ロシアのウクライナ侵攻開始から、まもなく1年。戦闘を激化させるロシア軍にウクライナはどう抗戦するのか。BSフジLIVE「プライムニュース」では高橋杉雄氏と小泉悠氏を迎え、ロシアの戦略を徹底分析した。

攻勢に出るロシア軍 1日平均824人の死傷者に見合う戦果か

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新美有加キャスター:
ロシアの民間軍事組織「ワグネル」の創設者プリゴジン氏は、SNSで「バフムトを掌握するだろう」と発言。一方、ウクライナ国家安全保障国防会議のダニロフ書記は、地元メディアに「ロシアが大規模な攻撃を開始しているが、我々は撃退している」。  

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長:
従来のバフムトに加えてルハンスク州でも攻勢が始まった情報があり、攻撃開始は事実と思う。気温が上がり天候面でもやりやすくなっている。だが、ロシアの大進撃も見られず「撃退している」も多分、そう間違ってはいない。

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長
高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長

反町理キャスター:
現状、正規軍とワグネルの関係は。

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長:
ワグネルが相当消耗して交代しつつある情報はある。反する形で軍の影響力が増していく。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
信頼性はわからないが、バフムトにはワグネル部隊が多く、クレミンナにはロシアの連邦軍が集まっているとの情報がある。両者が連携できているなら、ワグネルがウクライナ軍を弱らせたバフムトでの戦果の拡張のために、軍の精鋭部隊が投入されつつあると考えられる。だがワグネルと軍は仲が悪いと言われており、きれいな連携があるかはわからない。

反町理キャスター:
ロシアは大攻勢に出ていると見えるが、現在の死傷者数は1日平均824人で、2022年6月から7月頃の4倍以上。損害に対しての戦果をロシアはどう見るか。

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長:
他の時期と比べ非常に大きな損害。バフムトでの市街戦も大きな理由。また恐らく、熟練兵士が減っている。動員兵を確保し数は増えても、熟練度が低ければ損害は当然増えていく。死傷者数の増加はある程度やむを得ない部分があると思う。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
我々の人道的感覚を、権威主義体制の指導者が共有しているかはわからない。全く非人道的な話だが、1日あたり824人が死傷し兵隊の数が減っていくなら、去年の9月に動員したという31万8000人の兵隊を使って、ほぼ1年戦争を続けられる。仮にそれで1日に1km前進できるなら、ロシアが損害に見合った戦果だと考える可能性はある。

反町理キャスター:
イギリスの国防省の分析では、南部ザポリージャ州でロシア軍が要塞線を作っている。何に備えているか。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師: 
恐らく今、東部のルハンスクからドネツク周辺に兵力を集中させて攻めようとしている。ウクライナ軍が反撃に出るなら南部に向けて。東部で安心して戦うために、南部の要塞化を進めていることはおかしくない。

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長:
ロシアの目的はドンバス地方の制圧だから、ドネツク北部を奪取できる作戦を行う。9月のハルキウ攻勢でウクライナが奪い返した部分をロシアが再奪取すると、南側のバフムトからの攻勢と北からの攻勢を組み合わせて、ドネツク州のまとまった部分を奪える。これに集中するため、ザポリージャ州では守りやすい体制を整えているのでは。

ロシアの兵器は不足しながらも枯渇はせず、侮れない

新美有加キャスター:
ロシアの大規模攻撃開始に、きっかけとなる出来事はあったか。

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長:
きっかけはロシア軍がハルキウ州で負けたこと。ハルキウとヘルソンの両方で大幅な後退を強いられ、埋め合わせる何かが欲しい。またドンバス地方全体を制圧する準備の中、天候の問題で冬には大規模な戦闘ができなかったので、春の攻勢に切り替えて準備していたのだと思う。

反町理キャスター:
一方、参謀総長だったゲラシモフ氏がウクライナ攻撃の司令官になった。ロシアの戦術に影響を与えるか。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
よくわからない。ロシアの参謀本部は軍総司令部の機能を持っており、もともとゲラシモフ参謀総長が作戦を指揮していたはず。だが、参謀本部と陸軍のオールスター態勢となったことは、プーチンの強い意志の表れに見える。

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長:
陸軍と空軍が絡むような大規模作戦では、参謀本部が指揮できるようになった。ゲラシモフが連邦軍全体を指揮するとなれば、指揮系統の分離というこれまでの問題が一気に解決されつつあるように見える。

