シリーズ「名医のいる相談室」では、各分野の専門医が病気の予防法や対処法など健康に関する悩みをわかりやすく解説。

今回は脳神経内科の専門医、総合花巻病院 脳神経内科の槍沢公明部長が、女性に多い「重症筋無力症」について解説。

まぶたが下がる、反復動作の後や夕方以降、筋力が低下しやすい、疲れやすい場合は要注意。単になまけていると誤解されたり病気ではないと誤診も多かった重症筋無力症の原因や最新の治療法などを解説する。

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重症筋無力症とは

重症筋無力症は、神経と骨格筋のつなぎ目、神経筋接合部の伝達がうまくいかなくなるために骨格筋の筋力低下が起こる病気です。

骨格筋は骨に付着していて、自分の意思で体を動かす目的で使う筋肉で、手足のみならずまぶたや眼球、目を動かす筋肉、喉の筋肉、そして呼吸筋なども含まれます。

あらゆる骨格筋が障害され得る病気で、全身の広い範囲で障害が起き、重症化した場合には呼吸筋も麻痺して人工呼吸器を必要とする場合もあります。

重症筋無力症には、まぶたが下がる、ものがダブって見えるといった目に限ったの症状の患者さんが20%くらいいて、これを眼筋型重症筋無力症と呼んで区別します。

それから手足や喉、呼吸など目以外の全身の筋肉に症状が及ぶ例を全身型重症筋無力症といい、手足の筋力低下が明らかで歩けない、ものが持てないといった重度の症状から、易疲労性が中心で他人から見ると一見元気そうに見える場合もあります。

易疲労性の症状の変化が他人には非常にわかりにくい、捉えどころがない、あるいは医師にとっても評価が難しい部分になります。

例えば、握力を測定すると40キロ以上あって一見正常な筋肉と思われるのですが、5回続けて測定するとその握力が半分以下に低下する現象が見られます。

生活の中では、シャンプーで洗髪してドライヤーで髪を乾かす、腕を上げっぱなしで反復動作を行うような場合、筋力がみるみる低下していって腕を上げていられなくなる。

易疲労性は、起きてすぐの朝にはあまり目立たないことが多いのですが、夕方以降夜にかけて強くなります。これを日内変動といって、重症筋無力症の特徴の1つです。

ですから、さっきできていたことがなぜできないのか、といったことがよく生じて、周囲の人たち、職場や家族、友人からも誤解を受けやすくなります。怠けているとか、精神的におかしいと思われてしまいがちな病気です。

筋肉を動かす仕組み

神経と筋肉は別な細胞で、つながっていません。その間には隙間が存在し、この部分の命令伝達を行う必要があります。

脳に端を発した筋肉を動かせという命令は、末梢の神経の終末部分まで電気的に伝わっていきます。この電気信号に反応して神経終末からアセチルコリンという物質が神経筋接合部の隙間に放出されます。

神経筋接合部の筋肉側にはアセチルコリンを受け取るアセチルコリン受容体がたくさん集まって待ち構えていて、アセチルコリンがこの受容体に受容されると、アセチルコリン受容体から筋肉を収縮させるような命令が発生し、筋肉の中に伝わり、筋肉の収縮が起こるという仕組みです。

重症筋無力症の原因

重症筋無力症では多くの場合、筋肉側にあるアセチルコリン受容体に対する自己抗体が体内に生じて、アセチルコリン受容体が破壊されたりすることで、正常に機能する受容体の数が減って、神経筋接合部の伝達がうまくいかなくなります。

アセチルコリン受容体の機能は、筋肉を収縮させるためのスイッチのような役割といえますが、これがスイッチとして作用するとしばらくは使えなくなるという特徴があります。

ご家庭の電気のスイッチのように何度も入れたり切ったりはできないんです。

従って、繰り返しある筋肉を使ったり、持続的に力を入れ続ける場合は、別のスイッチが次から次へと必要になります。そのため、受容体というスイッチが減る病気である重症筋無力症では、とりあえず力は入る場合は少なくないですが、筋肉を使っているうちにどんどん力が低下していく現象が生じます。

この現象は、易疲労性と呼ばれて、重症筋無力症の大きな特徴の1つです。

国内患者数と傾向

最新の疫学調査では、日本の重症筋無力症の患者は約3万人と推計されています。

これは約10年前の調査結果の約2倍で、単純な患者数の増加のみでなく、この病気に対する認知、あるいは診断が増加した部分が含まれる数字だと考えられます。

この病気の症状は、把握が非常に難しい場合があり、以前から診断漏れ、つまり病気ではないという誤診が問題視されてきました。

男女比は、女性に多いと言われています。実際の調査でも概ね、1:2くらいの比率で女性に多い状況です。

重症筋無力症の治療法

全身型重症筋無力症では大量の経口ステロイドを長期に服用させる治療が普及してきて、それまでしばしば患者さんが亡くなっていたこの病気の重症例、死亡例が大きく減少した経緯があります。

こうした成功体験によって長年にわたってこれと胸腺摘除という外科的治療が非常に広く行われてきました。

高用量経口ステロイド療法では、年単位でたっぷりと経口ステロイドを服用しなくてはならない場合が多くて、その副作用は厳しい大変なものでした。

しかし当時は、このような治療をすればいずれ病態は沈静化して患者さんの多くは寛解、症状が全くない状態に向かうと楽観的に見込む先生も少なくなかった。それが2010年以降、繰り返し行われた詳細な調査、データ分析の結果、重症筋無力症の寛解率は免疫治療が行われる以前とあまり変わらず低いままであることがわかりました。

結果的に経口ステロイドは十分減量されずに長期化しました。

これが患者の生活クオリティやメンタルヘルスを阻害する重要な独立要因となっていることが明らかになっています。

従って、現在の重症筋無力症の治療は十分な生活クオリティを担保できるような状態になるべく早く持って行くことを主要目的としています。そのためにはなるべく早い改善と経口ステロイドの抑制を両立させなくてはなりません。

経口ステロイドは最初から少量にとどめて、即効性でより効果の強い治療を早期から繰り返し、速やかな症状改善を図ろうとする治療戦略が今の推奨治療となっています。

しかしこのような治療戦略が全国どこでも全ての神経内科医が行えるとは限らないのが現時点の問題点の1つであります。

槍沢公明
槍沢公明

医療機関名:公益財団法人 総合花巻病院
所属・職名:神経内科 部長
1988年 弘前大学医学部医学科卒業。岩手医科大学神経内科(東儀英夫 教授)入局。
1992年 岩手医科大学神経内科助手
1998年 同講師
2006年から公益財団法人 総合花巻病院 神経内科部長
重症筋無力症診療ガイドライン作成委員会(副委員長)
Japan MG registry研究会代表
日本神経治療学会評議員、日本神経免疫学会評議員、日本神経学会専門医,指導医