広島県の教育改革が全国から注目されている。改革の旗手は平川理恵広島県教育長だ。その改革の現場を取材した。

民間出身公立中学校長が広島県教育長に就任

平川教育長は民間出身で、横浜の公立中学校に校長として8年間在籍した間、様々な改革を行ってきた。

そしてその学校運営の手腕を請われ、広島県教育委員会の教育長に就任し広島県の学校を次々と改革している。

平川理恵教育長は民間出身で、横浜の公立中学校長から広島県教育長に
平川理恵教育長は民間出身で、横浜の公立中学校長から広島県教育長に
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平川教育長は「教育長になって5年目を迎えます」と振り返る。

「行政の経験が全くない中、また広島出身でもないので初めは不安でした。しかし思いのほか、様々な改革が進められたのは広島県教育委員会の優秀なスタッフたちのおかげです。湯崎広島県知事から『学校と教育委員会の組織風土を、言いたいことが言えて年齢や役職に関わらずやりたいことができるように変えてほしい』と言われ様々な実践を重ねてきましたが、いまや私に『これでいいでしょうか?』とあれやこれや聞いてこなくなりました(笑)」

公立中高一貫の国際バカロレア認定校を創る

改革の一つが公立中高一貫の国際バカロレア(=IB)認定校「広島叡智学園」の創立だ。

広島駅から車で約1時間の竹原港から瀬戸内海をフェリーで渡り、到着したのが広島叡智学園のある大崎上島だ。ここに中学校118人、高校48人の生徒が学ぶ広島叡智学園がある。

瀬戸内海をフェリーで渡る大崎上島に広島叡智学園がある
瀬戸内海をフェリーで渡る大崎上島に広島叡智学園がある

国内25の都道府県から生徒が集まり、高校には7カ国11人の留学生等がいる。授業は英語と日本語で行われ、教員51人のうち13人が英語ネイティブだ。

公立なので中学の授業料は無く、高校も月9900円。全寮制だが寮費を合わせても、中学が月5万円、高校が6万円程度となっている。

国内25の都道府県から生徒が集まり、高校には11人の留学生等がいる
国内25の都道府県から生徒が集まり、高校には11人の留学生等がいる

生徒はすべて国際バカロレア資格(※)の取得を目指している。高校段階からは少なくとも2科目を英語で履修しており、中学校3年生からの生徒全員が数学を英語で学習している。授業は1コマ90分で毎日3〜4コマだ。

(※)国際的に通用する大学入学資格。全人教育を掲げる教育プログラム

取材した当日、各教室では生徒がグループに分かれて研究したり、先生が講義を行ったり、図書館にある大階段に生徒が思い思いに座り、他の生徒のプレゼンを聴いてフィードバックを行ったりと授業の形式は様々だった。

校内を歩くと、生徒たち自身が開催したい美術展を企画したポスターも展示されていた。

図書館で思い思いに座り他の生徒のプレゼンを聴く
図書館で思い思いに座り他の生徒のプレゼンを聴く

全員で国際バカロレア資格の取得に取り組む

校長の福嶋一彦氏は、学園が目指すのは「IB(国際バカロレア資格)プログラムを主たるツールとした探究的な学び」だと語る。

「生徒は、中学校段階から様々な教科で自ら課題を設定して探究し、レポートや動画作成などの多様な課題に取り組んでいます。また高等学校からは留学生を加え、まさに多様性あふれる学習環境の中で、異なる価値観や意見を交わしながら新たな価値観を創造していきます。そのような環境で培った探究心や、学びの方法を最大限に活かして、全員で国際バカロレア資格の取得に取り組んでいくことが本校の学びの特徴です」

多様性あふれる環境の中で新たな価値観を創造する
多様性あふれる環境の中で新たな価値観を創造する

また、福嶋校長は「学校や寮のルールは教職員のサポートのもと、生徒も決定のプロセスに加わる」と語る。当日は生徒会の選挙前で校内には立候補者たちの選挙ポスターが貼られていた。

寮生活においても、学年が増えるにつれて生徒の自治活動も活発になっていき、生徒リーダーが皆の意見を踏まえつつ、自分たちの生活環境の改善に向けて取り組んでいるようだ。

広島叡智学園はあと2年でいよいよ卒業生が生まれる。生徒がどんな未来に羽ばたくのか、今から楽しみで仕方ない。

「商業高校アップデート」でビジネスを探究

平川教育長は商業高校の改革にも乗り出した。名付けて「商業高校アップデート」。そのメインとなるのは、連続4時限を使う「ビジネス探究プログラム」の導入だ。

広島市内にある広島県立広島商業高等学校(以下広島商業高校)。取材した日のビジネス探究プログラムのテーマは「プレゼンテーション」だった。

「プレゼンは発表とどう違うのか」「自分の考えを、ICTを活用して伝えることができるのか」という問いに対して、生徒同士がグループやペアになって自分の考えを伝え共有していく。その中で生徒たちは「自分と向き合う」ことが出来る。

広島商業高校は「ビジネス探究プログラム」を導入
広島商業高校は「ビジネス探究プログラム」を導入

広島商業高校の折田裕之校長はこう語る。

「最初の授業で生徒たちにワークシートを配ると、そこには『生きるって何?』と書かれていて生徒たちは驚くわけです。中には1文字も書けない生徒もいます。でも『これまで出会った人の中で印象的な人は誰?』『挫折した経験は?』と小さいことでも思い出してみようと呼びかけると、生きることの意味や目的を徐々に見つけます。そしてなぜ自分は商業高校に入学したのかも考えるようになっていきます」

