ウクライナの首都キーウ近郊の町ブチャで、ロシア軍による民間人の大量虐殺が発覚し、国際社会に衝撃を与えた。ロシアの根底にはどのような意図や精神性があるのか。

BSフジLIVE「プライムニュース」では、ロシアの軍事・安全保障研究の専門家である畔蒜泰助氏と小泉悠氏を迎え、経済制裁の効果、日本とロシアの関係の現状を含めて議論した。

虐殺を頑なに否定するロシア政府は、国内世論を意識

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長野美郷キャスター:
ウクライナの首都キーウ近郊の町ブチャにおける民間人の大量虐殺を受け、国連安全保障理事会が緊急会合を開催。ゼレンスキー大統領がオンライン演説でプーチン大統領を激しく非難した。一方、ロシアのプーチン大統領は「ウクライナ当局による乱暴で恥知らずな挑発だ」と主張。多くの映像が出ても頑なに認めないロシア、プーチン大統領の姿勢について。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
予想通り。もちろん西側に対する反発だが、同時にロシア国内へのメッセージ。それに基づいてナラティブを形成している。

反町理キャスター:
プーチン大統領は、情報戦における逆襲を図ろうとしている?

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
国内情報戦と国際情報戦がある。国内情報戦では。ロシアのテレビでは道に転がっている遺体、明らかに拷問されて亡くなったと思しき人などについても、ウクライナ側がやったと言っている。ウクライナの政府や軍隊はかつてのナチスみたいな連中であると連日報じており、ロシアの視聴者からすれば、日々起きていることがそのように見えていると思う。他方、国際情報戦では、少なくとも西側諸国の圧倒的多数の世論はロシアがやったと考えている。ロシアもこれを変えようとはせず、織り込んでいる。

反町理キャスター:
ロシア軍が南部のマリウポリに移動式の焼却炉を設置した。そして、マリウポリ市内に多く残された民間人の遺体を、ロシア系と見られる人たちがトラックで回収しているという情報がある。遺体を焼却しているのではという憶測。国際世論の批判をプーチン大統領自身も気にしていて、先手で証拠隠滅を図っているように見える。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
ジェノサイドをやったと認定されてしまえば、ロシアが戦争を始めた大義名分がひっくり返ってしまう。過激なナショナリストとネオナチ主義者にコントロールされたウクライナ政権によってジェノサイドが行われており、それを救うための作戦という話だったのが全く逆転してしまう。そうならないための工作をすることは十分考えられる。

長野美郷キャスター:
国際人道法では、攻撃の目標は軍事目標に限定されるというルール設定。これを理解しているはずのロシア軍がなぜ大量虐殺を行ったのでしょう。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
ロシア軍は過去にもこのルールを守っていなかった。直近では、2015年から始まったシリア作戦で子どもや女性を含む民間人を大量に殺傷し、同盟軍であるアサド政権軍が大量に毒ガスを使用することを黙認してきた。これは住民たちを絶望させるためにやっている。つまり、まともな神経を持った人間は到底耐えられないような状況を作り出し、戦闘を継続する意思を持てなくさせる。非常に不愉快な話だが、軍事的合理性はあった。

占領下で拉致、拷問、処刑することもチェチェン戦争でずっと行われてきたが、今回ほどの騒ぎになっていない。ヨーロッパで白人が死ぬと騒ぎになるという一種の差別性もあるが、いずれにせよロシアはずっとやってきている。

反町理キャスター:
最初に侵攻してきたときの若いロシア兵にはいい人もいたが、しばらくしてやってきた古参兵が非常に荒っぽいことをやるようになった、という話がある。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
まず正規軍が入ってくるが、正規軍はさらに前線に向かって移動する。後ろから治安部隊、情報機関のような人達が来る。この人たちの任務は戦うことではなく、監視したり人々を恐怖で押さえつけること。今回のブチャでも、生存者の証言によれば、どうも情報機関の人間が入ってきて、意図的に人々に恐怖を与えるために虐殺をした。

