法はどう判断したのか。

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井出安優香さんの母・さつ美さん:
今日は、安優香が11年頑張りましたって、裁判に行くんやでって。一緒に行こうねって

2人が大切な娘を失うことになった出来事から5年の月日が経った。

生まれつき聴覚に障害があった井出安優香さん。5年前、大阪市生野区にある聴覚支援学校から帰宅中、歩道で信号待ちをしていたところ、てんかんの持病を持つ男が運転する重機にはねられ、亡くなった。

安優香さんの両親が運転手の男や会社に対し損害賠償を求めた裁判で、争点になったのは、安優香さんが事故に合わなければ得るはずだった将来の収入、「逸失利益」。

両親は、“全ての労働者の平均賃金”を基に安優香さんの逸失利益を計算すべきだと主張したが、被告側は安優香さんの障害を理由に、“聴覚障害者の平均賃金”を基に計算するべきと主張。その額は両親が求める額の60%にとどまる。

井出安優香さんの父・井出努さん:
娘の将来を全部否定するようなことを今度は民事裁判で言われて、僕ら親としては娘を2度殺されたという気持ち

生まれた当初、医師から「言葉を話すことは難しい」と言われた安優香さん。両親とともに懸命に努力し、人前でも堂々と話せるようになっていた。

運動会で話す安優香さん(当時小学5年生):
赤組白組の思いのこもった迫力ある応援をご覧ください

地元から離れた生野区の聴覚支援学校を選んだのも、将来就職して自立するための専門的な訓練を受けるためだ。これまでの裁判で両親は、安優香さんが勉強に使っていたノートなどを提出し、学力の立証などを重ねてきた。

「逸失利益は“全ての労働者の平均賃金”の85%とすべき」とする判決

そして2月27日の判決。大阪地裁は「安優香さんには勉学や他者とのかかわりに関する意欲と、両親による支援が十分にあり、将来様々な就労可能性があった」また「テクノロジーの発達などにより、聴力障害が就労に及ぼす影響は小さくなっていくと認められる」と指摘。

一方で、「聴力障害が労働能力を制限しうる事実であること自体は否定できない」として、逸失利益は“全ての労働者の平均賃金”の85%とすべきとする判決を言い渡した。

安優香さんの両親の想いは届かなかった。

父・井出努さん:
結局は、裁判官、裁判所は差別を認めたんだな

母・さつ美さん:
どんなに努力しても、ただ聴覚に障害を持っているというだけで、その子の人生を否定されなければいけないんですかって。(私は)一番近くで、安優香の努力を見てきたので、何を言われようとも安優香には、「安優香頑張ったんや」ってこれからもずっと言い続けてあげたいと思っています

争点になったのは「逸失利益(=将来働いて得るはずだった収入の金額)」

争点になったのは「逸失利益」。つまり安優香さんが将来働いて得るはずだった収入の金額。 司法の判断は”健常者の平均の85%”としたが、この判断の背景について、これまで裁判や遺族を取材してきた藤代記者に聞いた。

新実キャスター:
遺族は27日の判決どう受け止めたのでしょうか?

関西テレビ 藤代耕平記者:
先ほど開かれた報告集会で父親の努さんは「裁判所が障害者差別を認めてしまった。怒りを通り越して言葉にならない」と涙ながらに話していました。 まずそもそも、両親は安優香さんの命の価値を将来の収入・お金で測ること自体に違和感を覚えています

関西テレビ 藤代耕平記者:
ただ、今の裁判の仕組み上、”逸失利益”の計算で損害賠償を求めるしかなく、やむを得ず裁判で争うことになりました。 今回、健常者と同じ水準での計算を求めていました。その上での今回の判決ですので、非常に憔悴しきった様子でした

新実キャスター:
改めて判決の内容を整理したいと思います。 コミュニケーション能力について、ご両親は「補聴器を着ければ十分できた」と主張していました。裁判所も「安優香さんが慣れた環境においては、問題なくコミュニケーションが取れた」とはっきり言っています。 学力も「学年相応のものがあった」というご両親の主張に対して、裁判所も「支障はなかった」と認めています

新実キャスター:
しかし、判決は「障害が労働能力に影響がないとは言えない」として、逸失利益(=将来、得られた収入)は全労働者平均の85%だとしました。現時点での能力について裁判所は「健常者と遜色はない」と言いながらも、「将来の収入は(健常者平均の)85%である」としました。なぜ、こういう判断になったのでしょうか?

関西テレビ 藤代耕平記者:
両親の主張のほとんどは大きく認められたと思います。コミュニケーションがきちんと取れていたこと、それから、学習に支障がなかったこと。 加えて、テクノロジーが今後発展していけば、将来はもっと聴覚障害者が働きやすい社会になるはずだと。そう言った両親の主張も認められました

関西テレビ 藤代耕平記者:
一方でなぜ減額されたのか、というところなんですけれども、減額の理由は「聴覚障害が労働能力に影響しないとは言えない」ということでした。その理由としては「労災保険にかかわる法律や自賠責に関わる法律などに定められているから」ということです。結局のところ聴覚に障害がある、ただそれだけで15%の減額をした、そういう判決でした。今回、両親の弁護団の中には、聴覚に障害がある弁護士も複数いました。手話を使ったりですとか、あるいは音声を文字化するアプリを使ってですね、本当にスムーズに井出さんの弁護をしていました。そういった様子を裁判官も見ているはずなのですが、今回のような判決ということで、何を証明したら”司法の壁”を越えられるのか、というのは非常に疑問だと感じました。

関西テレビ 神崎博デスク:
裁判所は基本的には、過去の判例とかに縛られることがあって、これまでは(逸失利益について)健常者の6割とか、7割くらいまでしか認めてきませんでした。その点、今回は「時代が進歩しテクノロジーが進化したら…」という見解もあって、さらには障害者雇用が進んでいるという現状を踏まえて85%まで(認められること)になった。ある種、裁判所としては未来を見て、踏み込んだ判断をしているとも言えます

新実キャスター:
安優香さんの両親は今後、控訴なども考えられているのでしょうか?

関西テレビ 藤代耕平記者:
両親はこれまでの取材のなかで、安優香さんだけではなく「全ての聴覚障害者のために戦うんだ」というふうに常々言っていました。しかし27日の会見では、やはり非常に疲れ切った様子で、先のことはまだ考えられないということです。今後、控訴をするかどうかについては「弁護士と相談します」と話していました

(関西テレビ「報道ランナー」2月27日放送)

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