私が中国の上海に赴任したのは2020年8月末のこと。入国者を最低2週間部屋から一歩も外に出さない厳格隔離はすでに始まっていて、中国が推進する「ゼロコロナ」政策の一端を体験した。一方で、隔離を終えて初めて外を歩いた時の衝撃は、今なお記憶に新しい。

水際対策と“封じ込め” 中国式ゼロコロナ政策

当時、すでに半年近く「市民感染者ゼロ」が続いていた上海の街や通勤風景は、人と活気にあふれていた。コロナ前と違いがあるとすれば、公共の交通機関でのマスク着用ぐらいだ。なぜこれほどまでに日常が取り戻せているのかと上海市民に聞くと、先に述べた水際対策の他に感染者が出た時の対応のスピーディーさを挙げる人が多い。

ラッシュアワーの時間帯の地下鉄車内(2020年9月撮影)
ラッシュアワーの時間帯の地下鉄車内(2020年9月撮影)
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個人情報を当局が徹底して管理しているとされる中国。上海では市民から感染者が出た場合、「感染者の濃厚接触者」さらに「濃厚接触者の接触者」までがすぐに特定され隔離対象となる。

私の知人の中には、たまたま乗ったタクシーの運転手が後日「濃厚接触者」と認定されたがために、12月下旬の真夜中に「濃厚接触者の接触者」として突如隔離された人もいた。クリスマスはもちろん、年越しから正月三が日の間も家族から引き離され、ただ一人隔離ホテルで過ごすことになったそうだ。

隔離対象者には複数回PCR検査が行われる他、感染者や濃厚接触者の居住地区・集合住宅などは一定期間丸ごと封鎖される。封鎖されれば、エリア内にいる感染とは無関係であろう住民にもPCR検査や封鎖区域外への外出禁止が課せられる。

感染者発生で封鎖された上海の市街地(2021年1月撮影) 
感染者発生で封鎖された上海の市街地(2021年1月撮影) 

水際対策によって、まずは海外からのウイルス流入を防ぐ。そして万一、市中感染が発生すれば感染の起点などを特定し、「私権」を制限した上で封じ込めを図る。これが中国式ゼロコロナ政策の真骨頂であり、上海はもちろん中国でみられる「普通の生活」の背景には、そんなある種の犠牲と自分がいつその対象になるか分からないプレッシャーが常にある。

日々の上海市政府発表などをもとに、赴任後記録を続けてきた取材メモを改めて見直すと、数々の変異株の出現、とりわけ感染力も重症化率も高いとされたデルタ株による感染者の発生、海外からの玄関口となっている浦東国際空港、さらには上海ディズニーランドで客が陽性となり来場者に行われた大規模PCR検査など、感染爆発を起こしてもおかしくない難局はいくつもあった。

それでも2021年に発表された上海の市民感染者数(※無症状除く)は、合計39人しかいない。日本人から見れば、ゼロコロナ政策に伴う心理的な負担、さらには当局発表の数字の信ぴょう性を差し引いたとしても非常に少ない。感染コントロールの優等生的存在とされてきた上海では、とりわけゼロコロナ政策の支持者は多い。

ディズニーランドで大規模PCR検査が行われたのはハロウィンの夜だった(2021年10月・中国のSNSより)
ディズニーランドで大規模PCR検査が行われたのはハロウィンの夜だった(2021年10月・中国のSNSより)

「オミクロン株」到来に揺れる上海

2022年1月中旬、そんな上海に異変が起き始めた。初めてオミクロン株による市中感染が確認されたのだ。場所は上海中心部にある繁華街のミルクティー店で、小さな店の住所地だけがリスク地区に指定されたことから「中国最小のリスク地区」などとネット上でも話題になった。

当局発表によると、感染の起点と目されるのはアメリカから帰国した中国籍の留学生で、2週間の強制隔離を終えた後の1週間の健康観察期間中に陽性が確認された。この留学生の濃厚接触者として検査対象となり陽性確認されたのが、前述のミルクティー店の店員たちだった。

健康観察期間中はPCR検査などを除いて、原則、滞在先の自宅やホテルに留まることを求められるが、強制ではなく日本でいう帰国後の自主待機に近い感覚だ。

このケースの直前にも健康観察期間中の外出が問題になった事例が複数あった他、まさに北京の冬季オリンピック直前だったこともあり、上海市当局は健康観察期間中の行動に問題が確認された場合、法的責任を追及すると発表した。「中国最小のリスク地区」と評されたミルクティー店は板張りされ、見た目の上でも感染封じ込めへの強い意志、もっと言えば願いに近いものも見て取れた。

