「空気の匂いが変わっている…」季節は完全に春になっていた。これは私が約2週間に及ぶ隔離生活を終え、北京の自宅を出ることが許された際の感想だ。なぜ感染もしていないのに自宅隔離をすることになったのか――それは中国の徹底したゼロコロナ政策によるものだった。
この記事の画像(7枚)「そこにいた」というだけで…
私が約2週間隔離することになったのは、4月3日の夜に北京市で最大級の商業ビル「望京SOHO」にある飲食店にいたというのが理由だ。
建築家のザハ・ハディド氏がデザインしたことでも知られる望京SOHOは、オフィスと商業店舗を統合した複合施設で、敷地面積115,392平方メートル、総建設面積521,265平方メートルと地域最大級だ。ここには数百もの企業と店舗があり1万人以上の人が働いているが、テナントの一つである洋服販売店のスタッフ1人が新型コロナウイルスに感染したことが確認された。
中国当局はすぐにこのスタッフの行動履歴を確認し、3月27日から4月3日までに望京SOHOに出入りした全ての人を強制的に隔離すると決めた。しかし、私がいた飲食店のあるビルと洋服販売店のあるビルは別の棟で、さらにその距離は100メートル以上離れている。この感染したスタッフとの接触も一切なかったが、こういった説明を担当者に伝えても「隔離は決まったこと」という一点張りで覆ることはなかった。結局、2週間自宅隔離をし、その間3回のPCR検査を受けて全て陰性であれば隔離が解除されるということになった。
「魂はまだそこで働いているというのか!」
ゼロコロナ政策を巡る余波は予期せぬ場所でも発生していた。当局は、感染者が出た望京SOHOにテナントとして入っている会社の社員の追跡調査を行ったのだが、その結果すでに退職して現在は望京SOHOで働いていない人までも隔離やPCR検査を受ける対象になった。当局が最新の名簿ではなく2年前の2020年の名簿に基づいて調査を行ったためで「今は働いていない」と訴えても聞き入れてもらえなかったそうだ。中国のSNSにはその対象となった人達から次のような憤りの声が投稿された。
「私は1年前に望京SOHOで働いていたがそれ以来行ってない。それなのにビッグデータに取られ3日間で2回のPCR検査をすることになった。私はもう望京を離れたのに、魂はまだそこで働いているというのか! とんでもない話だ!!!」
ゼロコロナ政策は世界経済にも影響
一方、人口約2500万人の国際商業都市の上海では、今もほぼ全市民を対象とする事実上のロックダウンが続いている。上海では連日2万人前後の新規感染者が出ていて市民からの悲痛な声は日々大きくなっている。封鎖の対象者が多すぎるため食料や日常品などの配給が十分に行き渡らず、多くの市民がこの“封鎖生活”に苦しんでいる。ここでは個人の権利などは一切なく「感染の抑え込み」という目的の為に徹底した行動制限を強いられている。
上海で事実上のロックダウンが続く中、4月18日に中国の2022年1月から3月期のGDP(国内総生産)が発表された。前年同期比4.8%と中国政府が目標として掲げる年間GDP5.5%前後を下回り、中国経済の減速感が明確になった。これにより、中国だけでなく世界経済が停滞する懸念も強まった。今年1月、アメリカの調査会社が2022年の世界最大のリスクに「中国のゼロコロナ政策の失敗」をあげ「より厳しいロックダウンが必要となり、サプライチェーン(供給網)の混乱が続く恐れがある」などとしていたが、現実の話になろうとしている。
ゼロコロナ政策は誰のため?
上海ではいつ終わるのかわからない“ロックダウン”に市民の我慢は限界を超え、さらにSNSには病気になっても病院に受け入れてもらえず死亡した話や自ら命を絶った話さえも出回っている。
習近平国家主席はこれまで、欧米諸国とは違う「体制の優位性」によってコロナの抑え込みに成功したという宣伝を国内外に繰り返してきた。実際、各国で感染者が何十万人、何百万人と出て多くの死者が出ていた際、中国はいち早く抑え込みに成功し、経済の落ち込みもすぐに回復している。しかしオミクロン株によって爆発的に感染者が増えるようになった今、ゼロコロナ政策に綻びが生じ、市民からは政策に対する非難の声が上がっている。
新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために行うロックダウンは、「そこに住む人々の命を守ること」が本来の目的のはずだ。しかし、ロックダウンそのものが人々を苦しめ、ウイルスによるダメージよりもゼロコロナ政策がもたらす人為的なダメージによって死者が出ているというのであれば本末転倒と言えるだろう。上海の現実を目の当たりにした習近平指導部がどう動くのか。正念場を迎えた中国のコロナ対応を世界が注視している。
【執筆:FNN北京支局 河村忠徳】
(トップ画像:SOHO中国より)