イギリスのボリス・ジョンソン首相が辞任に追い込まれた。

厳密に言えば、直ちに辞したのは巨大与党・保守党の党首の立場で、次の党首、すなわち次の首相が決まるまでは、現在の首相の立場には暫定的に留まる。

首相就任後はじめての演説を行うジョンソン氏
首相就任後はじめての演説を行うジョンソン氏
この記事の画像(9枚)

このジョンソン首相の辞任は自業自得と断じざるを得ない。

その理由は既にさんざ報じられているので触れない。

筆者も辞任は時間の問題と思っていた。

自業自得ながら憐れみを禁じ得ない辞任劇

しかしながら、憐れみを禁じえない点がある。

それはジョンソン氏が保守党の主流政治家達にさんざ利用された挙句、最後に水に墜ちた後も石を投げられているからである。

ジョンソン氏は政界のコメディアン、そして、旗振り役として稀有の存在であった。

一国の首相にコメディアンとは失礼極まりないのを承知で言うのだが、彼の行動は、時に滑稽で、往々にしてドン臭く、しかし、可愛げがあって、反対党の支持者達からも愛されていた。

覚えている方もいると思うが、彼が胴長を履いて沼地で動植物の採取だったのかゴミ拾いだったのかをした時には、何故か泥に足を取られて、スローモーション画像を見るようにゆっくりと倒れ水浸しになった。そのシーンや、EU離脱のキャンペーン中にクレーンに釣られて離脱の旗を振って見せた滑稽な姿、ロンドン市長時代に東京を訪問した際、子供とラグビーに興じ、確か5歳児を巻き込んで転んだシーン等を思い出すと筆者は今も思わず笑ってしまう。

宙吊りになるパフォーマンスを楽しむジョンソン氏
宙吊りになるパフォーマンスを楽しむジョンソン氏

こうした姿を英国の恥だと感じるお堅い向きも当然居るのだが、自らが笑い物になるのを厭わなかったジョンソン氏は野党・労働党の支持者に多い“庶民”にも人気があった。

その証拠に、彼は、労働党の圧倒的牙城であるロンドンの市長選に勝った稀有な保守党政治家なのである。EU離脱の国民投票にも予想外(?)の勝利をもたらしたし、先の総選挙でも、サッチャー政権以来の大勝を保守党にもたらした。

彼は国民相手の選挙キャンペーンにおいて数々の勝利を得た偉大なキャンペイナーであった。

しかし、どこか抜けている彼の言動は、強みであると同時に弱みでもあった。

パーティー疑惑とその後の対応の拙さは彼の弱みが出た典型と言えるだろう。

保守党のエスタブリッシュメントと呼ばれるエリート層は、機を見るのに敏な彼を節操が無い等と嫌った。国民的人気がどれほどあっても、それを利用しようとはしたが、彼に党を託そうとはなかなかしなかった。

陰謀好きのイギリス政界のウラ…

ここからはイギリス政界の憶測だらけの話になる。

例えばキャメロン元首相である。キャメロン氏はEU離脱を巡る国民投票に敗れ首相辞任と政界引退に追い込まれた御仁だが、ジョンソン氏とはオックスフォード大学在学中からの知り合いで、共に大学の保守党支持者のグループに属していた。確かジョンソン氏が年長だったと記憶している。

キャメロン元首相
キャメロン元首相

EU離脱に対する態度をなかなか明らかにしなかったジョンソン氏に対し、当時のキャメロン首相は支持を働き掛けたのだが、それでもジョンソン氏の将来に対する言質を与えなかったと言われている。それが最終的にジョンソン氏を離脱派に追いやった理由ではないかとも憶測されているのだが、逆に言えば、ジョンソン氏は将来、首相の座を禅譲するとの確約を得られるのであれば、残留派に与したのではないかと当時まことしやかに言われたこともあった。

この証明されていない風説はジョンソン氏の節操の無さを示唆する憶測でもあるが、真偽はともかく、保守党の大物達に担がれ首相の座を射止めた古い友人からも彼は愛されることは無かったのである。

その極めつけはマイケル・ゴーブ前住宅・コミュニティー・自治大臣であろうか。

今回のジョンソン氏辞任に至る一連の大量政権離脱劇の最後の引き金を引いた一人でもある。

彼もまた、ジョンソン氏やキャメロン氏とオックスフォード大学時代からの知り合いである。特にキャメロン氏とはEU離脱問題が国民投票に付されるまで盟友と呼ばれるほど親しくキャメロン内閣の有力閣僚だった。しかし、ごりごりの離脱派のゴーブ氏は残留派のキャメロン氏と袂を分かち、ジョンソン氏を離脱派の旗頭として担ぎ勝利した凄腕の政治家である。

キャメロン氏辞任後の保守党党首選に、ジョンソン氏は立候補した。最有力候補とも言われた。そのジョンソン氏の選対責任者に学生時代からの知り合いでもあるゴーブ氏は就任した。

