ウクライナ情勢に対する中国の対応に、国際社会の注目が集まっている。ロシアとは対アメリカを意識した友好関係を続ける一方、ウクライナとは2022年に国交樹立30周年を迎えた。ウクライナは、習近平指導部肝いりの「一帯一路」構想にとってヨーロッパへの出入り口に位置しており、中国は、この2国の板挟みと言える状況だ。

こうした中、今度は国内から火の手があがっている。それは新型コロナウイルス感染の急拡大だ。

「吉林は第2の武漢」

3月15日に中国政府が行った発表によると、この前日に新規確認された中国本土の市中感染者数は、無症状を含めて5154人。データをたどることが可能な2020年3月以降、最多を記録、3月13日の発表で記録更新したばかりだった3122人を大幅に塗り替えた。首都北京や上海でも感染者が日々報告されいる他、南部の大都市として日本人にとってもお馴染みの深圳では、今のところ3月20日までの期間限定だが、事実上のロックダウンが実施されている。

吉林省・吉林市は全市民対象のPCR検査をすでに9回実施(3月15日段階)
吉林省・吉林市は全市民対象のPCR検査をすでに9回実施(3月15日段階)
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なかでも特に感染拡大が深刻なのは、東北部にある吉林省だ。
3月に入ってから14日24時までの省全体の感染者数は、無症状を含めるとすでに8600人を超えている。3月11日から事実上ロックダウンされている省都・長春市では2000人以上、そして、第2の都市・吉林市ではすでに約6500人に達し、3月14日からは省をまたぐ移動、さらには省内の市をまたぐ移動さえも禁止する厳格な移動制限がしかれている。中国のSNS上では、新型コロナ感染が最初に広がった湖北省武漢市を引き合いに「吉林は第2の武漢だ」との書き込みもなされるほどだ。

最も感染者が多い吉林市の当局は3月9日、感染拡大中のウイルスについてオミクロン株の「BA・2」と発表。いわゆる「ステルスオミクロン」として日本でも問題になっている変異株だ。

現地では3月15日午前から、今回の感染拡大後、実に9度目となる全市民対象のPCR検査を実施。市内にある2つの医療機関を新型コロナ患者の専用病院に指定、3つの臨時病院を開設して患者対応にあたる一方で、3月12日の未明には吉林省が市長の解任を発表して、感染拡大の責任を問う姿勢が鮮明に打ち出された。

実はこの人事が発表される2日前にも吉林省はある人物の解任を発表しており、その背景が注目されている。

市内に設置された臨時病院の様子
市内に設置された臨時病院の様子

農業科学技術学院トップが解任

解任されたのは市内にある農業科学技術学院の院長で、日本でいう地元の大学のトップだ。
中国メディアによると、この学院では3月6日に学生寮で陽性者が判明するなど、感染者が相次いで確認された。このため、学内の全面消毒と感染拡大を防ぐ目的で、3月10日午後になって全学生6500人あまりを大型バスに分乗させ、市内の隔離先などに移す大規模移送が実施された。

当局の発表によると、投入されたバスは全部で300台。翌朝8時すぎまでに全学生の移送を完了したという。中国メディアが報じたニュース映像には、学生たちが整然とバスに乗り込む様子が映し出されていたが、中国のSNS上には、防護服に身を包んだ大量の学生たちが未明の寒空の下、屋外に立ったまま移送を待つ様子も投稿されていた。現場が異様な雰囲気だったことは一目瞭然だ。

学院トップの解任発表はこの大規模移送当日の3月10日夕方に発表され、一見、感染拡大による混乱を招いた責任を問われた形になっているが、どうやら問題はそれだけではないようだ。

防護服姿で移送を待つ学生たちの長蛇の列(中国のSNSより)
防護服姿で移送を待つ学生たちの長蛇の列(中国のSNSより)

責任逃れ?感染情報を隠ぺいか

大規模移送完了後の3月11日に香港メディア「香港01」は、感染対策の不備や物資の不足に加えて、学院側が感染情報を隠ぺいした疑いを報じた。

その根拠となっている中国のSNS上の書き込みには、学院側が感染に関する情報をSNS上にあげた学生に電話をして削除を命じるなど情報隠ぺいを図ったとする記述が見られた。また、大規模移送前の学内の状況として、隔離が必要な学生は図書館や教室に入れられ相互感染を引き起こし、感染していない学生も密状態になっていたとも記されている。

この投稿がなされたのは3月10日の昼前後で、投稿者はこの学院の学生とみられる。「学生は泣きながら先生に電話したが先生もどうしていいか分からない。ここはもうすぐ感染初期の武漢のようになりそうだ」、「地元当局に電話したが責任逃れの状態で私たちを救おうとする人はいない。私たちは今、まな板の上の魚だ」と、悲惨な状況と共に当時の心境が吐露されていた。

当時の学内の様子 机の上には寝具らしきものもみえる(中国のSNSより)  
当時の学内の様子 机の上には寝具らしきものもみえる(中国のSNSより)  

この疑惑が事実だとすれば、その背景には何があったのだろうか。学院で集団感染が判明し大規模移送が行われた時期は、北京で中国の国会にあたる全人代が開かれていた期間と符合する。全人代期間中の混乱を避けるために、学院側と地元政府が情報の隠ぺいなどをはかったのではないかという見方も浮上している。

過去に新型コロナウィルスの震源地とされる武漢を取材した際も、中央政府からの責任追及を逃れるため地元政府が感染者数をごまかしたのではないか?という情報操作疑惑に関する証言を複数得ているだけに、正直言って「またか……」という思いが頭をよぎった。

一方、中国全土で「ゼロコロナ」政策が今も徹底され、過去にも地方幹部が感染拡大の責任追及を受けた事例が相次いでいることを考えると、自戒の念も込めて書くが、責任が問われる問題が生じた場合、人の心は保身の方向に流されてしまうのではないか、とも感じる。

上海でも“感染隠し”

そんなことを考えながらSNSのアクセスランキングを眺めていたら、今度は上海の病院で医療スタッフが病院側に詰め寄る様子をとらえた動画が上位にあがっていた。

上海の病院でも”隠ぺい疑惑”が…病院側に詰め寄る医療スタッフたち(中国のSNSより)
上海の病院でも”隠ぺい疑惑”が…病院側に詰め寄る医療スタッフたち(中国のSNSより)

スタッフの家族とみられる人物の投稿によると、病院内で感染者が出たにも関わらず、病院側がこれを隠した上、有効な措置が取られず院内感染に発展したという。感染科の医師だけでは人手も物資も足りなくなり専門外の看護師までも動員され、中には防護服なしで対応させられたケースもあったことから、スタッフが病院側に詰め寄ったものだ。病院側はこの動画が伝える騒動が、実際にあったこと自体は公式に認めているが、詳しい経緯などは調査中としている。

中国随一の国際経済都市とされる上海は、コロナの感染対策においても“優等生”と言われてきたが、その上海でさえも混乱は確実に起き始めている。

次稿では、私たちが普段取材拠点を置く上海で垣間見た、ゼロコロナ政策の限界ともいえる事象をご紹介したい。

【執筆:FNN上海支局長 森雅章】

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森雅章
森雅章

FNN上海支局長 20代・報道記者 30代・営業でセールスマン 40代で人生初海外駐在 趣味はフルマラソン出走