コロナ禍はエンタメにも暗い影を落とした。心配される業界の一つが、演劇だ。演劇は観客の近くで演者たちが会話し、動き回ることで物語が進む。

演劇は臨場感や観客との近さも魅力だ(画像はイメージ)
演劇は臨場感や観客との近さも魅力だ(画像はイメージ)
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屋内のため感染リスクも指摘され、また、それぞれの配役がそろわなければ、ストーリーに影響が出るが、コロナ禍では出演予定の演者が陽性になることも考えられる。

さらに、劇団が興行するには会場が必要だ。自前のハコがなければお金を払って借りることになるが、観客が来てくれるとも限らない。2重3重のリスクを背負っていることになる。

「緊急事態舞台芸術ネットワーク」のサイトも開設(提供:緊急事態舞台芸術ネットワーク事務局)
「緊急事態舞台芸術ネットワーク」のサイトも開設(提供:緊急事態舞台芸術ネットワーク事務局)

こうした状況に、日本の舞台芸術界も動いた。2020年5月、有志が支援組織として「緊急事態舞台芸術ネットワーク」を設立。その後に法人化され、2022年12月時点では、伝統芸能から中小規模の劇団まで、240以上の団体が加盟している。

2020年秋に行われた緊急アンケート調査の概要(緊急事態舞台芸術ネットワークのリリースより)
2020年秋に行われた緊急アンケート調査の概要(緊急事態舞台芸術ネットワークのリリースより)

緊急事態舞台芸術ネットワークは、政府や自治体と交渉する窓口となったり、支援策の共有にも取り組んでいるほか、2020年11月には緊急のアンケート調査も行っている。
そこでは加盟団体に開催状況などを聞いていて、有効回答があった団体だけでも、2020年2月26日~12月31日の間に、6985ステージが中止となり、純損失額が約261億円にものぼることが分かっている。

演劇はコロナに弱い産業だった

コロナ禍はいまだ収束しないが、ウィズコロナにシフトしていく中で、今の現場はどうなっているのか。緊急事態舞台芸術ネットワークの事務局長でもある、演劇プロデューサーの伊藤達哉さんに実情を聞いた。

――コロナ禍で演劇関係の現場はどんな状態?

全公演が無事にできることが非常に幸運なことだという状況が続いています。ただでさえ、売上が激減するなかで活動を続けておりますが、公演関係者に一人でも体調不良者が出ると中止の可能性がある状況が続いています。私たちの調べでは、2022年も全国で2000回(ステージ)以上の公演が中止となりました。何とか潰れていない、食いつないでいる状態です。
 

――特に難しさ、厳しさを感じるところは?

公演当日の朝でも発熱者などがいれば、すみやかに止めざるを得ないところですね。どれだけ感染対策をしても家族などから感染する可能性はありますし、演者や制作の人たちのコロナに対する価値観もそれぞれです。仕事への向き合い方や生活習慣の違いから、摩擦が生まれてしまうこともあります。

演者や制作側の価値観もそれぞれだという(画像はイメージ)
演者や制作側の価値観もそれぞれだという(画像はイメージ)

稽古場で全身を着替えて直行直帰する人がいれば、アルバイトの合間に稽古する人もいる。(感染リスクや意識の面で)両者には違いがありますが、(それぞれの生活があるので)アルバイトをするなとは言えません。舞台芸術は生身で、お客様と時間と空間を共有することが強みでもあります。その強みがコロナには非常に弱い産業だと感じました。
 

――関係者に感染が疑われた場合はどうなる?

緊急のPCR検査を行ってもらいます。ただ、本人が陽性だった場合に、本人を除けば公演できるとは限りません。その人と関わる人全員が集まり、スクリーニングの検査も行います。そこで全員が陰性だったときに初めて、再開できるかの検討を行う。そうすると、数日は中止せざるを得ません。

キャストを丸ごと変えることも…劇団の実情

――実際の劇団ではどう対処している?

基本的には稽古中から代役を用意します。ミュージカルでは「スイング」という、1人で何役も覚える役割があって、ここを厚くしています。ただ、主演クラスは替えが効きません。ある規模の大きな劇団は全キャストを2班用意し、感染者が出たら丸ごと変えてしのいでいるそうです。これは特殊な例です。
 

――もしも、公演中止となったらどうなる?

お客様には100%の払い戻しを行い、プレイガイドには払い戻しの手数料を支払います。収入を失ったうえでさらに、上乗せの経費がかかっているのが実情です。以前は国や行政の補償がありましたが、今は基本的にないので、主催者側は全てのロスをを覚悟して公演を行っています。

精神的に追い詰められている人が多い(画像はイメージ)
精神的に追い詰められている人が多い(画像はイメージ)

――現場の関係者からはどんな声が出ている?

苦悩してメンタルにきている方が多いですね。仕事が続けられないので廃業を考える、業種を変えるしかないという声がいたるところで聞こえます。公演中止の際に「感染症対策を怠けているのでは」逆に「対策が厳しすぎるのではないか」などと、お客さんの怒りが主催者に向かうこともあります。

デジタルアーカイブや配信に挑戦…コロナ禍でマインドが変わった

――緊急事態舞台芸術ネットワークができて変化はあった?

宝塚、歌舞伎、小劇場など、演劇界のジャンルは幅広いです。それがまとまって政府などと交渉して、ガイドラインを作ることもできました。公演中止となったことで「舞台上で表現をしていること」は一緒だったと思いました。法人化も、コロナ禍は長く続くかもしれないが、感染が収束しても有意義な協議の場になるのではという、思いがあります。

舞台芸術のデジタルアーカイブ化を支援する事業「EPAD」も進んでいる(「EPAD」のサイトより)
舞台芸術のデジタルアーカイブ化を支援する事業「EPAD」も進んでいる(「EPAD」のサイトより)

――現場の人々が新たに取り組んだことはある?

舞台映像のデジタルアーカイブ、配信に取り組み始めたことですね。演劇関係の事業者は“生であることの尊さ”を信じていて、以前は映像収録には否定的な方が目立ちました。コロナ禍で公演ができるかわからないことで、マインドが大きく変わった。

欧米ではすぐに主要な劇場などが舞台映像の配信を積極的に行い、寄付を募っていましたが、日本は権利処理などの問題で遅れていました。劇場を強靭化する方法として、映像化があると思えるようになったこと、劇場に来られない方にも届けられることに気づけたのは、ポジティブな変化かもしれません。
 

――演劇の今後について見通しや目標を教えて。

舞台芸術が世の中の人に“不要不急なもの”とすんなり受け入れられた。私たちはこの事実をしっかり受け止めなければならないと思います。収束して再開できたとしても、また別のパンデミックはいつ起きるかわかりません。そういう時にこそ舞台芸術が必要なのだと思ってもらえるような、社会に根付かせる努力、興行の在り方を考えていきたいですね。


伊藤さんは演劇の現状について、回復傾向にはあるが「コロナ禍前を100とすると50~60の状態ではないか」ともしていた。オンラインでの新たな取り組みが進むなど、演劇業界は今なお模索を続けている。