国民を含め、ロシアの根底にあるのは西側諸国からの疎外感

長野美郷キャスター:
西側諸国からの経済制裁について、プーチン大統領が国内の会議で言及。「西側諸国は経済・エネルギー・食料政策の間違いをロシアに転嫁しようとしている。諸刃の剣であることを忘れてはならない」など。この発言をどうご覧になりますか。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
もちろん経済制裁が効いていると思う。プーチン大統領が言いたいのは、西側諸国にとっても副作用はあるということ。確かに今、エネルギー価格も上がっており、またロシアは小麦や肥料の生産国。双方に痛手があると。一方、ロシア国内では、国会議員が作物を植えるために連休を延ばす提案をするなど、食料価格の高騰に備えようというモードになっている。

反町理キャスター:
物価高騰は西側諸国のせいにして、国民には作物を植えろと。まさに戦時経済。ここでの83%の高支持率をどう見ればよいか。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員
畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
そこがロシア。ロシアには、自分たちは常に西側から悪者にされ、辛くあたられ、のけ者にされているという意識がある。

長野美郷キャスター:
仲間に入りたいんですか。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
仲間に入りたいが、条件を呑んでもらえなければ入りたくない。NATO(北大西洋条約機構)の拡大をやらないと法律で明言することなど。問題の根底にあるのは、冷戦時代も冷戦後も、ヨーロッパの安全保障、秩序における意思決定にロシアが参加できない状況が続いていること。ロシアの意識の根底にはある種の疎外感があり、国民も一定の年齢層の人たちは共有している。だからプロパガンダも含め、ロシアのレトリックを聞きやすい。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
2000年代初頭にプーチン大統領が、ロシアのNATO加盟も論理的にはありえなくはないと言ったこともある。だがロシアは、当然アメリカやイギリス並みの待遇でなければ満足できない。「一見さんお断り」みたいな待遇をされて機嫌を損ねたように見える。また、NATOは民主主義国の同盟という価値観同盟で、単なる軍事的にバランスを取るための同盟ではない。だがロシアは当然、西側流の民主主義を100%やる気はない。だからロシアがそのまま西側の社会に入ることは現実的に困難だったと思う。

反町理キャスター:
なるほど。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
2012年にプーチンが首相から大統領に復帰した後から、ロシアは「経済制裁はロシアを弱体化するためのアメリカの陰謀だ」という見方を強めてきた。ロシアの国家安保戦略や軍事ドクトリンにも書いてある。西側がロシアの力を削ぐために、あらゆるところで嫌がらせを仕掛けてきているという世界観がある。為政者がプロパガンダとして国民に見せるにしても、たぶん6〜7割ぐらいは本気でそう思っているのではという感じがする。マインドが冷戦のまま。

日本のロシア制裁はプーチンの国内基盤にダメージ

長野美郷キャスター:
ロシアは、日本の対ロシア制裁に対抗措置を取ると表明。ロシア外務省のザハロワ報道官は「日本の現政権は、前任者たちが長年に渡って築いてきた互恵的な協力関係の前向きな発展を一貫して破壊し続けている」と発言。これに対し、松野官房長官は「日本側に責任を転嫁しようとするのは極めて不当であり、受け入れられない」と反論。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
ロシア側が最も反発したのは、プーチン大統領自身に対して制裁をかけた点。領土問題を含めて決定できるのはプーチンだけであり、交渉しませんと言ったに等しい。日本はそれを覚悟で踏み切ったと思うが、まさにその延長線上にザハロワ報道官の発言がある。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
畔蒜さんがおっしゃったように、プーチンに制裁をかけることの意味。ロシアでは国家の長が国家主権を体現しており、特にプーチンは非常にメンツを重んじるリーダーで、制裁は国内の威信にもかかわってくる。我々は外交安全保障政策のつもりで制裁を科しているが、プーチンにしてみると自分の国内基盤を崩されかねず、黙っていられない。日本からの制裁にかなりショックを受けているし、効いてもいるということ。

反町理キャスター:
野党・公正ロシアの党首が「北海道の領有権がロシアにあるという、学識経験者の意見もある」と急に言い出した。ロシア政府の反日感情の高まりと連動していると見てよいか。

畔蒜泰助 笹川平和財団主任研究員:
そう見るべき。すぐにロシア軍が北海道を占領しに来るということではないが、少なくとも日露関係が非常に悪化していることを間接的に伝えたいという意図。

BSフジLIVE「プライムニュース」4月7日放送