2019年10月に発生した東日本台風。福島県須賀川市でも浸水被害が相次ぎ、関連死の1人を含めた3人が死亡。1000を超える家屋が被害を受けた。
この記事の画像(15枚)自宅浸水も音聞こえず、避難所でも状況つかめず
阿武隈川に近い須賀川市市野関地区。この地区に住む吉田典昭さんの自宅は、床上70cmまで浸水した。
吉田典昭さん:
水が自分の腰くらいまで来て、本当に不安でした。まさかブロックを乗り越えてくるとは思わなかったし、鳥肌が立ちました
しかし、耳が不自由な吉田さんは早期に避難することができなかった。
吉田典昭さん:
私たち夫婦2人とも、ろう者なので、雨がどれくらいの強さで降っているか、耳からの情報がない。隣の人が「ドンドン」と教えてくれたんです、戸を叩いて。チャイムも押してくれたらしいが、それにも気づかなかった
偶然、早朝に目覚めて浸水に気づき何とか自力で避難できた吉田さん。しかし、避難所でも困難が待ち受けていた。
食糧の配布など大切な情報は「音声」で伝えられるため、状況をつかめず孤独だったと当時を振り返る。
吉田典昭さん:
私たちは、ただひたすら耐えるだけでした。何しろ周りからの情報提供がなかったので、ただただ我慢するだけだった。ストレスが続いていたと思う。耐えられなかったと思います。2日、3日と続いていたら
物が水に浮いて気が付き…救助要請も困難
福島県障がい者総合福祉センターによると、県内で耳が不自由な人は6650人。東日本台風では多くの聴覚障害者が危機に直面していた。
佐藤邦子さん:
ベッドが揺れるような状態だったので、何だろうと思ったら水が上がっていて。みんな物が浮いている状態だった
福島県郡山市安積町に住む佐藤邦子さん。自宅が床上1メートル以上浸水し、半壊の被害を受けた。
一緒に暮らす夫も聴覚障害があり、県外に住む息子たちが駆けつけようとしたが、一帯が浸水していて近付けずに断念。救助を要請しようとしたが、文字でやり取りできる頼みのFAXは水没して壊れていた。
その時に命を救ったのが、郡山市が3年前に福島県内で初めて開始したあるサービスだった。
ビデオ通話の「遠隔手話」でSOS
離れた場所から手話で伝える、郡山市の「遠隔手話サービス」。スマートフォンやタブレットを利用し、ビデオ通話で遠隔地にいる市の職員でもある手話通訳者と、手話でコミュニケーションが取れる。
手話通訳者の1人、渡辺ひろみさんは、実際に佐藤さんからのSOSを受け取り消防に通報した。
郡山市障がい福祉課・渡辺ひろみ専任手話通訳者:
2階から水が上がっている様子もテレビ電話越しに見えましたし、どうしたらいいかわからないという不安な様子もあったので
この連絡がきっかけとなり、佐藤さん夫婦は無事消防にボートで救助された。
佐藤邦子さん:
遠隔手話サービスがなければ諦めるしかない。方法がない、声も出せないので…
7年前に東北で初めて手話言語条例を制定し、手話を使いやすい環境づくりに力を入れてきた郡山市。SNSやメールが広く浸透しているが、聴覚障害者にとって手話は「特別な言語」となる。
佐藤邦子さん:
文章でも読めばわかります。でも危ないとかすぐに避難してくださいとか、そういう固い文章ではどれくらい危険性があるかわからない。だから、手話でこのように強く表現してもらうことで危険性がわかる
高齢化も課題 聴覚障害にとっての“避難の壁”
「遠隔手話サービス」が東日本台風で活用された経験から、郡山市は手話通訳者がタブレットを交代で常備。災害などの緊急時にも迅速に対応できる体制を整えた。しかし、まだ課題が残っている。
郡山市障がい福祉課・岩崎由美子係長:
高齢化が進んでいて、携帯電話を持てなかったり使えなかったりする方も多くいらっしゃる。遠隔手話サービス自体の利用につなげられないところが、大きな課題としてあります
誰一人逃げ遅れない、取り残さない社会を築くために。「音声」だけに頼らない多様なアプローチ方法も求められている。
佐藤邦子さん:
本当に身振りだけでもいいので。「OK」とか「寒いね」という身振りでいいので、そういうことも遠慮しないで話しかけてもらえればいいなと思います
耳の不自由な人にとって避難の壁となるのは、大きく「気付き」「救助」「避難所」の3つ。
【避難の壁(1)気付き】
雨やサイレンの音などが聞こえない中で、どうやって異常に気が付くか。同居家族や隣近所のサポートが重要となる。あらかじめ地域や家族の話し合いの中で、障害者の耳や目の代わりになる人を決めておくことが大切。
【避難の壁(2)救助】
郡山市の佐藤さんの命を救った「遠隔手話サービス」は災害用ではないが、福島県内40市町村で導入されている。
また、消防へ直接通報できる仕組みもある。事前に登録しておけば、ボタンを押して回答するだけで簡単に通報ができる。福島県内では双葉地方以外の消防本部で導入されているが、スマートフォンを持っていない人や操作が苦手な人もいるので、自力での避難が難しい人を自治体も把握しておく必要がある。
【避難の壁(3)避難所】
あらかじめ一人一人の避難場所や方法を決めておく「個別避難計画」の作成が、2021年に努力義務化された。だが、2020年10月時点で策定が完了している市町村は少ない。そして、避難所で情報を得るのも簡単ではない。要支援者の避難は、市町村長のリーダーシップがなければ進まない。
公助と共助の連携で、避難の壁を取り払うことが大切だ。障害者に「孤独の壁」を感じさせないためには、周りのサポートが不可欠。一人一人の心ある呼びかけがあって乗り越えられるものだろう。
(福島テレビ)