日本が理系人材の育成で世界から周回遅れとなっている中、いまあらためて注目されているのが高専(=高等専門学校)だ。
中学を卒業後5年一貫で理工系を学ぶ高専は、これまで名だたる技術者・研究者を輩出してきた。全国58校(※)、中学卒業生の進学率は1%と少数ながら、求人倍率は20倍以上。Society5.0に向けて産業界から熱い視線が注がれている高専の教育現場を取材した。
(※)今年4月開校の神山まるごと高専を含む
「ユニークな教育を行っている自負はある」
東京都内八王子市にある東京高専(=東京工業高等専門学校)は10ヘクタールの広大なキャンパスに約千人の学生が日々切磋琢磨している。谷合俊一校長は「ユニークな教育を行っている自負はあります」と語る。
「普通の高校や大学と違うのは、高専は理論だけでなく実験、実習を重視してとにかく手を動かすことですね。高専は5年間学び20歳で卒業しますが、大学受験がない分プロジェクト型の教育に打ちこむ時間があるので、学生は目を見張るほど成長します。卒業後は大学3年に編入学することも出来ますし、高専でさらに2年間の専攻科を修了して大学卒と同じ学位を得ることも出来ます」
この記事の画像(9枚)東京高専の場合、機械、電気、電子、情報、物質(化学)の5つの学科がある。
「全国的に学科構成はだいたい同じですが、物質の代わりに建築やデザインもあります。東京高専では各学科の定員は40人なので1学年200人、5学年なので全校で約千人です。本校は東京都にありますが、神奈川、埼玉、山梨には高専がないこともあり、東京出身はだいたい半分で、残りは他県、留学生も若干います。進学と就職は五分五分ですが、求人倍率は20倍を超えていますね」
社会課題を解決する技術を考案する「社会実装教育」
早速授業を取材した。
1年生は数学、物理、化学、英語、国語、社会、体育の一般科目が必修だが、東京高専では機械工学や電気工学などの専門教育も取り入れ学生はスタートから手を動かすことを学ぶ。
また東京高専では、イノベーションを実現できる人材育成を目指して、社会課題を解決する技術を考案し、試作を繰り返して導入するという「社会実装教育」に力を入れている。
社会実装のプログラムは様々だ。例えば4年生が中心となって開発した「狩猟罠監視システム」がある。開発チームの学生はこう語る。
「神奈川県相模原市の猟友会から、狩猟の際に罠を仕掛けると毎日現地に行って動物がかかっているか確認するのが大変だというお話がありました。そこで私たちは罠に振動センサーを取り付けて、動物がかかると振動を検知して、通知がモニターに表示される仕組みをつくったのです」
「自ら考え自らの手を動かす」高専スピリット
「自ら考え自らの手を動かす」
こうした高専のスピリットがまさに発揮されている場が、ロボコン(ロボットコンテスト)とプロコン(プログラミングコンテスト)だろう。特に高専ロボコン全国大会は、毎年試合の模様がメディアでも取り上げられ、ご存知の読者も多いだろう。
2022年のロボコンのテーマは「舞い上がれ」。紙飛行機をロボットが次々に発射し、標的に正確に飛ばせるか、その得点を競い合った。東京高専のロボコンゼミには約50人の学生がいる。22年の大会では2年連続で全国大会に出場しベスト16の成績を収めるなど、高い技術力が光っている。
「こちらのロボットは、私たちのこだわりが詰まったものです。紙飛行機は紙の厚さによって射出するタッチが変わるので、チームメンバー全員でアイデアを出して試作をくり返しました」(チームメンバー)
プロコンで勝つ理由は「組み込みマイスター」
また高専プロコン全国大会で東京高専は、今年度自由部門で最優秀賞・文部科学大臣を受賞し、過去14年連続で入賞。3年前には3部門全てで最優秀賞・文部科学大臣賞を受賞と大活躍をしている。
なぜこんなに東京高専は強いのか?その理由は「組み込みマイスター」にあると担当教員は言う。
「組み込みシステム開発マイスター制度(組み込みマイスター)は、放課後学生がコンピューターを組み込んだ製品を1年かけて開発するという、東京高専独自のプロジェクトです。学生が自分のアイデアでソフトウェアをつくるので、この教育効果は非常に大きいですね」
「受験勉強をしない分、学びの時間が長い」
国立高専機構(=独立行政法人国立高等専門学校機構)の谷口功理事長は、高専の強みをこう語る。
「高専は基礎や応用だけでなく実務教育を行い、受験勉強をしないので普通学校の生徒より学びの時間が長いです。先生も様々な専門キャリアをもち、特徴のある人が多い。高大連携も時代より先に行ってきましたし、今後も工業と農業、水産業を組み合わせるなどDXも取り入れます。日本を変えるのは高専だと自負しています」
一方谷口理事長が高専の課題として挙げるのが、女子学生をどう増やすかだ。東京高専の場合、女子学生数は全体の約2割とまだまだ少ない。
「社会とその未来をつくるためには、より女性技術者を増やすことが必要です。いま各地の小中学校に高専生がプログラミングを教えに行くプロジェクトを行っています。高専生を身近に感じることで高専への進学を志望する女子が増えることを期待しています」(谷口理事長)
手を動かしてイノベーションを起こす高専生
東京高専でも2020年から地元の小学校にプログラミングの出前授業を行っている。車輪駆動ロボットのライントレーサーを使うと子どもたちの目が輝くという。
谷口理事長は「高専生は社会の医者=ソーシャルドクターであるべきだ」という。Society5.0にむけて、手を動かしてイノベーションを起こすモノづくり人材が、いまこそ求められているのだ。
【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】