大手の音楽会社に所属していなくても、2日後にはApple MusicやSpotifyを始めとした音楽聞き放題サービスに、自分の楽曲を配信できる「チューンコア」。

特徴的なのは、収益を100%アーティストに還元するというビジネスモデル。2021年度の還元額は約98億円という規模にまで成長した。

昨今ではTikTokの「歌ってみた」動画など、SNSで話題となった楽曲がランキング上位に入るケースも増えた。2020年にNHK紅白歌合戦に出場した、シンガーソングライター瑛人さんの「香水」から始まり、「魔法の絨毯(川崎鷹也)」、「W/X/Y(Tani Yuuki)」といったヒットが続く。

SNSで話題になった時には、既にほとんどの音楽配信サービスで聴くことができるため、ヒットが加速する。この楽曲の「流通」に関する分野を10年に渡り支え続けてきた、チューンコアジャパンの野田威一郎 代表取締役と新妻りかさんに、起業のきっかけから音楽配信ビジネスの舞台裏までを聞いた。 

音楽とITをライフワークに

―― 楽曲の流通を担うサービス「チューンコア」を運営されていますが、起業の経緯は?

チューンコアジャパン株式会社 代表取締役 野田威一郎
チューンコアジャパン株式会社 代表取締役 野田威一郎
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野田:
学生時代、渋谷円山町を中心としたクラブカルチャーにどっぶりと浸かっていました。様々な音楽イベントに携わる中で、学生の視点で音楽業界に携わる社会人を見ていました。

その後、デジタルマーケティングの会社、アドウェイズに入社します。在職した4年間で上場やマネジメントの経験を得ました。また、クラブカルチャーには無かった社会人マナーを身に着けたことも、大きかったかもしれません(笑)。

30代までには起業し、音楽とITをテーマに、インディペンデント(独立系)アーティストの支援に自分の時間を使いたいと思っていました。2008年にWanoという会社を創業します。

―― その後、チューンコアというサービスを始められますが、何かきっかけがあったのでしょうか?

独立して仕事を始めた頃、音楽業界の友人から「デジタル配信をしたいけど、個人では難しい」という相談を受けました。当時はまだApple社が運営するiTunesに楽曲をアップロードする形式です。

調べてみると、個人の楽曲配信を代行するサービスは国内には無かったのですが、海外には一社だけありました。それがチューンコアだったのです。

それから友人にチューンコアへのツテが無いか、片っ端から聞きました。ある時そのつながりを見つけ、米国の代表に連絡し、アポを取り付けます。

そして熱意とパワーポイントで説得し、一緒に会社を作るのであれば良いよという条件で、チューンコアジャパンを始める事になりました。

―― 身一つでニューヨークに飛び込んだのですね。素敵なお話です。それではあらためて、チューンコアの仕組みやビジネスモデルについて教えてください。

チューンコアとは、誰でも自分の楽曲を音楽聞き放題サービスに配信できるサービスです。楽曲の流通を担っています。

特徴的なのは料金体系ですね。各配信サービスから得られる収益を100%アーティストに還元しており、世界でもあまり類を見ません。

もちろんボランティアという訳ではありませんので、1曲あたり年間約1500円程度の固定費を頂いています。それが我々の会社の収入となります。

TuneCore Japan 料金体系
TuneCore Japan 料金体系

―― とてもシンプルで潔いビジネスモデルと感じます。実際に使われているアーティストはどんな方々ですか?

もう10年やってきましたので、本当に様々なアーティストがいます。最近ですと川崎鷹也さん、Tani Yuukiさんなど。昨年、TikTokで再生数1位となった「グッバイ宣言」のChinozoさんもチューンコアを使われています。

―― 新妻さんはチューンコアでアーティスト支援を担当されていますが、ここ数年で変化を感じますか?

新妻:
やはりTikTokで話題になる事が多いです。最近ですと高瀬統也さんやきゃないさんなど。SNSでの使われ方も幅が広いですね。例えば音楽の世界観に合った良い感じの背景画像が出てきたり、ユーザーがVlog(動画ブログ)で楽曲を使ったりと。

チューンコアジャパン 新妻りかさん
チューンコアジャパン 新妻りかさん

スタートアップとして苦難の道も

―― これまでの歩みを振り返って、苦しかったこと、悔しい思いをしたこともありますか?

