半地下の悲劇…救助間に合わず、4人が死亡
韓国で8月上旬、ソウル首都圏を中心に記録的大雨に見舞われ、多数の半地下部屋が浸水被害に遭った。アカデミー賞受賞の韓国映画「パラサイト〜半地下の家族」の浸水シーンでは一家が無事避難するが、現実の豪雨では死者が発生し、韓国社会に衝撃が走っている。

今回の豪雨は、首都圏の一部地域で一日の降雨量が380ミリを超える記録的豪雨となり、住宅の浸水や損壊、停電などの被害が相次ぎ、14人が死亡した。うち4人は、暮らしていた半地下の集合住宅が浸水し、逃げ遅れた人だった。

半地下部屋のある集合住宅が多いソウル市冠岳区では、半地下住宅の一室に住んでいた3人が亡くなった。8日夜、この一帯では突然浸水が始まり、みるみるうちに水かさが増していったという。
「半地下は腰くらいまで水に浸かっていたので、ドアを開けられなかったんです。(中から)音がドンドン聞こえたんですが、どうにもできず、廊下で叫びました。中に人がいる……」(付近住民)
この部屋の居住者が気づいた時には、すでにドアは中から開けられない状態になっていた。外の水かさが増え、水圧がドアを塞いでしまったのだ。
居住者は119番に通報しようとしたが、集中豪雨のため電話が殺到してつながらない。異変に気づいた近所の人が駆け付け、窓に付けられた防犯用の格子を外して助け出そうとしたが、うまくいかなかった。

救助隊が到着した後も救出は難航し、結局、中にいた40代女性とその姉、子供(10代)の3人が遺体で発見された。
翌日、この被害現場を尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が訪れた。住民らを慰労するとともに、貧困層などの弱者支援を強化するよう指示した。

家賃半額…消えぬ半地下住宅
半地下住宅が誕生した背景には、長年にわたる南北対立がある。
韓国政府は1970年に建築基準法を改正し、新築の低層住宅に非常時に防空壕として使用できるよう地下室の設置を義務づけた。1980年代に入ってソウルの住宅不足が深刻化すると、この地下室を住宅用として使用することが合法化され、半地下部屋の利用が爆発的に拡がった。

(参考記事:カンヌ大賞作品の舞台「半地下」に見る韓国の格差社会と分断の歴史)
オンライン不動産で半地下の物件を探してみると、大半が保証金500万ウォン(約51万円)、家賃40万ウォン(約4万円)前後。同じ広さの地上階物件の半額レベルで借りられる。
半地下住宅は日が差さないためジメジメと湿気が多く、浸水被害の恐れも絶えない。それでも低所得層は、これに代わる選択肢を見つけるのは難しい。家主も、倉庫や駐車場にするより部屋にして貸す方を好むそうだ。

ソウル市は2001年と2010年の豪雨の際、建築法を改正して、半地下住宅の新規導入を制限する条項を設けた。だが、その後も半地下住宅は増え続け、約4万戸が供給されたという。
今回の事態を受けて、ソウル市はいち早く、新たな「住居用地下・半地下」の建築許可を禁止するため、政府と法改正に向けた協議を行う方針を示した。既存の物件は、10~20年の猶予期間を置いて段階的に撤去していく方針だ。
半地下以外に行く場所がない…20万世帯が行き場を失う
今回、被害に遭った半地下部屋の家庭では、死亡した40代女性が1人で家計を支え、亡くなった姉と10代の子供、さらに母親の計3人を養っていたという。
2020年の人口住宅総調査によると、韓国の地下・半地下は32万7000世帯もある。半分以上がソウルに集中し、約20万世帯が暮らしているという。その多くはギリギリの生活を強いられ、相場より安い半地下に住まわざるを得ない人々だ。
韓国政府やソウル市は、半地下住宅の買い入れなどを通じ、住民の移転を促すとしている。だが、その実効性はどこまであるのか。
「半地下」の存在をなくしても、韓国経済が安定せず、家賃が高騰し、就職難が続くという状況を抜本的に解消しなければ、低所得者層は半地下に代わる別の過酷な環境での居住を強いられることになる。
集中豪雨がもたらした半地下の悲劇により、韓国社会が抱える「貧困」「格差」の深刻さが改めてあぶり出された。
【執筆:フジテレビ客員解説委員 鴨下ひろみ】