最後のオウム特別手配犯 驚きの逮捕劇

あのお巡りさんはどうしているのだろうか。長年警察を取材していると警察官による様々な手柄話を耳にする。しかしその立役者が誰なのかは得てして判明しないものだ。

春になるとオウム真理教による一連のテロ事件が思い出される。1995年3月20日発生の地下鉄サリン事件を皮切りに警察庁長官銃撃事件(3月30日)、教団幹部刺殺事件(4月23日)、教祖の麻原彰晃逮捕(5月16日)に至るまで、列島は未曾有の事態に大きく揺れた。

地下鉄サリン事件 1995年3月
地下鉄サリン事件 1995年3月
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宗教団体による組織的テロ行為によって国家の安全が脅かされた史上類を見ない事件である。オウムを追い詰める捜査において、全国の警察官による素晴らしい手柄話は枚挙に暇がないのかもしれない。

例えば地下鉄サリン事件のわずか数日後、滋賀県警が教団信者の車から光ディスクを発見したことがあった。このディスクのデータを徹底的に解析したところ教団信者の名簿が見つかった。何とこの名簿から警察官の信者が数名いることが判明したのだ。この大発見により警察内部の情報が教団側に漏れるのを食い止めたとも言われている。

こうした話の中でも忘れられないのが、2012年6月に教団最後の逃亡犯、高橋克也(現在服役中)の発見に至ったこぼれ話だ。こんな見事な逃亡犯の逮捕劇は古今東西滅多にない。

蒲田署から移送される高橋克也・受刑者(2012年6月)
蒲田署から移送される高橋克也・受刑者(2012年6月)

「オウム高橋」は川崎市から大田区に?

あの年は元旦から大騒ぎがおきた。前日の大晦日の夜、17年近くにわたって行方をくらましていた元教団幹部の平田信が突然警視庁本部に出頭してきた。(平田元幹部は4月26日静岡刑務所から出所したという).

そして6月には同じく逃走中だった女性信者が発見され逮捕されるに至る。残るは高橋だけとなった時、警視庁は最高幹部の指示でメディアに積極的に情報提供し、報道させることによって高橋についての目撃情報を少しでも募ろうとした。この判断は功を奏したと言える。

”高橋”逮捕を受けて、警視庁・吉田刑事部長が記者会見を行った(2012年6月)
”高橋”逮捕を受けて、警視庁・吉田刑事部長が記者会見を行った(2012年6月)
電撃の逮捕劇に、新聞の号外も配られた(2012年6月)
電撃の逮捕劇に、新聞の号外も配られた(2012年6月)

捜査一課のナンバー2である理事官は自らフジテレビの特別番組に生出演し、全国を睥睨するかの様にカメラに向かって「高橋、出てこい!」と獅子吼した。相手は長年にわたって陰さえも近づけなかった高橋だ。理事官の鋭い語気には、追い詰めるのは今しかないという勢いがあった。

話はここからである。こうした連日の放送や新聞記事を通じて、高橋が川崎市内に潜伏していたと知った東京・大田区・大森警察署管内に住むある住民が行動をおこすのである。

「あのお巡りさんに手柄を」ある住民の決意

近所には日夜管内を奔走しトラブル解決に励む「お巡りさん」がいたそうだ。日ごろのその姿に心打たれる思いがあったのだろう、この住民はお巡りさんに手柄を取らせてあげたいと思ったようだ。高橋が川崎にいたのだから、隣の大田区に来ているかもしれないと自らの足で高橋を探しに出かけたのである。

一度、似た人物が見つかったとして通報したが、すぐに別人だということが判った。それでもめげずに、この住民は再び高橋を探したのだそうだ。もはやこれだけでも篤志家と呼ばずして何と讃えたら良いのか。暫くしてまたそれらしき人物を見つけ蒲田の漫画喫茶に入っていくのを目撃するのである。

高橋受刑者が潜伏していた漫画喫茶(2012年6月)
高橋受刑者が潜伏していた漫画喫茶(2012年6月)

その話を交番に伝えに行くと、懇意のお巡りさんは別の事件を扱っていて不在だったという。そして交番にいた別の警察官に伝えたそうだ。この時対応した警察官も篤志家の「情報」を放って置かなかった。

大森署の無線担当者に伝えた。無線担当者は、夜の署の仕切り役である宿直責任者にその話を報告する。宿直責任者もオウム逃亡犯の情報は最優先と判断したのだろう、直ちに漫画喫茶を管轄する隣の蒲田警察署にこれを通知した。

若い刑事2人は漫画喫茶から出てきた男に声をかけた

さらに拍車がかかった。この「情報」を受け取った蒲田警察署も翌朝一番で若い刑事2人に念のため見に行かせることになった。1人はなったばかりの新米刑事だったという。翌朝、漫画喫茶を訪れた2人は、丁度支払いを済ませ店を出て行こうとした男が似ているとなって尾行する。そして路上で声をかけ高橋を発見、逮捕に至るのだ。

トップが積極的に情報提供を募ると決め、どんな些細な話でも徹底的に追及していく姿勢を示す。まるで脳から血が通って四肢が躍動するように、一気にその精神が末端の交番にまで浸透伝播する。

高橋受刑者は、漫画喫茶から出てきた後、若い刑事に声をかけられた
高橋受刑者は、漫画喫茶から出てきた後、若い刑事に声をかけられた

すると取るに足らないかに見える情報でも、関係各所に順次報告され潰しの捜査がすぐに行われた。「情報」のパスワークに携わった全員が犯人に繋がる情報かもしれないと信じた結果、全国警察が17年待ちわびた千載一遇のチャンスを引き寄せたのである。警察による情報伝達の当意即妙さと機動力の高さがここに極まっている。

しかし「殊勲甲」なのは、「あの人に手柄を取らせてあげたい」と住民に思わせ、高橋を実際に探す行動に駆り立てた、その「お巡りさん」の存在である。一体どんな人物なのか。想像を逞しくすれば美化されていくだけだが、どこかできっと今も接する相手に「この人のために何かしてあげよう」と思わせる仕事をしていると信じたい。組織は珠玉の様な人の働きによって輝きを帯びるのである。(敬称等略)

(フジテレビ報道局・上法玄)

上法玄
上法玄

フジテレビ解説委員。
ワシントン特派員、警視庁キャップを歴任。警視庁、警察庁など警察を通算14年担当。その他、宮内庁、厚生労働省、政治部デスク、防衛省を担当し、皇室、新型インフルエンザ感染拡大や医療問題、東日本大震災、安全保障問題を取材。 2011年から2015年までワシントン特派員。米大統領選、議会、国務省、国防総省を取材。