今月16日に閣議決定された「国家安全保障戦略」など防衛3文書では、自衛のために敵の本土にある基地を攻撃できる「反撃能力」の保有が初めて明記された。日本の防衛において、これまでにない大きな抑止力となる歴史的な一大転換点となった。

しかし、文書改定に携わった政府関係者が「今回どうしても具体策を盛り込めなかった」と悔やむ課題がある。それは、南西諸島や台湾で有事が発生した場合に、住民や日本人の避難を政府としてどの様に実行するのかということだ。

民間人避難でも自衛隊機は攻撃対象に

政府関係者は「住民避難は非常に難しいオペレーションになる」と明かす。仮に敵国の軍が沖縄などの南西諸島に迫ってきた場合、自衛隊の輸送機や船舶を使用し、住民を本州などに避難させるのは、危険が伴うと指摘する。

航空自衛隊のC130輸送機(資料)
航空自衛隊のC130輸送機(資料)
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国際法上、自衛隊は「軍」とみなされているため、自衛隊の航空機や船は、軍用機や軍艦にあたるため、敵軍の攻撃対象となってしまうからだ。「民間人の避難のため」と主張しても、そもそも航空機や船に民間人が乗っているかいないか識別は不可能だ。

民間の船員を予備自衛官に

一方で、有事が発生し、住民が予期せぬ戦闘に巻き込まれる可能性はゼロではなく、そうした「最悪の事態」を想定した上で、住民を救助し避難させる計画を作らなければいけない。実際に住民避難を行えるのは、自衛隊しかない。

12月20日の会見で浜田防衛相は「民間船舶・航空機の利用や自衛隊の各種輸送アセットの利用、予備自衛官の活用などについても検討し、国民保護の実効性を高める取り組みを実施してまいりたい」と述べ、有事の住民避難が課題だとの考えを示している。

記者会見を行う浜田防衛相(12月20日 防衛省)
記者会見を行う浜田防衛相(12月20日 防衛省)

新たな防衛3文書にも明記されたが、南西方面を守る陸上自衛隊の第15旅団を師団化することで人的リソースが増強される。さらに政府は住民避難に備えて、現在、民間の観光船数隻と契約を結んでいるという。

ただ、有事の際の危険な状況下でも操船できる人を雇わなければいけないため、民間船の船員に予備自衛官になってもらい、不測の事態が発生した際に辞令を交付し、自衛官として船を動かしてもらう計画だという。

民間船の活用に課題も

今後政府は民間船や民間のヘリ会社と契約するなどして、緊急時に住民を避難させるための搬送能力を拡充していく必要がある。また、民間船などを兵員輸送にも使う計画も出ているが、これには乗り越えるべき法的難題が残されている。

関係法令で船に積載できる火薬の量や種類が決まっているからだ。隊員の武装や装備品を船にのせる場合、火薬量や種類が関係法令にひっかかり載せられない場合があるそうだ。自衛隊員は通常武装しているため、弾薬を携行しており、これには当然火薬が含まれる。

自衛隊観閲式の様子(2016年)
自衛隊観閲式の様子(2016年)

このため携行している武器の火薬量が関係法令にひっかかる可能性がある。有事はおろか、平時の兵員輸送にも民間船が使えないおそれがあるため、政府は、こうした法令規則の改正を検討しているという。

仮に台湾有事が発生すれば、台湾に滞在している約1万2000人の日本人をどう安全に帰国させるかも深刻な課題だ。官邸関係者は「今のままでは政府の最重要任務である邦人保護が滞る可能性がある」と焦燥感を滲ませる。

自衛隊を所管する防衛省のみならず、内閣官房、総務省、国交省、外務省、警察庁など関係省庁が横断的に話し合い、有事の際の邦人保護プログラムを具体化していく必要性にも迫られている。

2022年は日本の防衛政策の歴史的な転換点となったが、残された課題は大きい。(トップ画像は、提供:海上自衛隊)

(フジテレビ政治部・上法玄)

政治部
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日本の将来を占う政治の動向。内政問題、外交問題などを幅広く、かつ分かりやすく伝えることをモットーとしております。
総理大臣、官房長官の動向をフォローする官邸クラブ。平河クラブは自民党、公明党を、野党クラブは、立憲民主党、国民民主党、日本維新の会など野党勢を取材。内閣府担当は、少子化問題から、宇宙、化学問題まで、多岐に渡る分野を、細かくフォローする。外務省クラブは、日々刻々と変化する、外交問題を取材、人事院も取材対象となっている。政界から財界、官界まで、政治部の取材分野は広いと言えます。

上法玄
上法玄

フジテレビ解説委員。
ワシントン特派員、警視庁キャップを歴任。警視庁、警察庁など警察を通算14年担当。その他、宮内庁、厚生労働省、政治部デスク、防衛省を担当し、皇室、新型インフルエンザ感染拡大や医療問題、東日本大震災、安全保障問題を取材。 2011年から2015年までワシントン特派員。米大統領選、議会、国務省、国防総省を取材。