高校受験をする際いわゆる内申書(※)について生徒や保護者の間では「生徒会や部活動をやっているほうが有利」「教師の指導に従わないと内申書に響く」などと言われる。

また教育関係者の間でも内申書の出欠日数の記載が不登校の生徒に不利になる、そもそも担当教師が生徒のすべてを把握するのは無理など様々な問題が指摘されている。

その内申書改革に取り組む広島や名古屋の動きを取材した。

(※)文科省は法令上「調査書」というが、この記事では一般的に使われる「内申書」で表記

内申書の内容を決めるのは文科省ではない

文科省によると、内申書に何を書くのかを決めるのは国ではなく、公立高校であれば都道府県の教育委員会などが、私立高校は各学校か都道府県の私立学校の団体となっている。

「例えば文科省から『生徒会や部活動を書いてください』とお願いしていることはありません。『生徒を多面的に評価してください』と伝えたことがありますが、これは30年近く前の話で、逆に言えばこれぐらいしか文科省から申し上げていることはありません。また法令上は『特別の事情があるときは、入学者選抜のための資料としないことができる』となっています」

不登校の生徒が進路を奪われてはならない

元文科省で名古屋市教育長である坪田知広氏は、国立高専機構(※)に出向していた際に内申書改革を行ってきた。

「高専では不登校の生徒が安心してチャレンジできるように、出欠欄を無くすよう取り組みました。いじめなどでやむなく不登校になった生徒が、さらに進路実現まで奪われるようなことは絶対にあってはならない。『出欠欄が影響する』と受験をためらう生徒もいるでしょう。ですから全国51ある国立高専すべてではないですが、少しずつ変革を行いました」

(※)独立行政法人国立高等専門学校機構。国立高専を設置運営する。

坪田氏はまた「学校の活動の記載を無くすなど様式も簡素化した」と語る。

「内申書のもう一つ問題は、日常的に生徒に対して『内申書に響くぞ』と指導する先生がいることです。『そうしないと学校運営ができない』と言う先生もいると聞きますが、そもそも内申書は生徒指導のために使うものではありません」

名古屋市教育長の坪田知広氏「内申書は生徒指導のために使うものではない」
名古屋市教育長の坪田知広氏「内申書は生徒指導のために使うものではない」
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都市伝説のような「部活や生徒会が有利」

いま内申書では部活動、生徒会、ボランティア活動がいわゆる“3点セット”になっている。しかし坪田氏は「決まり事ではなく慣例として全国に広がった」と指摘する。

「高校の募集要項に『総合的に評価する』とだけ書かれていると、まるで都市伝説のように『部活動をやっていないと不利になる』『生徒会は有利になるからやる気がなくても手を上げるべきだ』『5教科の点数に加点されるんじゃないか』という話が広がります。こういう不透明さも私は改善するべきだと思います。そもそも内申書を本当に入試選抜の資料として使うのか、使わないものまで情報を記載し過ぎていないか、疑問があります」

坪田氏は今年教育長として就任した名古屋市でも、引き続き内申書改革に挑戦するという。

「段階的にはなりますが、県とも話を進めながら簡素化していこうと思っています。とりわけ不登校の生徒のため、また内申書を持って生徒指導をやるという使いかたの是正のため、名古屋でも頑張っていきたいと思っています」

所見や活動記録を廃止し「自己表現」へ

広島県では、2023年度入学者から公立高校の選抜制度が変わる。その柱の1つとなるのが内申書の簡素化だ。

今後内申書は「志望校」「氏名」「性別」「学習の記録(評定)」のみとなり、これまで記載されていた欠席欄や教師による「所見」、活動記録は廃止される。代わりに受験生全員に「自己表現」を実施し、受験生は自分自身のことや入学後の目標などについて選抜の際に自己表現することになる。

