動物は冬眠中、長期間活動しないのにもかかわらず筋力はほとんど衰えないという。そんな冬眠動物の中でクマの冬眠中の血清が、人間の筋力維持に役立てられるかもしれない。

広島大学と北海道大学の研究グループは、冬眠期のツキノワグマの血清とヒトの筋肉細胞を培養すると、筋肉細胞の総タンパク量が増えることを発見したのだ。

冬眠中のツキノワグマの血には、筋肉細胞を維持する何らかの要因物質が含まれており、それがヒトの細胞でも作用したと考えられる。これが特定されれば、将来的にはヒトの寝たきり防止やリハビリへの応用が期待されるという。

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研究グループは、冬眠期と活動期のツキノワグマの血清を採取し、共にヒトの筋肉細胞に添加して、培養する実験を実施。その結果、冬眠期のツキノワグマの血清では、筋肉を構成するタンパク質の量が、活動期より増加していた。

また、この筋肉細胞の総タンパク質量の増加は、冬眠期のツキノワグマの血清が筋肉の分解を抑制する可能性があることがわかった。

細胞内総タンパク質量の活動期と冬眠期の比較(画像提供:広島大学)

今後の展開については、研究グループの一人である、広島大学大学院医系科学研究科生理機能情報科学の宮崎充功准教授は、「骨の衰えを防止する骨粗鬆症の治療薬があるように、筋肉の衰えを防止する薬剤や効果的なリハビリ・トレーニング方法の開発に繋がると良いなと考えている」と話している。

効果的なリハビリやトレーニングの開発に繋がる研究がしたい

冬眠中でも筋肉が衰えないことは素朴な疑問だが、その理由が解明されて、筋肉の衰えが防止できる薬が開発されれば、高齢者の転倒や寝たきりの防止にもつながるという。ぜひとも実現につなげてほしいが、今、この研究はどこまで進んでいて、実用化はいつごろになりそうか?

宮崎充功准教授に詳しく話を聞いてみた。


――なぜこの研究を始めた?

私の専門は生理学や運動生理学、スポーツ科学という分野で、ヒトが運動やトレーニングをした時に生じる適応変化やその仕組みについて、特に筋肉(骨格筋)を中心に研究に取り組んでいます。もともとは理学療法士というリハビリに携わる医療職で、効果的なリハビリやトレーニング方法の開発に繋がる研究がしたいと思っていました。

ただ弱った筋肉を元の状態に戻すリハビリは、患者さん自身も大変な思いをすることが多いですし、病気や怪我・加齢など様々な理由により、運動やリハビリ自体が難しい状態であることも、実際の医療現場では多く経験します。そういった背景から、“弱った筋肉を元に戻す”ことよりも、“そもそも弱らない筋肉を作る”ことはできないか?と考えたことが、「冬眠」に興味を持ったきっかけです。


――冬眠中のクマの筋肉が衰えない研究は、他の研究者も行っていたもの?

冬眠動物の筋肉に関する研究は以前から多くの報告があり、クマに限らず冬眠動物の筋肉が「衰えにくい(衰えないわけではない)」ことは、他の動物種(リスやハムスターなど)を含めて指摘されている現象です。冬眠中のクマ血清を筋肉の培養細胞に添加するという実験も、我々のグループが初めて行った訳ではなく、類似したアプローチを採用した先行研究がいくつか存在します。今回の我々の報告は、先行研究よりもう少し詳しく解析した、ということにすぎません。


――冬眠期のツキノワグマの血清はヒトの筋肉細胞量を増強する効果があるということ?

「増強」というのはミスリーディングで、実際には筋肉を構成するタンパク質が「壊れにくい」状態になったので、結果的に全体量が増えたというのが正確かと思います。筋肉の量というのは、筋肉を構成するタンパク質の「合成」と「分解」のバランスで決まります。今回の実験では、冬眠中のクマ血清を筋肉細胞の培養液に添加した場合、「分解を司る命令系が弱まる」ということが確認されました。


――今回の研究で他にどんなことがわかった?

筋タンパク質の「合成」についても同時に調べているのですが、そちらについては全く変化がありませんでした。ですので、先ほども申し上げた通り、「増強」された訳ではないと考えています。

冬眠は「全身的なエネルギー需要の低下」

――研究結果の中で興味深かった点は?

冬眠という現象は「全身的なエネルギー需要の低下」とも言えます。筋肉のタンパク質というエネルギー源を無駄遣いしない「省エネモード」を誘導する、もしくはそれを反映する「何か」が血液中に存在するというのは、大変興味深いことだと思います。この「何か」を発見できた訳ではないので、これを探索することが現在の研究テーマの一つでもあります。


――ツキノワグマの血清の特定物質以外にも、他の研究者の研究で冬眠中のクマの筋肉が衰えにくいと言われていた理由はある?

少し専門的になりますが、クマの筋肉に限定した研究であれば、例えば冬眠に伴って内因性カンナビノイド系(身体の中で作られる神経伝達物質の一種)というシステムが筋肉で変化するという報告や、冬眠に伴う酸化ストレスの減少が筋肉量の維持に貢献するという研究、microRNAと呼ばれる小分子RNAが筋肉量の維持に貢献する可能性を指摘した論文などがあります。

最近では、リスを対象にした研究で、冬眠に伴う腸内細菌の変化が窒素のリサイクルシステムを制御するという論文がScience誌に報告されました。窒素はタンパク質の材料となるアミノ酸を構成する分子で、その挙動は冬眠研究の長年の謎とされていました。冬眠中はエサを食べないし、ウンコもオシッコもしないので、窒素の出入りがどうなっているのかよくわかっていませんでした。クマでも類似した仕組みが存在する可能性は大いにあると思っています。


――クマ以外の冬眠する動物も筋肉が衰えにくいという研究結果はある?

リスやハムスターなどいくつかの冬眠動物で報告があり、程度に差はありますが、「衰えない/衰えにくい筋肉」であるという点は共通していると思います。野生動物であるクマを用いた研究は、遺伝的背景の不均一性やサンプル採取の困難さなど、研究を進める上で大変な点も多いため、我々の研究室でも、ハムスターなど実験室の中で冬眠誘導が可能な動物を使用した研究を行なっています。

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選手生命が伸びることはあり得るかも

――スポーツ選手がツキノワグマの血清を利用すれば、記録が伸びたり、選手生命が伸びることも将来的には考えられる?

クマ肉を食べたり、クマの血を飲めば記録や成績が伸びるかといったら、それは難しいと思います。先ほども申し上げましたが、今回の実験でも筋肉細胞の「増強」作用が認められた訳ではありませんし、摂取した成分がそのまま人間の体内に取り込まれて作用をする訳ではないはずです。「筋肉の衰えを防ぐ」という点からすれば、「選手生命が伸びる」ということはあり得るかもしれませんが、それは同時に「ドーピング」の規制対象にもなってくると思います。


――高齢者の寝たきり防止やリハビリへの応用はいつごろ実現できそう?

日本は既に世界一の高齢社会ですので、寝たきり防止やリハビリへの応用など健康寿命の延伸に繋がる研究を、可能な限り加速させることが望まれます。具体的にいつまでに応用可能かという点を申し上げるのは非常に難しいですが、冬眠誘導物質(冬眠を誘導する何か、もしくは冬眠によって誘導される何か)の発見など、ブレイクスルーになる進展があれば、実用化が大幅に近づく可能性もあると思っていますし、そうなることを目指しています。


冬眠中のツキノワグマの血清を、人間の筋力維持につなげるのはまだまだ時間がかかりそうだが、将来的には超高齢化社会のニッポンの助けになることを期待したい。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。

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