野田:
海外で音楽聞き放題サービスが流行り出したのは2013年頃ですが、日本では意外と無関心だったのが悔しかったですね。そんなところに楽曲を出しても誰も聴かないし売れないと。日本で聴き放題の潮流が来るのはそれから約3年後でした。

―― その間も野田さんの信念はブレること無く?

はい、そうは言ってもCDで音楽を聴いている人は既にいなかったですし。アーティストには絶対に聴き放題の時代が来るからと伝えていて、口コミで利用者が拡がっていきました。アーティスト本人から「音楽で稼ぐことができた。ありがとう」と言ってもらえたのが一番嬉しかったですね。

―― 新妻さんはチューンコアジャパンに中途で入社されたのですね?

新妻:
とにかく音楽が好きだったので。チューンコアを使えば楽曲を世界中に、もっと多くの人に届けられると思いました。同僚も本当に音楽が好きで、コアな情報が得られる楽しさもあります。

渋谷のラジオ
渋谷のラジオ

―― 野田さんの働く上での哲学は?

「アーティストファースト」といつも社内で言っています。我々はサービス業であり、アーティストの使いたいものを提供することが、基本のコンセプトです。

―― 本当に音楽が好きなメンバーが集まっているから、裏方に徹するのも厭わないと感じました。

野田:
きれいごとばかり言ってしまいました。できてるよね?(笑)

新妻:
はい、できてます。

海外でチャートインする日本人があたりまえに

―― 音楽業界を俯瞰で見た時に、この10年で構造の変化がありましたか?

野田:
チューンコアのようなサービスが支持されているのは、技術の発展によって録音機材が手軽になり、誰でも音楽を作ってアップできる環境ができたからです。僕らの時代はCDを制作するのに相当なお金が必要でした。宣伝するメディアもです。昔はラジオやテレビを通じてしか、知ってもらえなかった。

―― SNSの使われ方は加速していますね。

テレビ番組などで楽曲を使ってもらうことを「タイアップ」と言いますが、今は「プチタイアップ」が毎日無数に起きています。TikTokやユーチューブでは個人がメディアで、その個人にアーティストが曲を提供する形です。

―― 「プチタイアップ」面白い概念です。その中でチューンコアとしてできる事はありますか?

SNSは世界中で使えて、毎週のように何かがバズっています。日本ではあまり知られていませんが、最近MFSという日本人ラッパーの楽曲が、ゲームに使われたことをきっかけに、海外チャートにランクインしていました。楽曲も世界中で配信できますから、アーティストの海外進出を支援していきたいですね。

―― チューンコアジャパン設立時に身一つでNYへ飛んだお話もありましたが、野田さんの海外展開への意志は、どこにその源があるのでしょうか?

二点あって、第一に「曲ってたくさんの人に聴いてほしいですよね?」という単純な理由です。そして二点目は、反骨精神かも知れません。海外の人は今も昔も本当に日本のアーティストを知らない。海外旅行でお店に入って日本の曲が流れていることはまずありませんよね。日本の音楽市場の規模は世界2位なのですが。

―― チューンコアジャパンもサービス開始から10年経ちました。野田さんの大学時代、円山町の時から振り返ると、インディペンデントアーティストを取り巻く環境を含めて、大きく変わりました。

思っていた通りの方向に変わってきています。ただ、少子化などの課題もあり、聴く人が多い場所に向けて曲を発信しようというのは、まだその準備段階で、今のうちに練習をしておこうという感じかもしれません。将来的には、そうしないと食べていけなくなる可能性もありますので。

―― この先10年後、20年後について、どんな未来を思い描いていますか?

日本のアーティストが海外のチャートに入っていて、それが普通で驚かなくなっているのかなと。それぐらいになって浸透したと言えます。我々は日本のアーティストが思いきり世界にチャレンジし続けられるよう、環境、インフラを作っていければと思っています。

渋谷のラジオ「渋谷社会部 × FNNプライムオンライン」2022年11月29日放送
進行:寺 記夫(プライムオンライン編集部)

寺 記夫
寺 記夫

ライフワークは既存メディアとネットのかけ算。
ITベンチャーを経てフジテレビ入社。各種ネット系サービスの立ち上げや番組連動企画を担当。フジ・スタートアップ・ベンチャーズ、Fuji&gumi Games兼務などを経て、2016年4月よりデジタルニュース事業を担当。FNNプライムオンライン プロダクトマネジャー。岐阜県出身。