「もし限界がきても人に言えないと感じたらお守りにある番号に電話をして、助けを求めようと思った」

東京・江戸川区では子供たちの自殺防止対策として、区内の小中学生に向けて、「SOSの出し方教室」を行っている。小学校では教師が、中学校では区の保健師らが学校で授業をしている。

東京・江戸川区で行っている「SOSの出し方教室」
東京・江戸川区で行っている「SOSの出し方教室」
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子供たちには「お守り」

授業では「ストレスには勉強や進路、学校生活、家族や友達との関係など様々な原因がある」とした上で、「ストレスを感じることは自然なこと」として、その対処の仕方について話す。そして1人で抱え込まずに「身近にいる信頼できる大人に相談する」ことを呼びかける。また「自分の思いを言葉にすることでの思いが整理されて、心の苦しみが軽くなる」ことも伝える。

そして子供たちには授業のあとで学校や家庭の悩み、いじめなど内容に応じた相談の連絡先が記載された「お守り」が渡される。

江戸川区の授業で使われている資料の一部より
江戸川区の授業で使われている資料の一部より
子供たちに配布されているお守りには、相談内容に応じた連絡先が記載されている
子供たちに配布されているお守りには、相談内容に応じた連絡先が記載されている

「対策には人と人のつながり」

授業を受けた中学生からは冒頭の反応や「自分なりのストレスの対処方法を知ることが大切だと思った」「日頃から話しやすい相手を見つけて、いざというときに相談したい」という感想が寄せられている。

江戸川区健康部の大澤樹里副参事は「自殺は日々の悩みが積み重なって誰にでも起こり得ること。悩みを抱えた人のサインに気付いて声をかけ見守る、対策には人と人のつながりが大切だ」と話している。

また江戸川区ではこのほかにも病院やNPOと連携して、自殺未遂で救急搬送された患者と面会して話を聞き、相談窓口を紹介する取り組みなども行っている。

相談窓口を紹介する冊子
相談窓口を紹介する冊子

「自殺の非常事態は続いている」

今月、政府の自殺対策の指針となる自殺総合対策大綱が閣議決定された。5年ぶりの見直しとなったが、自殺者は毎年2万人を超え、新型コロナ禍の影響による自殺も増えていて、大綱では「非常事態はいまだに続いている」としている。

特に小中高生や女性の自殺が増えていて、10代後半から30代の死因は自殺が最多となっている。大綱ではSNSの活用や不登校の子供の支援など子供や若者の対策、就職支援やDVの相談体制整備など女性への対策の推進を打ち出した。

小中高生の自殺者数の推移(警察庁「自殺統計」より厚生労働省作成)
小中高生の自殺者数の推移(警察庁「自殺統計」より厚生労働省作成)
男女別の自殺者数の推移(警察庁「自殺統計」より厚生労働省作成)
男女別の自殺者数の推移(警察庁「自殺統計」より厚生労働省作成)

大綱を受けて国や東京都なども新たな方針を決めるが、市民と向き合う各自治体はそれぞれの実情にあわせながら、独自の工夫を盛り込んで対策にあたっている。

悩みには勉強、友達関係、夫婦げんかも

東京・足立区では2006年(平成18年)に区内の自殺者が161人と東京23区で最多となったことなどをきっかけに総合的な自殺対策にのりだした。全国的な傾向と同様に10代~30代の死因は自殺が最多で、自殺者数の増加が懸念される10代の子供や若者、増加傾向にある20~30代の女性、多数を占める無職で独居の50~70代の男性への対策に重点的に取り組んでいる。

小学校の高学年や中学生には「SOSの出し方教室」を行っているが、授業のあとの子供たちへのアンケートの集計結果では「悩みや心配事がある」「悩みや心配事が前にあった」はあわせて6割を超えている。そして「自分の悩み」としては勉強や友達関係のほかいじめなども寄せられた。また「親や家族の悩み」として兄弟姉妹との関係のほか夫婦げんか、離婚、暴力などもあげられている。相談相手は親や友達が多くなっている。

東京・足立区が実施したアンケートでは「悩みや心配事がある」「前にあった」が6割を超えた
東京・足立区が実施したアンケートでは「悩みや心配事がある」「前にあった」が6割を超えた
足立区で小・中学生を対象に昨年度実施したアンケート結果より(回収アンケート数2296枚)
足立区で小・中学生を対象に昨年度実施したアンケート結果より(回収アンケート数2296枚)
相談相手は「親」や「友達」という回答が多かった
相談相手は「親」や「友達」という回答が多かった

授業では相談することの大切さを教え、相談先のカードも配布しているが、担当の保健師は「授業では下を向いていても、相談できると聞いて良かったという子供や、友達が悩んでいたら相談にのってあげたいという子供もいた」と授業を受けた子供たちの変化を感じているという。

東京・足立区で行っている「SOSの出し方教室」
東京・足立区で行っている「SOSの出し方教室」

インターネット検索からも呼びかけ

またNPOなどと連携した「インターネット・ゲートキーパー事業」の取り組みでは、区内で位置情報ONにして、インターネットで自殺の手法の検索や「死にたい」などの言葉を打ち込むと相談窓口の広告が表示される。自殺につながる情報へのアクセスの前に相談を呼びかけることができる。昨年度は区内で約9万3000回、一昨年度は約11万5000回の相談窓口の表示があり、各年度とも115人が実際に相談している。

検索画面の相談の呼びかけ
検索画面の相談の呼びかけ

足立区衛生部の網野孔介課長は「電話や窓口で相談しづらい時のアプローチとして期待している。コロナ禍では複数の悩みを抱えることが多く、これからも生きる支援をしていきたい」と話している。

(画像提供:江戸川区・足立区・厚生労働省)

【執筆:フジテレビ解説委員室室長 青木良樹】

青木良樹
青木良樹

フジテレビ報道局特別解説委員 1988年フジテレビ入社  
オウム真理教による松本サリン事件や地下鉄サリン事件、和歌山毒物カレー事件、ミャンマー日本人ジャーナリスト射殺事件をはじめ、阪神・淡路大震災やパキスタン大地震、東日本大震災など国内外の災害取材にあたってきた。