日本企業敗訴相次ぐ…駆け込み訴訟急増も

原告の元女子勤労挺身隊
原告の元女子勤労挺身隊
この記事の画像(9枚)

10月末に韓国の最高裁が新日鉄住金に初め元徴用工への賠償を認める判決を確定させてから一ヵ月あまりの間に、日本企業の敗訴が相次いだ。光州高裁は5日、第2次大戦中に動員された元女子勤労挺身隊と遺族の4人が三菱重工に損害賠償を求めていた裁判で、同社に約4700万円の支払いを命じた一審判決を支持し、三菱重工の控訴を棄却した。

今回の訴訟では、元徴用工らが日本企業に賠償提訴ができる期限について、10月30日の最高裁判決を起点に最長3年とする判断を示したことが注目される。韓国の民法では損害が判明した時点から原則6か月、3年以内に損害賠償を請求しないと権利が消滅する。ただし、訴訟を行う上で障害事由があった場合は、それが解消された時点から起算される。光州高裁の判断に従えば、元徴用工や挺身隊員が日本企業へ損害賠償を提訴できるのは2021年の10月末までとなり、駆け込み訴訟が急増することが危惧される。

新日鉄住金を提訴した元徴用工の原告団
新日鉄住金を提訴した元徴用工の原告団

一方、新日鉄住金を提訴した元徴用工らの原告代理人は、今月24日までに賠償金支払いの協議に応じなければ、資産差し押さえの手続きに入ると表明した。日韓関係は泥沼化し、悪化の一途をたどっている。

しかし、文在寅政権は「司法の判断を尊重する」というだけで、日韓請求権協定を継承するのか、それとも破棄するのか、政府としての立場を未だ明らかにしていない。また、日本通の李洛淵首相のもとにタスクフォースを設置したものの、最高裁判決から一か月以上たった今も何の対策も打ち出せていない。

異例の非難応酬

2017年8月、ソウル・龍山駅前に設置された徴用工像
2017年8月、ソウル・龍山駅前に設置された徴用工像

こうした中、事態の収拾にあたるべき日韓の外交当局は、協議はおろか非難の応酬に終始している。最初の最高裁判決の直後は、日本側が「受け入れられない」と強く反発したのに対し、韓国側は様子見の状況だった。しかし、韓国の康京和外相が徴用工裁判や慰安婦財団の解散など懸案協議のため、訪日を持ち掛けたのに対し、河野外相が「きちんとした答えを持ってこない限り、来日されても困る」と述べたと日本メディアが報じ、それが韓国で伝えられると、対応が一変した。

聯合ニュースによると韓国外務省の当局者はこの報道に対し、「事実関係を確認中」とした上で、「外交関係を管轄する外務大臣として非外交的な、また不適切な発言と思う」と批判した。さらに「日本の責任ある指導者らが問題の根源を度外視したまま、韓国国民の感情を刺激する発言を続けていることを非常に憂慮している」とも付け加え、反撃に転じた。

駐日韓国大使を外務省に呼んで抗議した河野外務大臣
駐日韓国大使を外務省に呼んで抗議した河野外務大臣

11月29日、日本企業2社目となった三菱重工への賠償判決確定を受け、対立は一層激化した。河野外相は談話で「(判決は)日韓の友好協力関係の法的基盤を根本から覆すものであって、極めて遺憾であり、断じて受け入れられない」、「直ちに適切な措置が講じられない場合、(中略)国際裁判や対抗措置も含めあらゆる選択肢を視野に入れ、毅然とした対応を講ずる」と表明。駐日韓国大使を外務省に呼んで抗議した。韓国外務省も黙っていなかった。

「日本政府の過度な対応は非常に残念で自制を促す。」(スポークスマン)
「(日本政府関係者が)過度にこの事案を浮上させるのは問題解決に全く役に立たない」(外務省当局者)
日本側の対応を「過度」と切り捨てただけでなく、韓国に駐在する日本大使を呼び抗議する念の入れようだった。同じ日に日韓双方が大使を呼びつけ抗議合戦を展開するのは、かつてない異例の事態だ。韓国側の感情的な対応が際立つ。

やる気も能力もなし…ジャパンスクールの凋落

 
 

何故、こうした稚拙な対応が続いてしまうのか。

「今の韓国外交当局には、日韓関係を立て直す気力も能力もない」
長年、日韓関係を見続けてきた韓国の知日派はこう嘆く。背景には対日外交政策の根幹を担うべき韓国外務省ジャパンスクールの凋落がある。今年10月、韓国外務省が在外公館の希望者を募ったところ、在日韓国大使館の勤務希望者はゼロだったという。

日本勤務はかつて、アメリカなどと並んで花形のポストであり、出世も約束されていた。それがなぜ、これほどまでに人気を失ったのか。一言でいえば「割に合わない」からだろう。李明博政権では締結寸前だった日韓軍事情報協定の締結がドタキャンされ、協議を進めていた東北アジア課長は責任を取って辞任した。

慰安婦問題での日韓合意では、当時の駐日韓国大使・李丙琪氏が、合意の実現に向けて日本側と水面下で交渉にあたった。李氏は朴槿恵大統領(当時)の側近で日本語も堪能、安倍政権からの信頼も厚く、合意実現に寄与した。しかし、その李氏は政権が変わると朴前大統領への不正資金疑惑で逮捕。当時の東北アジア局長もシンガポール大使を外されるなど不遇を囲っている。

 
 

このように日韓合意に尽力したジャパンスクールの外交官は、ことごとく人事で冷遇されている。韓国世論との板挟みになって苦労の末に日本と合意をしても、政治状況が変われば、真っ先に標的にされる。関わりたくなくなるのも無理はない。韓国側は元徴用工らの救済に向け、該当する日本企業と並んで日本からの経済援助の恩恵を受けた韓国企業を加え財団を作る構想を検討中とされるが、日本側の反応は冷たい。

慰安婦合意で作られた「和解・癒し財団」が解散を余儀なくされた状況で、また財団を作ろうと呼びかけても無理というものだ。支持率が9週連続で下落し50%を割り込み、政権発足以来最低を記録した文大統領。経済政策への不満に加え、対日政策での無策ぶりにも批判が高まりつつある。

(執筆:フジテレビ報道センター室長兼解説委員 鴨下ひろみ)

「鴨ちゃんねる」すべての記事を読む
 
鴨下ひろみ
鴨下ひろみ

「小さな声に耳を傾ける」 大きな声にかき消されがちな「小さな声」の中から、等身大の現実を少しでも伝えられたらと考えています。見方を変えたら世界も変わる、そのきっかけになれたら嬉しいです。
フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学准教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。