新美有加キャスター:
戦闘の長期化と西側諸国の制裁でロシアの武器は枯渇すると言われていたが、プーチン大統領が軍需工場の従業員に対し「我が国は1年間に世界中のすべての軍需産業と同じ数のミサイルを生産している。勝利は確実」と発言。またイギリスの紛争兵器研究所が、キーウ攻撃で使用された巡航ミサイルの残骸を分析し、製造番号から7~9月、9~12月に製造された可能性があると結論。ロシアの兵器の生産能力は。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
何種類かの巡航ミサイルを合計して、年に数百発作っているという推定が標準的。ある程度待てば弾が貯まると期待できる程度の生産能力はあるのでは。新しい弾が出てきているのは、弾切れではない可能性を示している。

反町理キャスター:
精密誘導兵器には半導体が必要。どう入手を?

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
3つ可能性がある。開戦前に相当溜め込んでいだ可能性、また不確実ながら報道されているのが、中国やトルコ経由で入手している可能性。さらに古い誘導装置を使っている可能性。冷戦時代のソ連は、アメリカのサプライチェーンに依存せず兵器を作っていた。

反町理キャスター:
全体としてロシアの継戦能力・兵器生産能力は開戦後も機能しているといえるか。

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長:
数は十分ではないだろうが、戦争できなくなるほどの不足でもないということだと思う。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
ロシアの軍需生産が戦時体制に入っていることは間違いなく、軍需品の追加生産について生産量・納期・価格を国防相が決められるよう、2022年段階で法改正している。戦車の新規生産もできていて、古いものを再生して戦場に送り込む能力もフル回転させており、侮れない。

旧型戦車の供与はウクライナをどの程度助けるか

新美有加キャスター:
ロシアの大規模攻勢を視野に、ウクライナへの戦車供与が加速。欧米からウクライナに対するドイツ製戦車レオパルト2の供与が取り沙汰されてきた。加えてドイツ、デンマーク、オランダが1世代前の主力戦車レオパルト1を178両供与すると決定。

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長:
古い戦車だが最新型の歩兵戦闘車には勝てる。激しい消耗戦、塹壕戦が行われている最前線の火力支援として十分に使える可能性はある。開戦前のウクライナの現役戦車数が850両で、公開情報の分析では半分以上を消耗している。1両でも多く必要だが、レオパルト2は反攻時の機甲戦力の中核として使いたいので、現場戦線を支える戦力としてレオパルト1を使う判断だろう。

反町理キャスター:
ロシアからはどの程度の脅威と見えるか。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
小さくない数の供与。戦車は古いが、1700両以上の戦車を失ったロシア軍も古い戦車を引っ張り出して使っており、実は双方同じことをしている。ただ、数字を見るとウクライナの損害が圧倒的に少なく見えるが、ウクライナには戦前800両ほどしかなかった。仮に損害度合いが同じなら、最後までもつのはロシアの可能性が高い。またレオパルト2供与についても、ヨーロッパ諸国の足並みがはっきりしない。送れるものは早く送ってくれというのがウクライナの本音だろう。

プーチンの目標は変わらず「ゼレンスキーが死ぬまで」

新美有加キャスター:
プーチン大統領は独ソ戦勝利の地、ボルゴグラード(旧スターリングラード)で演説。「祖国のため最後までやり抜く覚悟が、我々の血には流れている。それこそがナチズムを打破した」。目標が変わったようには感じるか。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
むしろ変わっていない感じを強く受けた。「ナチスという人類悪を倒した偉大な国家」として、国民の愛国心の鼓舞を狙っているのだろう。変わったとすれば、当初は無血ですぐに終わるように国民に見せていたが「前回はものすごい犠牲を出しても勝った」とレトリックを変えたこと。だが、ゼレンスキー本人が政治的にも物理的にも死ぬまでやる、という目標自体は変わっていないと思う。

反町理キャスター:
プーチン大統領の頭の中は、ウクライナのネオナチというよりもドイツ、つまりNATO(北大西洋条約機構)との戦争になりつつあるのか。

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長:
プーチンが言語化する戦争観は、ウクライナはアメリカやNATOの代理人として戦っているというもの。これからも、ネオナチと手を組んだNATOと戦い続けるという図式をセットし続けるのでは。

反町理キャスター:
「我々の敵はNATO、つまりナチだ」まであと一歩に聞こえるが。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
可能性はある。ロシア国防省がウクライナ軍の中身はNATOだと言い、国防大臣も事実上ウクライナとアメリカは一体だと言っている。だがアメリカをナチとは言わない、という微妙な線引きをしながらレトリックを呈している。

(BSフジLIVE「プライムニュース」2月13日放送)