唯一の全域避難が続き、2022年6月の帰還を目指す福島・双葉町。
2022年1月には、帰還に向けて長期宿泊を認める「準備宿泊」が始まった。

谷津田陽一さん:
やりたいことしながら、双葉の復興を見ていきたいっていう、そういう部分も大きな部分ではありますね。このまま双葉なくしちゃっていいのかっていう部分もあるし

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10年余り続いた避難…帰還意向の町民は0.4%

双葉町出身の谷津田陽一さん。11年ぶりに自宅に帰ってきた。

谷津田陽一さん:
これは高松宮杯競輪で優勝した写真ですね。選手生活の大きな思い出ですね

神奈川県を拠点に長年、競輪選手として活躍してきた谷津田さん。
今から約30年前、43歳の時に故郷に自宅を構えた。

谷津田陽一さん:
生まれ故郷であり、小学校の友達も本当に泥だらけになって遊んでた仲間がいた。街よりも田舎。もともと田舎の方が好きなので、こっちに将来は帰りたいとずっと思ってました

将来は田舎に帰りたいと…

しかし、2022年3月1日時点で町に準備宿泊を申請したのは19世帯26人。震災前の0.4%。
ほとんどの町民は住宅を解体していて、戻ってきていない。

町民のほとんどは住宅を解体している
最も遅い町づくり

谷津田陽一さん:
完全に仕事をもって、子育てしているとか、何か責任ある立場だったらできないでしょうね。逆から言うと、帰ってくる自分がみんなからズレてるのかもしれない

原発事故“特有”の事情 悩み抜いた末、帰還を決意

10年余りにわたる避難で、避難先で定着する新たな生活。
さらに、原発事故特有の事情もある。

谷津田陽一さん:
少しでも将来のこと考えたら、線量があればこっちから(子どもや孫を)無理に呼べないですからね。向こうから遊びに来る分には大歓迎ですけど…。寂しいですよ、そういう状態はね

谷津田さんも、一度は子どもたちが住む場所にも近い福島・相馬市で生きていくと決めていた。

谷津田陽一さん:
(震災から)ある程度したら、見えてたんですよ、帰れないって。途中から解除される別な見え方。帰れるっては思ってなかったですから

町の96%が「帰還困難区域」に指定された双葉町。

双葉町は町の96%が「帰還困難区域」に指定された

2017年に、町の中心部が「帰還困難区域」であっても、除染などを進めて避難指示解除を目指す「復興拠点」に設定された。

双葉町・伊澤史朗町長(2017年8月):
5年をめどにという条件はありますけれども、除染やインフラ復旧・復興の取り組みができるということで、町にとって非常に喜ばしいことだと思っています

双葉町・伊澤史朗町長 (2017年8月当時)

全域避難から6年が経ち、帰還に向けた具体的な道筋が示された。
このエリアに自宅があった谷津田さんは、悩み抜いた末に町へ帰ることを決断。自宅の片づけや修繕などを進めてきたが、当初思い描いていた計画通りとはいかなかった。

自由な出入り=「戻れる」ではなかった

2020年3月に、2年後の帰還を見据えて、JR双葉駅周辺の道路など一部の避難指示が先行的に解除。復興拠点にも自由に立ち入りができるようになった。

谷津田陽一さん:
「自由に出入りができる」=「戻れる」っていうふうに考えたんですね。ちょっと無知でした。自由には入れるんだけど住めない。2年、間違えたんです

この認識の“ズレ”が、結果的に帰還を後押しした。

谷津田陽一さん:
間違えていなかったら、相馬から動かなかったと思う。あと2年か2年半って思ったから、多分動いたんだよね。あれが4年とか5年だったら、多分動かなかったね。5年先、ちょっとはっきり分からないもん

双葉町は、2022年6月を目標とする帰還開始から5年後には、2000人の居住を目標に掲げている。

そこには、“避難を終える壁”が立ちはだかっている。

谷津田陽一さん:
全国から、少しでも住み良い町にして、(双葉町に)入ってきてもらいたい。最終的にはそういうのを見るのが楽しみかなっていう部分もありますね。ぜひ見たい、復興の度合いをね。戻ってきてください

避難区域が設定された自治体の中で、最も遅い町づくりが始まろうとしている。

(福島テレビ)

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