感染者判明後”板張り”の状態で封鎖された店(2022年1月撮影)
感染者判明後”板張り”の状態で封鎖された店(2022年1月撮影)

しかし、ことはそう簡単には運ばなかった。3月に入ると、市内のダンス教室でオミクロン株による集団感染が発生したのに続いて、スーパー、タクシー運転手からの派生事案、小学校など、連日、新規の市中感染者の発生が続いている。

3月1日~15日の14時までに確認された「症状あり」の感染者数は94人。この2週間で、2021年1年間の「39人」の倍以上の感染者が出た。さらに特筆すべきは「症状あり」の感染者の9倍以上の無症状感染者が報告されていて(累計861人)、全感染者の主なウイルスはオミクロン株の「BA・2」、いわゆる「ステルスオミクロン」だというのだ。知らず知らずのうちに感染者はもちろん、より厄介なウイルスと接触するリスクがかなり高まっているとも言え、私の赴任後、最悪の状況なのは明らかだ。

15日の記者会見で、当局者は「今のところ上海にロックダウンの必要はない」と答えたが、市内では建物や居住区の封鎖が相次でいる。また、当局が公共の交通機関の利用を控えるよう呼び掛けたこともあって、市内の大動脈の地下鉄の客足は確実に減り、上海赴任後はあまり聞くこともなかった在宅勤務を導入する職場がかなり増えている。

本来ラッシュアワーの時間帯だが地下鉄車内は・・(2022年3月11日撮影) 
本来ラッシュアワーの時間帯だが地下鉄車内は・・(2022年3月11日撮影) 

ゼロコロナ政策の”限界”か…当局の発表にも変化

こうした異例の状況が続く中、当局の感染者発表の仕方にも変化が出ている。通例の発表では感染判明の経緯、いつ感染が確認されたケースの濃厚接触者かといったことが明示されてきたため、発表から感染ルートがほぼ特定できる形となっていた。

ところが、3月10日午後以降の発表では、「これまでに確認された感染事例の濃厚接触者」などといった表現でひとまめにする形にシフトしたのだ。急速かつ広範囲の感染拡大により、感染ルートの特定をしきれていない事案が発生しているとも考えられる。

では、当局は今回の感染拡大の原因をどう考えているのだろうか。

3月7日の発表では、今回の感染拡大の最初の事案となったダンス教室のケースについて「上海の過去の市中感染や輸入症例のオミクロン株の起源と同一ではない。中国内の他の地域で輸入症例からもたらされたオミクロン株と同一の可能性が高い」と指摘した。一方でその4日後の3月11日には、「市内各地で発生している感染事例では、入国者が運んだウイルスが焦点になっていて、その管理の不備が感染拡大につながった」と発表している。国営のCCTV(中国中央テレビ)は、すでに集団感染が確認されている上海市内の入国者隔離用ホテルを管理不備の現場として名指しで報道した。

1月のミルクティー店の事案同様、海外からの流入が原因としているわけだが、当時と異なるのは感染源と目される具体的な対象を把握しきれていない様子だ。

上海では今、水際対策による海外からのウイルス流入阻止、そして市中感染発生時の感染ルートの特定・徹底管理というゼロコロナ政策の2本柱に黄信号が灯っていると言えよう。

緊張が高まる中、上海の街では当局の指示を待つことなく自主的にPCR検査を行う動きも出てきている。知人の会社では、オフィスが入居するビルの管理会社からビル前に設置した臨時検査場での検査を受けるよう通知があり、現在はそのPCR検査済みシールを見せないと中に立ち入れない状況だという。

PCR検査済みを示すシール(市民撮影)
PCR検査済みを示すシール(市民撮影)

国をあげた徹底管理によって経済の正常化がもたらされていると言われる中、ゼロコロナ政策を支持する中国市民は依然として多い。しかし、2022年の全人代で提示された経済成長率の目標数値は5.5%と近年に比べやや見劣りする上、その全人代と時を同じくして、中国全土の新規感染は急拡大した。1ケタ・2ケタが日常であった新規の市中感染者数は1000人台に到達、3月15日の発表では無症状を含めると5154人にまで激増した。

2022年秋に予定されている中国共産党の党大会で異例の三期目続投を目指しているとされる習近平国家主席にとって、新型コロナの感染対策は国内の支持をキープする重要ファクターだ。

今後も感染をコントロールし続けられるかどうか、さらにはゼロコロナ政策に何か変化がでてくるのか、習近平政権は正念場を迎えている。

【執筆:FNN上海支局長 森雅章】

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森雅章
森雅章

FNN上海支局長 20代・報道記者 30代・営業でセールスマン 40代で人生初海外駐在 趣味はフルマラソン出走