銃の所持や人工妊娠中絶など、さまざまな問題で分断しているアメリカでは、新年早々「ガスコンロ」をめぐって“炎上”している。

今回の特徴は、誰も「禁止」とは言っていないのに、論争となっている点だ。アメリカの「台所」をめぐり、環境問題・エネルギー問題に対する民主・共和の隔たりが改めて浮き彫りとなっている。

発端は「ぜんそくリスク」論文

きっかけは、ブルームバーグ通信のインタビューに答えた、消費者製品安全委員会のコミッショナー、トラムカ氏の発言だ。

ガスコンロからの排気について問われ「隠れた危険だ。いかなる選択肢も検討している。安全が守られない製品は禁止されることもある」と答えたのだ。

2022年末、「全米の子供のぜん息の12%は、ガスコンロからの排気に関係している可能性がある」という研究論文が発表(International Journal of Environmental Research and Public Health)された。そのタイミングでのバイデン大統領直轄の組織の幹部の発言に、ガスコンロで調理をする家庭からは「我が家のガスコンロも禁止になって、買い替えといけないのか?」と不安が広がった。
しかし、「消費者製品安全委員会」は以前から、ガスコンロは有害物質を出す可能性があることに言及しており、新規購入の際にはIHコンロを推奨している。

消費者製品安全委・トラムカ氏のツイッター「既存のガスコンロを禁止するつもりはない」と”火消し”
消費者製品安全委・トラムカ氏のツイッター「既存のガスコンロを禁止するつもりはない」と”火消し”
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今回のブルームバーグの記事では、「既存のガスコンロを禁止する」とは発言していないにも関わらず、そのように受け止めらたため、数日後、発言したトラムカ氏本人や、幹部が「既存のガスコンロを禁止する予定はない」と明言し、“火消し”に走った。

「ガスコンロのために立ち上がる」“フロリダのトランプ”も参戦

これで事態は収束すると思ったが、その後も「ガスコンロを守れ!」と主張しているのが、共和党の政治家たちだ。

”フロリダのトランプ”デサンティス知事 「ほっといてくれ」と書かれたガスコンロのイラストを掲げる
”フロリダのトランプ”デサンティス知事 「ほっといてくれ」と書かれたガスコンロのイラストを掲げる

そのうちの1人、フロリダ州のデサンティス知事が11日、自身の集会でこのように力強く演説し、支持者から拍手喝采を浴びた。

「誰も私たちのガスコンロを取り上げることはできない!ガスコンロかIHかの選択はあなたの自由だ。料理をする人は、ガスコンロを手放したくないと思うでしょう、だから我々は立ち上がる!」

デサンティス氏は2024年の大統領選挙の共和党の有力候補になるのではないかと目されている、44歳の若きホープだ。その保守的な考え方から「フロリダのトランプ」の異名を持つが、すでに大統領選に立候補しているトランプ氏からはライバル視されている。いまアメリカで最も注目されている政治家の1人であるデサンティス氏の発言をみても、保守派が「ガスコンロ」を争点化したいことがわかる。

メディアも保守とリベラルで対立「ガスコンロは文化戦争」

そのほかにも、共和党の下院議員も「絶対に手放さない。できるものなら来て取り上げてみろ!」と徹底抗戦のツイートをして話題になった。それに対して民主党議員は「ガスコンロによる悪影響」を主張しSNSで反撃するなど、政争の具になっている。

アメリカメディアも同様の論調で、保守寄りとされるFOXニュースは「ガスコンロが禁止されて調理の仕方が変わるかもしれない!」と危機感をあおるいう論調だが、リベラル派はその逆。タイム誌などは「文化戦争(Culture War)において、保守派がガスコンロを大義名分としている理由」との見出しを取っている。改めて指摘するが「禁止」でもないのに、だ。

米国家庭の4割で使用されるガスコンロは「文化戦争」なのか?
米国家庭の4割で使用されるガスコンロは「文化戦争」なのか?

おおまかに分けてしまうと、環境対策に前向きなのが民主党で、消極的なのが共和党―特に「トランプ派」と言っていいだろう。トランプ氏は大統領時代に温暖化対策の世界的枠組みの「パリ協定」から離脱した。気候変動対策より、経済・雇用重視するという姿勢を打ち出し、「アメリカファースト」のイメージを固めてきた。その後、パリ協定はバイデン政権になってから復帰している。

トランプ前大統領
トランプ前大統領

ガスコンロについては、連邦政府は「禁止しない」としているが、リベラル派が主流の自治体では、すでに多くの規制が始まっている。

高層ビルが立ち並ぶニューヨーク市では2021年、「新築の建物はガスコンロ設置を禁止する」という条例が成立していて、2023年に施行される予定だ。

目的は健康問題だけではなく、化石燃料を減らすことが気候変動対策のひとつとしているので、近い将来、「ガスコンロからIHに移行させよう」という流れが、リベラル派・環境重視派からさらに起きるのは間違いないだろう。

食洗器、洗濯機をめぐる”幻”のトランプ・ルール

リベラル派が「環境対策重視」で、保守派が「経済・効率優先」のため対立しているという構図だが、家庭のキッチン周りをめぐる対立はガスコンロが初めてではない。

もともとオバマ政権下でのエネルギー省は、省エネ対策のため「食洗器で使う水の量」、「洗濯機・乾燥機で使える電力の量」に上限を設けていた。
その後、省エネ対策より企業の利益を追求したいトランプ氏が政権を取ると、「もっと早く食器を洗うべきだ!新しい食洗器を買いに行こう」との主張を展開し、演説会場で支持者にこう呼びかけた。

「『60分で終わる食洗器』『30分で終わる洗濯機』などのカテゴリーを設置させた」

これはトランプ氏のキャッチフレーズ「アメリカを再び偉大に(Make America Great Again)」をもじり、「Make Dishwasher Great Again(食洗器を再び偉大に)」キャンペーンとも報じられた。結局、トランプ政権下で、「高速食洗器」を申請するメーカーはなく、バイデン政権はオバマ時代の基準に戻した。

与野党が対立しているのは、コロナ対策、中絶問題、銃所持問題などさまざまな範囲に及ぶ。今回の問題は、科学的な根拠を政治イデオロギー化して利用してしまう危険性もはらんでいる。2024年に控える大統領選挙に、ガスコンロが「政争の具」として誇張されてしまうと、分断はさらに進んでしまうかもしれない。

(執筆:FNNニューヨーク支局 中川真理子/リサーチ:ハンター・ホイジュラット)

中川 眞理子
中川 眞理子

“ニュースの主人公”については、温度感を持ってお伝えできればと思います。
社会部警視庁クラブキャップ。
2023年春まで、FNNニューヨーク支局特派員として、米・大統領選、コロナ禍で分断する米国社会、人種問題などを取材。ウクライナ戦争なども現地リポート。
「プライムニュース・イブニング元フィールドキャスター」として全国の災害現場、米朝首脳会談など取材。警視庁、警察庁担当、拉致問題担当、厚労省担当を歴任。