仙台市で子供たちに震災授業

笠井信輔アナウンサーは宮城県仙台市を訪れました。小学校で震災について授業をすることになったのです。
笠井さんは、全国の人々に講演という形で、震災報道の役割を語り続けています。

震災から11年経った今、笠井さんが子供たちに伝えようとしているのは何なのでしょうか。

笠井信輔アナ:
精いっぱい、お子さんたちに津波の怖さと現状をお伝えできればなと思って、そんな授業にしようと思っています。
 

津波の怖さを子供たちにも伝えなければというメディア人としての使命感でした。

岡田小学校は海岸線から、約2.8キロメートルの場所。200人以上いた児童のおよそ半数の家が全半壊の被災をしました。震災後、仙台市内の小学校は統廃合が進み、岡田小学校は、津波被害を受けた小学校では唯一残った被災校となりました。

この学校と交流を続けてきた笠井さんが5年生と6年生に震災についての授業を行うことになったのです。

出迎えてくれたのは熊谷敬子校長。

熊谷校長:
震災の体験をしている保護者の方に育てられているので震災のことについては、皆さん、心の傷をもっていらっしゃる。その中で育っているということなんですね。

子供たちに丁寧に考えさせながらやっていく。ただ、津波のことについてはちょっと、丁寧に扱っていますけども。

笠井信輔アナ:
丁寧というのは、慎重ということですか?

熊谷校長:
そうです。
 

熊谷敬子校長
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熊谷校長は、震災当時仙台市の内陸の学校に勤めていたため直接津波に遭うことはありませんでした。

熊谷校長:
私たち教職員というのは、異動しているので、震災の時どうだったかというのは、実は分からない部分がありました。でも、笠井アナウンサーは岡田小学校で避難所で、どんなことが行われていたか、どんな風に人々が助け合っていたかも分かってらっしゃる方なので、震災の時にどうだったかというのをお話しいただけたらいいなと思っています。
 

当時1歳だった児童に初めて見せた震災当時の写真

いよいよ、笠井アナの授業が始まります。6年生、34人に向けての授業です。
子供たちは何を学ぶのでしょうか…

その中のひとり、藤島にこさん。震災当時まだ1歳だったにこさんはあの日、自宅でお母さんと一緒に地震に遭遇、すぐに岡田小学校に避難したといいます。授業の前日にご自宅を訪ねました。

にこさんの父 藤島達也さん:
嫁と、にこは、小学校に避難して、そこで津波が来たっていう状態ですね。私は仕事場にいて、逃げられない状態、離れ離れみたいな感じではあったですね。
 

にこさんはようやく歩き始めたばかり…何も覚えていないと言います。

藤島にこさん:
(震災のことは)2年生、3年生くらいに知ったのかなと思います。
 

11年前…津波が襲いかかったのは、藤島さん一家が、新築の家に引っ越してきた、わずか1か月後のことだったのです。

にこさんの父 藤島達也さん:
ぐちゃぐちゃになっている状態を目の当たりにした時のショックというのかな、それをじゃあ、見せられるかと言ったら見せられないなというのがあって
 

今回、両親は笠井さんの授業が行われるのを機に、にこさんに当時の写真を初めて見せることしました。

海から2キロほど離れた自宅周辺には、魚がうち上げられていました。また別の写真は、近所の家の浴室が津波によって運ばれた泥で埋め尽くされています。

にこさんの父 藤島達也さん:
泥のお風呂だよ。これみてさ、この家に住もうと思う?

藤島にこさん:
思わないかも
 

初めて見る光景ばかりでした…

藤島にこさん:
悲惨だったというか、すごく怖いなと思いました。これが急に来るというのはすごく怖いなと思いました。
 

「津波の動く映像を、見てみたいと思う人?」に子供たちは…

子供たちに震災の記憶をどう伝えていくのか、それぞれの家庭で、いろいろな葛藤があるようです。津波の怖さを伝えたいと言っていた笠井さんはどのように“怖さ”を伝えるのでしょうか。

笠井信輔アナ:

津波の2日目、3日目に私はこの岡田地区にやってきて取材を始めました。皆さんの家の周りがどんな当時様子だったのか、ご覧いただきます。
 

それはフジテレビに残る、11年前に笠井アナが取材した映像でした。記憶に残っていない光景を、食い入るように見つめる子供たち…

笠井信輔アナ:
おそらく皆さんは動く映像としては初めて見たのではないかなと思います。映像を見て、感想、意見のある人はいますか?

児童:
そこまで津波が怖いものだったというのを改めて感じました

笠井信輔アナ:
どこもシーンとしています。犬も猫もいないし、鳥もさえずりません。車も動いていない。遺体の捜索を、あるいは行方不明者の救出活動をやっていて、もう、シーンとしております。そういう中で、ああいった光景を見ていると、本当に怖くなりますし…
 

笠井さんは子供たちにこう尋ねました 

笠井信輔アナ:
皆さんは、東日本大震災の津波の動く映像を見たことがありますか?見たことがある人、手を挙げて
 

ほとんど手は挙がりませんでした。
多くの子供たちは津波の映像を見たことがありません。そして…

笠井信輔アナ:
テレビでも津波の映像はほとんど流しません。それは、それを見て傷つく人がいて、また、思い出してしまう人がいるからということで、見せないんですが…
ここで聞いてみます。津波の動く映像を、見てみたいと思う人?
 

