値上げの波が押し寄せる中、値下げを決断したインフラがある。それが「北総線」。東京都の東部から千葉県の北部にのびる鉄道路線で、10月1日から運賃が大幅に値下げされた。
この記事の画像(9枚)運営企業の「北総鉄道」によると、初乗り運賃(3kmまで)は210円から190円に。最も値下げ幅が大きいのは12~14kmの距離帯で、580円から480円になる。※料金は切符を購入して乗車した場合。ICカードでの乗車でも同程度安くなる。
さらに、通学用の定期は約6割も値下げに。京成高砂駅(東京都葛飾区)~印西牧の原駅(千葉県印西市)を例にすると、1カ月定期は1万4990円から4990円に、6カ月定期は8万950円から2万6950円となった。
普通運賃や通勤・通学定期を含めた、全体の値下げ率は15.4%で、インパクトのある変更だ。
赤字続きで運賃が「高い」路線だった
その一方で、北総線は経営に悩まされてきた路線でもあった。北総鉄道によると、1979年の開業から赤字が続き、1999年度には累積損失(赤字の累積額)が447億円に。こうした状況もあり、高い運賃を設定せざるを得なかったという。
同じ首都圏の私鉄である、東急電鉄や京王電鉄と比べると、東急と京王の初乗り運賃はそれぞれ130円。20kmほどの距離を乗車しても、東急と京王は300円ほどで収まる。
鉄道会社の規模や経営状況も考慮すると仕方のないことだが、こうした路線と比べると、北総線は割高に見えてしまうかもしれない。
テレワーク利用者や若い世代の流入で「沿線の活性化」を
実は、今回の値下げは北総鉄道の公式ウェブサイトで2021年11月に告知されていた。10月の値上げラッシュとタイミングがたまたま重なり、注目を集めることとなったわけだが、これまでにどんな反応が寄せられているのだろうか。北総鉄道の担当者に実情や反響を聞いてみた。
――今回の値下げのポイントはどんなところ?
普通券と通勤定期は中距離帯(12~14km)の値下げ幅を大きくしております。テレワークなどの新しい生活様式の浸透を見据え、これまで利用の中心であった都心への通勤・通学利用に加えて、北総線内移動を促進し、沿線全体の活性化に資するような運賃体系とした狙いがあります。
――通学定期は6割ほど安くなったが狙いは?
通学定期は家計への負担に直結することに鑑み、子育て世代への配慮や若い世代の入居促進に繋がるよう大幅な値下げを行うものです。子育て世代や若者の沿線流入が促進され、沿線が若返り、利用客が増えることを期待しています。
――2021年11月に発表してから影響はあった?
沿線の学校では、志願者が前年を大幅に上回ったと聞いております。学校の魅力に加えて北総線の値下げも追い風になったのではと考えております。通学定期をご利用になる学生やその保護者からの反響が大きく、「定期代が数万円安くなるのでとてもありがたい」「家計の負担が減って助かる」など、おおむね好意的に受け止められているようです。
2022年度中に「累積損失」が解消の見込み
――このタイミングで値下げした理由は?
当社は運賃問題への対応が積年の課題で、鉄道輸送サービスを提供していくためには、財務体質の改善を図ることが最優先課題でした。累積損失の解消を喫緊の課題として企業運営にあたってきたところ、関係者(京成電鉄、千葉県、都市再生機構、鉄道・運輸機構)からの経営支援をはじめ、利用者の増加などで着実に改善し、累積損失は2022年度中に解消される見込みとなりました。
事業環境の見通しは、沿線の一部で人口減少が顕在化していることに加え、新型コロナの感染拡大による“新しい生活様式”が浸透したことで、都心への通勤需要なども先行き不透明な状況です。こうした状況を総合的にかつ慎重に検討を重ねた上で、利用しやすい輸送サービスの提供、今後の事業基盤の維持・向上を図るために、今回の運賃値下げを行うこととしました。
――赤字と高い運賃が続いたのはどんな理由?
鉄道の運賃は、投下資本を回収しつつ適切な利益を得られるよう、総括原価方式(経営に必要な費用に適正な利潤を加えたもの)で決められています。北総線の建設は、千葉ニュータウン(千葉県の3市にまたがるベッドタウン)が昭和50年代後半には、34万人の大都市になるという前提でしたが、実際には現時点でも約10万人と当初の想定を大きく下回っております。
さらに鉄道建設が高度成長期に重なり、地価や資材の高騰を受けて建設費が莫大にかかり、資金や不足運転資金のための借入金が債務として、当社の経営を圧迫しておりました。そのため、これまでも省力化・経営効率化に努めておりましたが、構造的な問題や安全・安心な輸送サービスを提供するために高運賃を設定せざるを得なかったのが実状です。
――状況が改善に向かったのはいつごろ?
千葉ニュータウンが徐々に発展していくにつれて、当社の利用者も増加し、2000年度に黒字転換することができました。その後も業績が順調に推移し、累積損失の縮小、解消の見通しに繋がりました。
短期的には一定程度の減収
――今回の値下げで収益の見通しはどうなる?
値下げで短期的には一定程度の減収になると見込んでいます。一方で、中長期的には北総線の沿線価値の向上・活性化に資する施策であると考えており、これまで以上に沿線自治体など、地域の皆様との連携を強化し、沿線のさらなる発展を図ることで増収に繋げたいと考えています。
――現在の経営状況を可能な範囲で教えて。
新型コロナの影響から完全回復には至ってはいませんが、感染拡大当初に比べると、回復基調にあります。累積損失は解消の見込みである一方、有利子負債はまだ残っており、依然として厳しい状況であることに変わりはなく、これからが正念場だと思っています。今回の値下げは債務の返済も含め、会社の経営の持続性や安定性を確保できる範囲で実施するものです。経営状況が悪化することのないよう、増収やコスト削減に一層努めてまいります。
財務状態が改善しつつあることもあり、利用者の増加につなげたい狙いがあるようだ。2023年には、印西市に、アメリカのIT大手「Google」が日本で初めてのデータセンターを開設するという。値下げの効果とともに北総線の沿線がこれから盛り上がるかもしれない。
(画像提供:北総鉄道)