愛媛県新居浜市で半世紀以上続いた老舗おでん店が、3月いっぱいで閉店した。工業都市・新居浜の発展を支えた働く人たちを癒やし、多くの人に愛された老舗店の最後の日に密着した。
”夜の憩いの場”として半世紀以上
仕事帰りの会社員たちが店自慢のおでんを頬張り、一日の疲れを癒やす。新居浜市の中心部・泉池町の飲食店街に、ポツンとひとつだけ灯る「おでん」と書かれたちょうちん。
店の名前は「門平（もんぺい）」。店内は懐かしい昭和の空気が漂う。
常連客：
聖地的な所だったんじゃないかな。仕事終りにみんなが集まって酒を飲む、話をする。そういう場だったのかなと思いますけれど
店の主は、料理を作る落藤通正さん(80)と、おでん担当の妻・シヅエさん(80)。半世紀以上、工業都市・新居浜の発展を支えた会社員や常連客の「夜の憩いの場」を切り盛りしてきた。
門平・落藤通正さん：
歳ですからね。もう体が重労働ですからね
妻・シヅエさん：
致命傷は私が一番いかんの、体が。お客さんにジョッキとかお持ちできんから。潮時は潮時。本当は寂しいですけど、まだ口は立つし
落藤さん夫婦はともに80歳。長年の重労働で体がついていかなくなり、3月いっぱいで55年の歴史に幕を下ろすことになった。
常連の中には企業社長になった客も
門平は1967年（昭和42年）に、住友グループの工場に近い繁華街で開店。その後、現在の場所に移転した。
おだやかな店主の通正さんと、歯切れの良いシヅエさんの接客。そして、貝やタコなど多い時は50種類あったという「薄味おでん」が人気となり、地元の人はもちろん、出張で新居浜を訪れた人たちからも愛され、店はにぎわった。
閉店が間近に迫った3月下旬からは、地元客をはじめ東京や大阪などから、かつての常連客が店を訪れ、落藤さん夫婦と再会して閉店を惜しんだ。
常連客：
3月いっぱいで閉めるということなんで、どうしても最後に来たいと。僕は20歳くらいからなんで、30数年お世話になってますね
常連客：
私は昭和55年。もう40年から。住友関係の住友重機とか住友化学の若い子が来てて、2人がよう面倒見てあげよったからね。ようけ来よった
門平が開店した当時、新居浜市は住友グループの発展にともなって、人も街も活気にあふれていた時代だ。門平に足しげく通った当時の新入社員たちの中には、時代の移り変わりとともに出世し、企業の社長や重役に上りつめた人もいる。
門平・落藤通正さん：
若かった人が今、住友化学の社長になられたからね。本社の。いまだに来てくれたりするから。ありがたいですね
台風災害で床上浸水…閉店危機に客が大掃除
門平55年の歴史の中で、閉店の危機に直面したこともあった。2004年の台風による災害だ。
妻・シヅエさん：
平成16年に台風来たでしょ。あの時に床上浸水がここぐらい。店も家も浸かりましたしね
大雨で地区一帯は水浸しになり、隣近所の店は移転や閉店を余儀なくされた。気落ちしていた落藤さんだったが、門平は常連客の力で店を続けることができたという。
門平・落藤通正さん：
やめたつもりだったんです。家で寝よったら、お客さんが大掃除しだしたから。また開けたんですけど
妻・シヅエさん：
みんなに愛されて55年です
昭和、平成、令和と見続け「一期一会で頑張った」
3月31日、門平の最後の日。
門平・落藤通正さん：
おでん作りもって涙出るんですよ。最後の一本のすじ肉のおでん、誰が食べてくれるだろうね
雨の中、最後のちょうちんを出す。
門平・落藤通正さん：
最後ですね。これ、下ろしたら終わりですから。営業します
店には、常連客が最後の一杯を味わおうとやってくる。
常連客：
とりあえず、すじと大根とたまごください
常連客：
これ、僕の蔵のお酒なんで。作ったん、これ。新酒
そして、閉店時間の午後10時、最後の時を迎えた。
門平・落藤通正さん：
どうもありがとうございました。これにて、のれんをたたみます。どうもありがとうございました
新居浜で働く人たちの成長を見続けた落藤さん。大切にしてきたことは、お客さん一人一人との出会いだった。
門平・落藤通正さん：
お客さん大事にしてあげたからね。若い時、新入社員を大事にしたから、だんだん社長になってくれてね。一期一会で頑張ったんですけど、最後は感謝に変わりましたね。感謝感謝で終わりました
長年、店先をともし続けてきたちょうちんにも…。
門平・落藤通正さん：
ありがとう言わないかん、ちょうちんにもね。ありがとうございました
客を愛して客に愛された老舗店が、またひとつ静かにあかりを消した。
（テレビ愛媛）
