軍事力で圧倒するロシアにウクライナが対抗できている大きな要因のひとつが、アメリカをはじめとする欧米諸国のインテリジェンス(情報収集分析)が効果的に働いていることとされる。

BSフジLIVE「プライムニュース」では、元首相補佐官の薗浦健太郎氏と前国家安全保障局長の北村滋氏を迎え、日本のインテリジェンスの課題や今後のあり方について徹底議論した。

発射されたものを撃ち落とすミサイル防衛は「真剣白羽取り」の世界

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反町理キャスター:
北朝鮮が今回、8発のミサイルを発射した意味合いは。また、米韓が対抗措置として8発を撃った。

薗浦健太郎 元首相補佐官 自民党衆院議員​:
格段に上がった能力の実験と海外に向けてミサイルを売るためのデモンストレーション。またクアッドを含めた動きを気にしてのことだと思う。前政権時には韓国側が撃つことはなかったが、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領になり、今までと違うとメッセージを発したのでは。

反町理キャスター:
日本のEEZ(排他的経済水域)に着弾した場合、我が国の行動は。

北村滋 前国家安全保障局長 北村エコノミックセキュリティ代表:
中距離弾道ミサイルの力が均衡しているところには、インドやパキスタン、イスラエル、イランなどがある。同数持つことが抑止力となる。我が国では非常に大きなミサイルギャップが存在しており、ミサイル阻止力について真剣に考えるべき。

反町理キャスター:
来たミサイルを撃ち落とすだけでは、双方が軍縮に向けて話し合う環境にはなりにくいのでは。

北村滋 前国家安全保障局長 北村エコノミックセキュリティ代表
北村滋 前国家安全保障局長 北村エコノミックセキュリティ代表

北村滋 前国家安全保障局長 北村エコノミックセキュリティ代表:
若干不謹慎な話かもしれないが、私の古武術の先生が真剣白刃取りをされる。その先生が「真剣白刃取りというのは、受け手と為手(して)の呼吸の合わせ方が一番重要なんだよ」と。ミサイルディフェンスは、まさに真剣白刃取りの世界。防御だけでしのぐというのは、かなりやり取りの中では厳しいのだと思います。

反町理キャスター:
ミサイル防衛は無理で、向こうがこちらの都合に合わせて撃ってくれて初めて止められると?

北村滋 前国家安全保障局長 北村エコノミックセキュリティ代表:
そうは申し上げていませんが(笑)、古武術の先生はそうおっしゃっていると。

サイバーアタックから始まる現代戦 平時と有事の線引きは困難

長野美郷キャスター:
ロシアによるウクライナ侵攻をめぐる欧米諸国の戦い方。欧米諸国による情報戦が奏功しているとの分析を裏付ける「ウクライナにインテリジェンスを提供している」との発言がアメリカからあった。今回の情報戦の狙いは。

薗浦健太郎 元首相補佐官 自民党衆院議員​:
情報はギブアンドテイクが全て。アメリカも得るものがある。アメリカは衛星情報を含めた情報収集、また分析まで行っているかも。ウクライナ軍が現地で情報が正しいかどうか確認し、アメリカにフィードバックする。アメリカも情報の精度を高めることができる。

薗浦健太郎 元首相補佐官 自民党衆院議員
薗浦健太郎 元首相補佐官 自民党衆院議員

北村滋 前国家安全保障局長 北村エコノミックセキュリティ代表:
アメリカが注意しているのは、NATOとロシアの直接対決に至らないこと。それを招く形の情報提供はしていないという立場をとりながら、かなり深い部分で情報戦が展開されていると推定される。今回、本格的な侵攻がなされる前にサイバーアタックが始まっており、アメリカはかなり早い段階で全面侵攻を確信していた部分がある。ウクライナの基幹インフラにアメリカのサイバー軍やEUのサイバーセキュリティー即応部隊が展開し、マルウェア等をかなり発見したと言われている。

反町理キャスター:
なるほど。

北村滋 前国家安全保障局長 北村エコノミックセキュリティ代表:
現代戦は宣戦布告があって戦争になるのではなく、最初に国の中枢である基幹インフラが技術的な手段で侵入を受ける。平時か有事かの線引きが難しい。

反町理キャスター:
戦争が始まる前の段階で対応ができていれば、本当の武力による戦争も仕掛けられないで済むという考え方か。

北村滋 前国家安全保障局長 北村エコノミックセキュリティ代表:
そう。2010年に中国の漁船が海上保安庁の巡視船に衝突する事件があった。このとき、我が国に対してはホームページの書き換えやDDoS攻撃(サーバーダウンを狙った大規模攻撃)といったサイバー攻撃があり、最終的には経済的手段としてレアアースの禁輸などが明らかとなった。日本の政権は国策に基づいて船長を釈放した。中国が現実の武力を行使することなく自らの国家意思を相手国に認めさせた例。