しかし、ジョンソン氏は緒戦で突然立候補辞退に追い込まれた。自分の陣営の選対責任者だったゴーブ氏がその役割を投げ出し、自ら党首選に立候補したからである。

離脱問題ではジョンソン氏を旗頭として利用するだけ利用したのに裏切ったのだ。陰謀好きと時に揶揄されるイギリス政治家の真骨頂かもしれない。

このゴーブ氏の行動がサッチャー元首相以来二人目の女性宰相・メイ首相の誕生に結果的に道を拓いた。

イギリス2人目の女性宰相 テリーザ・メイ前首相
イギリス2人目の女性宰相 テリーザ・メイ前首相

しかし、いつまで経っても離脱問題でEUとの交渉に決着を付けられなかったメイ氏は3年足らずで辞任に追い込まれ、漸く、ジョンソン首相が誕生した。

その時もゴーブ氏は対抗馬の一人として党首選に立候補したが、敗れた。

それでも何故かジョンソン氏はゴーブ氏と縒りを戻し、閣僚に登用した。

傍から見ると不思議で仕方ないのだが、巷間言われるように、それ程ゴーブ氏の行政手腕は高かったのだろうと推察するしかない。

そのゴーブ氏が、今回の辞任劇の最後の引き金を引いた一人に再びなったのは実に印象的である。しかも、50人を超えた政権離脱組の中で、ジョンソン氏はゴーブ氏の辞任を認めず、解任した。怨念を感じざるを得ない。

根拠の全くない憶測に過ぎないのだが、ゴーブ氏はジョンソン氏に辞任を迫っただけではなく、自分に政権を明け渡すよう要求した可能性もある。

ジョンソン氏はゴーブ氏にまたも裏切られたと感じたのだろう。

繰り返すが、ジョンソン氏が辞任に追い込まれたのは自業自得である。弁護の余地は無い。

自らの不節操が墓穴を掘ったのだ。

しかし、後任の保守党党首が選ばれるまでの間、暫定首相として職に留まろうとするジョンソン氏に対し、それさえ罷りならん、首相職も直ちに辞任せよという声が党内の一部から上がっていることについては同情を禁じえない。

ジョンソン氏が辞任するのは首相としての資質に問題があるからで、その職にふさわしくない人物が暫定とはいえ留まり続けるのはあり得ないというのがその主張である。もっともと言えばもっともな主張なのだが、水に墜ちた犬に石を投げるとは正にこのことだろう。

ましてや、毀誉褒貶に事欠かないにせよ、ジョンソン氏はイギリス政界を悩ませ続けて来たEU離脱問題にほぼ決着をつけた政治家である。ほぼと言ったのは北アイルランド問題という難題が残されているからだが、加えて、ジョンソン政権は極めて早い段階からワクチン開発に力を注ぎ、多くの犠牲者こそ出てしまったが、コロナとの“共存”をいち早く成し遂げた。そして、19年の総選挙で大勝し、保守党に久しぶりの安定政権をもたらした。氏は党にとって大功労者でもあるのだ。

2020年1月31日 EU離脱を祝う離脱派市民たち ロンドン中心部
2020年1月31日 EU離脱を祝う離脱派市民たち ロンドン中心部

それなのに、この功労者に全部辞めろ、直ぐに辞めろというのは余りに酷な気がしてならない。ましてや、前任のメイ氏もその前任のキャメロン氏も後任が決まるまでは首相職に留まったのに。

エリート層出身ながらエリート層から愛されなかったジョンソン氏

現実には焦点は後継者選びに移るので、ジョンソン氏が首相職も直ちに辞めさせられるまでには至らない可能性の方が高いのだが、彼が保守党エリート層から愛されることが少なかったという背景がここにも影響しているような気がしてならない。

そのジョンソン氏自身はエリート層の出身である。イートン校・オックスフォード大学を経て、新聞記者になり、その後、政界に転じた。彼はどこに行っても英語で済むイギリスの政治家には珍しくフランス語もペラペラの、反EUながら国際派でもある。家系を遡ればイギリス王室にも繋がっているらしい。

イートン校時代のジョンソン氏 Daily Mail より
イートン校時代のジョンソン氏 Daily Mail より

だからこそなのかも知れないが、イギリスのエリートにありがちな特権意識が今もどこかに残り、それがパーティー疑惑に繋がった可能性はある。

辞任の声明に謝罪や反省の言葉は無かったのだが、謝るのが下手なのもエリート意識の為せる業かも知れない。

エリート層出身でありながらエリート層からはひいきにされなかった彼の政治家としての人生はこれでほぼ終焉を迎える。

しかし、勝つためには何でもやるのがジョンソン氏でもある。

かなり減ったがサポート層が消滅した訳ではない。

そうは問屋は卸さないのが普通だが、いつかまた不死鳥の如く復活を遂げようと考えていても不思議ではない。

【執筆:フジテレビ 解説委員 二関吉郎】