生徒はプログラムを通して自分に向き合う
生徒はプログラムを通して自分に向き合う

生徒の夢が安定からチャレンジ、起業へ

1年生のプログラムは週1回4時間行われ、「なぜ働くのか」「新しいビジネスはなぜ生まれるのか」「お金の価値とは」「マーケティングって何?」「経済は私たちの生活にどのように関わっているのか?」という各テーマについて1年間かけて生徒たちが向き合っていく。プログラムの内容は広島県内に4つある商業高校の先生たちが話し合い、ブラッシュアップしている。

2年生になると,アントレプレナーシップの育成を図る米国のプログラムを導入し、リアルな社会・地域課題を扱うビジネス事例を題材として扱い、各生徒は卒業に向けて自分のビジネスプランをつくりあげていく。

教師は「失敗してもいい」「答えは一つじゃない」と指導する
教師は「失敗してもいい」「答えは一つじゃない」と指導する

広島商業高校の商業研究部では去年「LOSUVO FLOWER(ロサボフラワー)」プロジェクトを立ち上げた。コロナ禍で使われなくなった花をサブスクするもので、売り上げの10%で医療現場に花を届ける。折田校長はこう続ける。

「これまで将来の夢は安定した職業に就くことと言っていた生徒が、『何ができるか考えてチャレンジしたい』『起業に興味を持った』と言い出します。こうした生徒が一人でも増えれば先生たちにも励みになります。『失敗してもいい』『答えは一つじゃない』と指導していますが、その先生たちも正解のない中で頑張っていますから」

農業高校もアップデートで探究プログラム

商業高校のアップデートに農業高校も負けていない。

広島県立西条農業高等学校(以下西条農業高校)は、先進的な理数教育を実施するSSH=スーパーサイエンスハイスクール(※)に10年前から指定され、地元広島大学や海外の提携校と研究の連携を行っている。西条農業高校が目指すのは、科学技術リテラシーとグリット(物事を最後までやり遂げる力)、そしてグローバルマインドを備えた人材の育成だ。

(※)先進的な理数教育を実施する高校。文科省が採択する

西条農業高校はSSHに10年前から指定されている
西条農業高校はSSHに10年前から指定されている

約30ヘクタールの広大な敷地には、牛舎や豚舎、ビニールハウスなどがあり、学校で生徒がつくった野菜や果物、花は校内の市場で販売もしている。

取材した授業では、牛の体調をセンサーにより管理して乳量や質をいかに上げるかを生徒たちがグループ研究していた。牛の体調は生徒のスマホから確認するなどテクノロジーを駆使した実践型の研究は、まさにスマート農業そのものだ。

校長の澄川利之氏は「農業は商業とも工業ともつながっています」と語る。

「学校では『農業探究プログラム』と称して、『自分とは何か?』『キャリアとは何か?』との問いを出し、生徒が自分と向き合うカリキュラムをつくっています。このプログラムを通じて生徒たちに研究活動を自分事としてとらえてもらう。先生たちがこの授業をコーディネートしていますが、先生にとっても新鮮な取り組みとなっています」

テクノロジーを駆使した実践型の研究を行う
テクノロジーを駆使した実践型の研究を行う

不登校の児童生徒を教育支援するスクールエス

最後に平川教育長が取り組んできた不登校対策について紹介したい。

平川教育長は中学校長時代に「校内フリースクール」を設置するなど、不登校の子どもたちの居場所づくりを行ってきた。平川教育長の就任後、広島ではSSR(スペシャルサポートルーム)と名付けた、学校内に不登校の生徒の居場所を設置する動きが広がっている。

そして2022年4月には不登校の児童生徒を教育支援する「SCHOOL”S”(スクールエス)」が東広島市に設置された。

スクールSの”S”には「ワクワクする特別な場所」の想いが込められている
スクールSの”S”には「ワクワクする特別な場所」の想いが込められている

スクールエスの“S”には「Student (児童生徒)が自分でSelect(選ぶ)Secret(秘密)基地のようにワクワクするSpecial(特別な)Space(場所)」の想いが込められている。2022年4月に行われた体験会には80件の問い合わせがあり、いま64人が利用登録している(6月21日現在)。

取材に訪れた当日は12人の児童生徒がいて、オンライン参加も1人いた。当日通っていたある児童は聴覚過敏のため、在籍する学校では2時間もすると耐えられなくなって通学できなくなったという。こうした児童生徒を教職員6人が(常駐3人)学びの支援を行っている。

次は教育委員会の組織風土を変える

平川教育長が次に目指す改革は何なのか聞いた。

「組織風土を変える…この大命題は、たぶん日本中の企業や行政、至る所での課題だと思います。広島県教育委員会も正直まだまだですが、今年度から指導主事(学校のスーパーバイザー)の部署はフリーアドレスにして、乳幼児・義務教育・高等学校・個別最適な学びという枠を超えて交流ができるよう1週間ごとにランダムに座ってもらっています」

そして平川教育長はこう続けた。

「また組織それぞれについて、攻めと守りの役割を明確に示しました。その上で、教育委員会の定義や存在意義を改めるつもりで、さらに子どもたちのために邁進していきたいと思っています」

平川氏の教育改革はこれからも続くのだ。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。