長野美郷キャスター:
一方、プーチン大統領は国営テレビのインタビューでアメリカのウクライナへの軍事支援を強く牽制した。情報戦の観点からプーチン大統領の発信はどうか。

薗浦健太郎 元首相補佐官 自民党衆院議員​:
インタビュー映像でも、部屋でインタビュアーのお伺いにプーチン大統領が答えている。ロシアは情報戦でここまでやられているのに、プーチン大統領が全てを決めるという縦の構造が侵攻開始時から何も変わっていない。他方、ゼレンスキー大統領は外に出て、民間企業や海外の横のネットワークを含めうまく拡散している。

経済安全保障推進法は、日本の安全保障において画期的な法律

長野美郷キャスター:
北村さんが官邸中枢にいた第2次安倍内閣以降、安全保障にかかわる法整備が進んだ。2013年成立の特定秘密保護法で、特に重要な安全保障に関する情報を保護できるようにし、罰則規定も設けた。2015年成立の平和安全法制で、日本の安全保障にかかわる事態を認定し集団的自衛権の行使を限定的に容認。そして、2022年5月に成立した経済安全保障推進法で、サプライチェーンの強化や基幹インフラの保護など、経済政策を安全保障と一体的に講じる体制を整えた。アメリカなど海外のパートナー国の日本への姿勢はどう変わったか。

北村滋 前国家安全保障局長 北村エコノミックセキュリティ代表:
情報交換はコップで水を交換するのと一緒で、コップの硬さが同じでないと成り立たない。アメリカも我が国の持つ情報の器というのが先方と同程度だと認識し、安全保障上の情報交換を実施する上ではかなり画期的だった。

反町理キャスター:
アメリカのCIA、イギリスのMI6、イスラエルのモサドなど海外には諜報活動専門の組織がある。日本にはこれにあたるものはないが、これは日本のインテリジェンス活動において、諸外国と情報交換をする際のハンディになっているか。

薗浦健太郎 元首相補佐官 自民党衆院議員​:
組織としてはなくとも、安倍政権で作った事実上の対テロユニットはあり、海外で情報収集を行っている。日本にとって死活的に大事なのは、それらの機関との情報のやりとり。こちらが情報を漏らさず、かつ提供できる独自の情報があることがある程度認められているから、情報交換が成り立っている。

長野美郷キャスター:
経済安全保障推進法の柱は4つ。国に企業の調達先などを調査する権限を与え、重要物資の安定供給を図ること。電気ガス水道通信などの基幹インフラの導入やアップデートに対し、国が事前調査を行いサイバー攻撃への対応を強化すること。AIや宇宙などの先端技術の研究での官民協力。そして、軍事や原子力技術などの特許を非公開とすること。日本の安全保障にとってどのような意味を持つか。

北村滋 前国家安全保障局長 北村エコノミックセキュリティ代表:
従来、特に平時の経済活動について、安全保障的な観点から外部からの侵入を防止する措置がなかった。国として事業の危ない部分に介入し、是正することができなかった。平素からの備えを固める意味で非常に画期的。また、実は戦前には秘密特許という制度があったのだが、戦後の流れの中で廃止されていた。特許の非公開は、より普通の国家に近づく上での取っかかりにもなっている。サプライチェーンの部分も、コロナ禍において国民の生命にかかわる喫緊の課題に応える非常に重要なポイント。官民技術協力では、それぞれ守秘義務をかけ十分な資金も提供しながら、安全保障にかかわる技術開発をやっていこうということ。規制的な側面と助成的側面の両方を持った法律。

長野美郷キャスター:
一方、今回成立した経済安全保障推進法では見送られる結果となったのが、国家の機密情報へのアクセスを許される資格を認定するセキュリティ・クリアランスの制度。日本にこの制度がないことは、同盟国や友好国とのビジネスや経済安保の強化でネックとなっている? 

薗浦健太郎 元首相補佐官 自民党衆院議員​:
国家機密というとおどろおどろしいが、例えばアメリカでも3段階あり、レベル2と3だけで400万人が認定されている。セキュリティ・クリアランスとは排除ではなく、産業安全保障をきちんと行うために付与される資格。例えば、原発や通信機器の情報交換で「私はこのレベルの話までできる」という安心感を与えるためのシステム。もう少し幅広いものと理解をしていただいた方がよい。

反町理キャスター:
セキュリティ・クリアランスが整わなければ、経済安全保障推進法の骨格ができていないようにも聞こえるが。

北村滋 前国家安全保障局長 北村エコノミックセキュリティ代表:
特定秘密保護法の適性評価の対象は政府職員がほとんどだが、漏洩した場合においてはそれなりの罰則がある。今からやろうとしているのは、まさに民間企業で情報を扱う分野について。アメリカのトップシークレットに近い情報を交換し得る民間企業というのが出てくるとして、民間企業にも漏えいについての罰則が必要。どこまでその制度設計をしていくか。

BSフジLIVE「プライムニュース」6月6日放送