内申書改革を含む新しい入試制度をつくった理由を、広島県教育長の平川理恵氏はこう語る。

「所見を廃止するのは、私が中学校の校長を8年間やっていた中で、先生たちが所見を書くのに1週間ぐらい悩みながら書いていました。しかし3年生の担任が生徒の1、2年生の頃のことはほとんど知らないし、家庭や地域で見せる顔もわからない。生徒のことすべてを知り得て、その子のいいところを書くなんて絶対に無理だと思っていたんです」

広島県教育長の平川理恵氏「先生が生徒のすべてを知り得て所見を書くのは無理」
広島県教育長の平川理恵氏「先生が生徒のすべてを知り得て所見を書くのは無理」

「内申書にビクビクしながら色々なものを犠牲に」

さらに平川氏はこう続ける。

「しかし高校で所見は、例えば成績が同列の生徒がいた場合に、どちらが学校のポリシーに合うかを話し合うためぐらいしか読まれない。中学の先生は必死になって書いているのに、です。そんな不合理なことがありますか。ですから先生に所見を書いてもらう代わりに、生徒が自分で自分を表現することにしたのです」

入学者選抜制度を変えるにあたって、平川氏は2019年にパブリックコメントを実施した。

寄せられた意見1545件のうち、児童生徒からは実施時期に関するものなど325件の意見があった。中には「内申書にビクビクしながら、色々なものを犠牲にしてきたのに、今さら悲しいです」といった意見もあった。

こうした意見を受け平川氏は2020年度の中学1年生が受検する2023年度入学者の選抜から改革の実施を決めたという。学力検査と内申書(調査書)、自己表現の比重は6:2:2となる。

広島県は2023年度公立高校入学者の選抜から改革を実施(広島県教育委員会資料より)
広島県は2023年度公立高校入学者の選抜から改革を実施(広島県教育委員会資料より)

「自分とは何か」を生徒が考える学校に変える

平川氏は「私がやっている改革のすべては、昭和の仕組み、OSを令和に変えることです」という。

「出欠欄を無くした理由は、月曜日から金曜日まで9時から17時にいすに座っていたらお給料がもらえる時代ではないからです。ですから子どもたちも学校にいたらいいのではなく、いろいろな学びのかたちがあってもよいのではないでしょうか。不登校の子どもと保護者が『学校に行かなければいけない』という固定概念に縛られてともに疲弊してしまう。それも昭和のOSで、多様性の時代ですから思い切って廃止しました」

出欠欄の廃止には学校現場から反対の声もあったという。

「中学校の現場からは『そんなことしたら生徒が学校に来ないかもしれない』という声もありました。私からは『来たいと思うような学校作りを、面白い授業をしてくださいよ』と答えました。今回の改革にはさらに狙いがあって、自己表現を通して子どものうちから『自分とは何か』を考えてほしいのです。学校はいま『君たちは何者なのか』という授業をやっていない。ですからこれを機に、先生たちも子どもと一緒に『自分は何者なのか』『自分はどんな人生を送りたいのか』を考えてほしいのです」(平川氏)

自己表現を通して「自分とは何か」を考える(広島県教育委員会資料より)
自己表現を通して「自分とは何か」を考える(広島県教育委員会資料より)

教育現場に何でも言い合える環境をつくる

その前提として学校が安心で安全な環境であることが必要だと平川氏はいう。

「生徒が自分を開示するには教育現場が安心安全な環境であり、相手を受け入れる深さがないといけない。それは教育委員会と学校の関係、職員室の中での校長先生をはじめ管理職と先生との関係、教室の中でも先生と子どもの関係が、何でも言えるような組織になっていないといけないのです。そうしないと“主体的対話的で深い学び”は絶対に無理です。だからこの入試改革は実はすごく深いんですよ」

入学者選抜制度の変革の本質を平川氏は「何でも言い合える環境、人権と多様性を大切にしたマネージメント、それから個やモチベーションを大事にし、生徒が何をやりたいか、どんな人生を送りたいかをともに考えるということなんです」という。

学びの現場の価値観が昭和から令和に転換する。内申書改革はその最初のステップなのだ。

内申書改革が学びの現場の価値観をアップデートする
内申書改革が学びの現場の価値観をアップデートする

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。