ほとんど手は挙がりませんでした。

笠井信輔アナ:
じゃあ、どちらかというと、見たくないと思う人?
 

ほとんどの子供は…津波の映像を見たくないと答えました。

笠井信輔アナ:
どうして見たくないなと思いました?

児童:
「ほかの家とか、自分の家が壊れるのを見たくないし…」
「実際に覚えてなくても、親とかがそういう場面にあっているから、あまり見たくはない」

笠井信輔アナ:
ありがとうございます。正直なところを話してもらいました。
 

自分の街が壊れてゆく…自分の親が生活を失う…そんな姿を見たくない…それが被災地の子供たちの気持ちでした。
この日は津波自体の映像を使うことなく“津波の怖さ”を説明しました。

笠井信輔アナ:
津波ってとても川のような流れなので、30センチでも子供は流されます。だから、30センチなめちゃいけません。70センチは健康な大人でも流されてしまいます。耐えられません。あまりにも勢いが強くて。
 

そしてたくさんの被災者を取材した笠井さんが最後に子供たちに伝えたのは…

笠井信輔アナ:
家族全員いったん小学校に避難してきた。よかった。でもジャンパーをとってくるねと言って、お母さんが家に一回戻りました。

でもお母さんは、津波にあってしまって。だから、一回避難したなら戻っちゃダメなんですよ。そこはとても大事なところでして、家にお金をとりに戻ろうとしたら、子供から「戻らないで、離れないで」と言われたから、戻らなかったんです。

それで助かりましたという話も聞きました。お子さんたち、皆さんも力を持っています。お父さん、お母さんを止める、一番正しい、“怖いという気持ち”から正しいことを言えるのは子供かもしれないんですよ。
 

それは“地震、津波を、怖がることの大切さ”でした。授業を受けた子供たちは…

児童:
「そこら辺の田んぼにいろんなものがあって、津波の威力ってすごく怖いんだなって実感していました」
「津波の高さとかも考えていたのと全然違うし、想像していなかったのでビックリしました」
 

そして、にこさんは…

藤島にこさん:
避難の仕方とかっていうのをちゃんと学んだりとか、そういうこととかも学んで、実際に津波とか地震が起きた時に、どうすればいいのかっていうことを、伝えられたり、実践できたらいいなって思っています
 

あの教訓を次の世代にどう伝えていくのか

笠井アナはスタジオで次のように語りました。

笠井信輔アナ:
東北3県、10年渡り歩いていて、もうハード面ではほぼ整備は終わっている。これからソフト面をさらにどう充実させていくかということで、これからとても大事なのは、あの教訓を次の世代にどう伝えていくのか。

そうなってきたときに今の子供たち、例えば小学生っていうのは、当時は赤ちゃんかお腹にいたっていう状況で、体験しているといっても全く記憶のない状況。その子たちがさらに下の世代に伝えていかなければいけないわけですよ。

震災の2日目から1カ月ほど現地で取材をしていた体験を自分は子供たちにストレートに伝えなくては、君たちがその次の世代に伝えるんだよってやろうと思っていたんだけど…

津波の映像を見たことありますかって聞いたら、みんな見たことないって。やっぱりと思って、じゃあ 見たいですか?といかにも映像を用意しているかのように聞いたんですよ。子供って興味本位とかありますからね。しかもストレートに本音ですから「見たい見たい」って来るかと思ったら、ほぼ全員が6年生も5年生も、見たくないですって。しかも元気なく手を挙げるわけ。

分かっている。どれだけのことがこの地域を襲ってどれだけの怖さを、そして大人たちがどれだけ怖がっているかというのを分かっていて「なんで津波の映像を見たくないの?」って聞いたら「人が流されるところを見たくない、家が壊れるところを見たくない」って具体的に言うんですよね。そうなのかと。ちょっと、自分の浅さを感じました。

渡辺和洋アナ:
ちょっと想像を超える子供たちは受け止めをしているという。

笠井信輔アナ:
いろんな情報とか雰囲気とかから、子供ってくみ取っているんですよ

渡辺和洋アナ:
実際に被災された方、そうじゃない方いる中で。一方で意識としては、やっぱり差があってはいけない

笠井信輔アナ:
そうなんですよ。地域格差がどうしても生まれている。一年ぶりに仙台に入って思ったことは、防潮堤、かさ上げ道路、いくつも守られている中。津波タワーという避難するタワーが本当にたくさんあるんですよ。いま津波が来てもすぐに大丈夫だなという状況にある。東北は備えが万全になっている。じゃあ、西はどうなんだというときに、関西から西のテレビ番組ほど津波の映像を流してみてはどうですか?とかね。

この教訓をどう伝えていくかということをやるには、我々放送事業者が担っている責任もとても重い。それは、私たちは当時の映像を持っている。今回授業をやって、私の言葉以上にやっぱり当時の動く映像が、写真で見たことあったけど全然違うってお子さんたちみんな言いましたから。岡田の被災の状況を。そういうこともね、放送事業者はやるべきなんだよね。自由に貸しますよと。

(「週刊フジテレビ批評」3月12日放送より)