2022年1月、中国のSNSに投稿されたある映像が社会に衝撃を与えた。女性の首には鎖が繋がれ、ドアもない粗末な小屋に1人で放置されていた。江蘇省の村で撮影されたもので、その頃の気温は0℃前後だったにも関わらず、女性は薄手のトレーナー姿だった。また女性の歯はほとんど抜け落ちていて、映像を撮影した男性の問いかけにも応じることはできず、意思疎通はできなかった。

女性が監禁されていた小屋(中国SNSより)
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SNSで一気に拡散…当局は火消しに

実はこの女性には夫がおり、その夫は「8人の子供を育てる父親」として地元では有名な存在だった。夫は「中国の少子化を救う救世主」などと扱われ、地元企業の広告にも起用されていた。

しかし、鎖に繋がれた女性の映像がSNSに投稿されると「人身売買ではないか」「女性は誘拐されてきたのでは」といった批判的な声があがり、さらに8人の子供がいることから「性的虐待では」という声もあがった。

対応に追われることになった地元当局は、当初「これは人身売買ではない」と疑惑を否定していた。そして「女性は元々路上生活者だったが、夫の父親に拾われて一緒に暮らした」「女性と夫は合法的に結婚した」「8人の子供は2人の子供」などと説明をした上で、女性が鎖に繋がれていたのは「女性には精神疾患があり高齢者と子どもを殴ることがあった」と、鎖での拘束を正当化した。

しかし、この説明に対してネット上では批判の声がさらに大きくなる。これを受けて江蘇省政府が介入し再調査を行ったところ、一転して「人身売買事件」として断定され、夫は監禁の疑いで逮捕された。さらに地元政府の職員17人も処分される大事件となった。

不法監禁の疑いで逮捕された夫(中国SNSより)

“転売”された女性

江蘇省政府による再調査で、さらに衝撃的な事実が明らかになった。
女性は発見された江蘇省から約2000キロ離れた雲南省出身で、今回の事件を含め3回売られていたことが判明した。女性には精神疾患があったが、1998年にある女性に「病気を診てあげる」とだまされて村から連れ出され、江蘇省にいた別の男性に約9万円で「嫁」として売られていた。(1回目)その後女性は逃走したが、今度はある夫婦に発見され1カ月後に工事現場の男2人に売られ、(2回目)さらにその後、男らによって夫の父親に売られたというものだった。(3回目)

「一人っ子政策」の闇 “買う側”への軽い刑罰

中国ではこうした、女性や子供の誘拐や人身売買が1980年代から90年代に多く行われ、その影響は農村部を中心に今も残っていると言われる。

監禁の疑いで逮捕された夫が逮捕前、顔を隠すことなく堂々と地元企業の取材に応じているのは「女性を買うこと」に対して罪悪感が一切ないことを意味していると言える。背景には中国が人口増加を抑制するために行った「一人っ子政策」が関係している。この政策によって中国では「跡継ぎ」となる男児を望む傾向が強くなり、特に農村部では跡継ぎとなる男児が生まれない場合どこからか別の男児を連れてきたり、また跡継ぎの男性に結婚相手がいない場合は今回のように女性を買って連れてくるケースがあったという。

逮捕された夫は8人の子供を授かった理由について「自分が33歳にもなって結婚していなかったのを皆に馬鹿にされたから」と話していて、妻に対する愛情などは一切語っていなかった。

首都・北京で子供を持つ母親や女性に今回の事件について話を聞くと、ほとんどの女性が「人身売買という誘拐犯罪に対する刑罰が軽すぎる」と話した。

中国の法律では、女性・児童を誘拐し売った場合は「懲役5年以上10年以下」。また3人以上を売った場合などは「10年以上の懲役」となり、悪質だと「死刑」も適用される。しかし「誘拐された女性や児童を買い取った罪」に関しては「3年以下の懲役・禁固など」とされている。これは、稀少動物の売買(5年以下の懲役)や稀少植物の売買(7年以下の懲役)よりも軽い刑罰となっている。

全人代に出席する李克強首相(2022年3月)

人権問題の扱いは変わるか?

中国では習近平国家主席が掲げた「共同富裕」というスローガンのもと、貧富の格差を是正し全ての人が豊かになることを目指していた。しかし、今回発見された女性の姿や境遇が中国社会に与えた影響は非常に大きいものだった。

これを受けて、2022年3月に行われた中国の国会にあたる全人代=全国人民代表大会では中国共産党ナンバー2の李克強首相が「人身売買事件の厳罰化の必要性」を強調するなど新たな動きも出ている。さらに中国当局はこうした人身売買や誘拐を防ぐため「未解決の誘拐事件の再捜査」や「行方不明の子どもの情報のインターネット公開」「血縁関係者を探すためのDNA検査場の全国設置」などを進め、その結果、2021年1年間で行方不明者1万932人が発見された。中には74年間行方不明になっていた人もいたという。

中国では経済大国になった今も、ウイグル族など少数民族の問題や元副首相による性的関係強要を告白した女子テニス選手の問題など、人権の軽視がたびたび批判されている。今回の事件は、こうした中国の「歪み」が表面化したものと言えるだろう。

今後、中国における人権問題の扱いは変わるのか。法律を厳罰化してもそこに需要がある限り、誘拐や人身売買の犯罪がなくなることはないだろう。異例の3期目入りを目指すといわれる習主席にとって何よりも重要な「国内の安定」維持は今後の政権運営にかかっている。

【執筆:FNN北京支局 河村忠徳】

河村忠徳
河村忠徳


FNN北京支局特派員。これまでに警視庁や埼玉県警、宮内庁担当と社会部畑を主に歩む。また報道番組や情報制作局でディレクターも担当。

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