相次ぐ食料品値上げの波を受け、小中学校の給食や大学の学食などにも物価高騰の影響が及び始めている。しかし、その状況下でまったく逆の取り組みを行う大学がある。
東京都国分寺市にある東京経済大学では、後期授業が始まる9月21日から、学食の全メニューの価格の30%を大学が補助し、実質30%引きで提供しているのだ。
この記事の画像(6枚)物価高騰によって大学も打撃を受けているはずだが、どのような経緯で値下げに踏み切ったのだろうか。東京経済大学総務課長の橋本博一さんに聞いた。
学内アンケートから見えた“学生の食生活”
「2022年6月から7月にかけて、学生に食に関するアンケートに答えてもらったところ、『お昼を食べる余裕がない』という声が多く見られたのです。アンケートから察するに、コロナ禍や物価高騰による親の失職など、家庭環境の変化が影響していると考えられました。学生自身もアルバイトが思うようにできなくなり、食にかけるお金が少なくなっているのだと思われます」
東京経済大学で実施したアンケートでは、次のような声が届いたそう。
・アルバイトのシフトになかなか入ることがかなわず、月2万円ほどの収入しかなく、思うように食事がとれず非常に困窮しております。
・一人暮らしをしており、アルバイトの収入だけでは生活は厳しいため、一日一食など、食費の面を削りながら生活をしている。
・一人暮らしで実家からの仕送りを受けておらず、現在資格取得中のため、アルバイトもできていない。生活費や学業関係の教材は自分の貯金から出しているが、貯金額は減少していくばかりである。
・コロナ禍で飲食店でのバイトになかなか入れず、一番稼いでいた月より、4万円ほど収入が減少しています。食料品にかけるお金が少額になってしまい、一日3食食べれていない状況にあります。
・親が飲食店を営んでおりこのコロナ禍で影響を受け生活が厳しくなったため仕送りを貰わずに奨学金とアルバイトの給料のみで生活をしています。
・長引くコロナの影響と物価高騰の影響を受け、父親の経営する会社の業績は厳しい状況にある。そのため私は実家の家賃の一部を負担するとともに、大学に関わる全ての費用を自ら負担している。
東京経済大学「新型コロナウイルス感染症対策助成事業(「食」に対する支援)アンケート(2022年6~7月実施)」から抜粋
「このアンケートは、昨年度から実施しているミールクーポン(金銭的に困窮している学生に食堂や生協で利用できるクーポンを配布する制度)の申込者を対象に行ったものなのですが、ミールクーポンの定員を超える学生が満足に食事をとれていないことがわかったので、学生全体に支援を届けたいという思いから、学食メニュー30%引きの取り組みを決めました」
学食メニューの30%引きが始まったのは9月。アンケートを実施した6月からわずか3カ月でのスタートは、かなり早かったようだ。
「大学の制度を決める場合、通常は複数の会議体を通さなければいけないのですが、今回は困っている在学生にいち早く届けたかったので、最初から意思決定権のある常務理事会にかけたんです。ありがたいことに、上層部も学食を運営している生協も『すぐに進めよう』と動いてくれたので、スピーディーに進められました」
ちなみに、東京経済大学では学食値上げの議論は出ていなかったという。
「値上げの予定はまったくありませんでした。値上げを検討するよりも先に、困窮している学生の現状が見えてきたので、支援に動き出したのです。30%の補助分は、大学運営の経常経費の中から捻出して運用しています」
300円あればお腹いっぱい食べられる学食に
東京経済大学では、2022年度の授業の8割以上は対面で実施し、オンライン授業が減りつつあるため、学食メニュー値引きの反響も大きいという。
「キャンパスにいる学生の数は、コロナ前に戻ってきた印象です。そのため、学食を利用する学生も多く、『安い!』『前よりも安い料金でお腹いっぱい食べられる!』と、値引きを喜ぶ声もたくさん聞こえてきています。
学食の利用率に関して、まだ具体的な数字は取れていませんが、見るからに利用者は増えていると感じています。以前はお昼の12時を過ぎた頃から混み始めていたのですが、今は11時台から混むようになっています。それだけ多くの学生が利用してくれている様子を見ると、30%引きを実施して良かったと思います」
大学の学食はもともと安いイメージだが、今回30%引きとなったことで、ヒレカツカレー(中)が308円、釜玉うどん(中)が247円。メインのおかず類も200円前後で食べられる。
「学食は、学生だけでなく教職員も利用しています。物価高騰は年齢に関係なく家計を打撃するものなので、働き手のサポートにもつながりますし、喜んでいる教職員も多いです」
学食メニューの値引きは一時的なものではなく、これからも続けていくとのこと。
「具体的な期日は決めていませんが、コロナ禍や物価高騰はしばらく続くと思いますので、できるだけ長く続けていけたらと考えています。これからも学生を支援していきたいですね」
食の充実が大学にかかわる人の“安心感”につながる
東京経済大学では、2013年度から「100円朝食」という取り組みも実施している。
「当時、父母の会経由で『1日1食しかとれない学生がいる』という話を聞き、学生を対象としたアンケートを実施しました。その結果、一人暮らしでお金がないために、食事がとれていない学生がいることがわかったのです。
一人暮らしとなると、故郷の親御さんも『東京で生活できているのか』『ちゃんと食べられているか』と、心配だと思います。その不安を解消する手段として、100円朝食を開始しました。大学に行けば、安い価格でごはん、味噌汁、主菜、副菜というバランスの取れた食事がとれるとなったら、学生も満足できますし、親御さんも安心できますよね」
100円朝食は現在も続いており、1日あたり80食以上が販売されているそう。
「朝の定食は100円、昼はかけうどんなら30%引き価格の178円で食べられます。今はさまざまな不安に包まれていますが、300円あれば朝食と昼食がとれる環境が整ったので、少なくとも食事に関しては学生にも親御さんにも安心感を抱いてもらえるのではないかと思っています」
学食30%引きに100円朝食、ミールクーポンと、学生に対する食の支援が充実している東京経済大学。そこには、大学側の思いがあった。
「いち教育機関として、学生には健康な生活を送り、しっかり勉強に打ち込んでもらいたいという思いがあります。エネルギッシュな学生生活を送ってもらうため、人間にとって欠かせない活動のひとつである食事に関する支援に力を入れています。お腹が空いていると、勉強にも身が入らないですからね」
誰でも食事がとりやすい環境を整えることは、学生の本分をしっかりまっとうしてもらうためにも重要だ。
物価高騰は企業や組織にも大きな打撃を与えているため、決して簡単なことではないが、今こそ支援の取り組みに動き出す時なのかもしれない。
画像提供=東京経済大学
取材・文=有竹亮介(verb)