史上最低?盛り上がらない選挙戦

韓国大統領選挙は3月9日の投開票まで1週間を切ったが、勝敗の行方は混沌としている。
2日に発表された最新の世論調査(メディアリサーチ)では、与党・共に民主党の李在明(イ・ジェミョン)候補の支持率が45%、野党・国民の力の尹錫悦(ユン・ソギョル)候補が44.9%とわずか0.1ポイント差での大接戦が繰り広げられている。3日以降は世論調査の公表が禁じられているため、これが投票前最後の世論調査となる。

集会で「キック」のパフォーマンスを見せる与党「共に民主党」の李在明候補
集会で「キック」のパフォーマンスを見せる与党「共に民主党」の李在明候補
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だが、大激戦の割には韓国世論はどこか冷めている。これほど盛り上がらない選挙は1987年に民主化され、大統領が直接選挙で選ばれるようになって以来、初めてと言っていいだろう。韓国の大統領選挙と言えば、南東の慶尚道と南西の全羅道を中心とする地域対立や、保守・革新の理念によって有権者が二分され、激しく対立しながら熱狂的に選挙運動が展開されるのが定番のスタイルだった。

「アッパーカット」で対抗する野党「国民の力」尹錫悦候補
「アッパーカット」で対抗する野党「国民の力」尹錫悦候補

なぜ、こんなにも盛り上がりに欠ける選挙戦になってしまったのか。

社会的な要因としては、新型コロナウイルスの新規感染者が20万人に達し(3月2日現在)、感染拡大に歯止めがかからないことや、ロシアのウクライナへの軍事侵攻など大統領選挙だけに目を向けていられない現状がある。

また、候補者の資質も問題視されている。選挙戦を通して両候補の妻も含め、スキャンダルや疑惑が次々に暴露されたため、どちらの候補も有権者の支持をつかみ切れていない。投票したい候補がいないため、「次悪を選ぶ選挙」、「非好感度を争う選挙」との位置付けが定着してしまった。

さらには有権者の投票行動にも変化が見られる。

かつては最大の争点だった地域感情や理念に代わって、生活に関わる問題や、個々の関心事や利害に直結する問題を重視する有権者が増えつつあるのだ。このため、かつての伝統的な選挙戦のスタイルは影を潜め、これまでの選挙の常識が通用しなくなっている。

鍵握る「親ガチャ」世代

学生時代に民主化運動の先頭に立ち、その後も革新を支持する割合が高い40代、50代に比べ、20代、30代の若者たちはより身近な問題を重視する。中央選挙管理委員会の発表によると、今回の大統領選挙の有権者数は約4419万人だという。このうち20代(18~29歳)は659万人(14.9%)、30代の有権者数は667万人(15.1%)で、全体の30%を占めている。

韓国では「ミレニアル世代」(1980年代半ば~1990年代初頭生まれ)と、「Z世代」(1990年代後半~2010年生まれ)の2つの世代を合わせてMZ世代と呼ばれている。MZ世代は民主化され、豊かになった韓国に生まれ、デジタルネイティブであり、個人主義的な性向を持つ。ジェンダー平等に対する意識も高い。

1997年に韓国通貨ウォンが暴落し、IMF(国際通貨基金)の救済を受けた事態やリーマンショックといった経済危機の経験から、学歴競争と格差には最も敏感だ。「親ガチャ」世代と言ってもよいだろう。

選挙戦において、この世代の存在が大きくクローズアップされたのが、2021年4月のソウル・釜山市長補欠選挙だった。彼らは2017年の大統領選挙では文在寅支持が大勢で、文政権の誕生に貢献した。しかしこの時は、MZ世代が文政権に背を向けたことから、与党の大敗に終わった。

文大統領の側近で一時は次期大統領候補ともいわれるほど人気の高かったチョ・グク元法相を始め政権与党側に不祥事が相次いだことや、不動産価格の高騰などが失望を招いたのだ。では今回の大統領選挙で、MZ世代は与野党どちらの候補を支持しているのだろうか。

年齢別の支持で見ると、40代と50代は李候補、20代と30代、60代以上は尹候補が優勢となっている。

メディアリサーチ・OBSの世論調査より(2月28日~3月1日実施)
メディアリサーチ・OBSの世論調査より(2月28日~3月1日実施)

李候補の最大の支持層である40代は2021年4月の補欠選挙でも民主党を最も強く支持した世代で、政治コンサルタントの朴聖民氏によれば、「文化的に自由になった90年代を生きたため、保守政党に文化的拒否感が強い」という。話題を呼んだ李氏の薄毛公約(薄毛治療に健康保険を適用するもの)も30~40代が主要ターゲットとされている。

一方の尹氏は「女性家族省廃止」を公約に掲げており、これが20代の男性を中心に支持を集めた。20代男性の中には「女性は男性よりむしろ優遇されている」「徴兵制がない女性に比べ男性は不利だ」と考えている人が多く、与野党とも20代男性の支持獲得を意識した公約を数多く打ち出している。(拙稿「『85年生まれの36歳』が文在寅政権に挑戦状 韓国で始まった若い男たちの反乱」参照)

現時点では、20~30代の支持で優位を保っている野党の尹候補だが、これがそのまま尹候補への投票に結びつくかは予断を許さない。20代30代の支持は変わりやすく、2月28日のある世論調査では、20代の46.4%、30代の32.0%が「支持候補を変える」可能性が「ある」と答えた。

また、20代30代の女性票がどう動くかも未知数だ。20代30代男性の不満を解消しようとすれば、ジェンダー問題に敏感な女性票は行き場を失い、棄権に回る可能性も指摘されている。

勝敗を分けるポイントは?

ふたを開けるまで結果の分からない今回の選挙。残り1週間、勝敗を分ける要因を考えてみたい。

3月2日には最終のテレビ討論が実施された
3月2日には最終のテレビ討論が実施された

一つは、両候補がどこまで支持を結集できるか。李在明氏は民主党の非主流派で主流派の文在寅支持派をまとめ切れていない。一方の尹錫悦氏も朴槿恵前大統領の捜査を主導したことから、保守の一部に反発がある。どちらも支持層を結集した上で、どれだけ浮動層を上積みできるかがカギとなる。

中道の「国民の党」から出馬している安哲秀氏と尹氏は、3日朝、野党候補を尹氏に一本化することで電撃的に合意した。大接戦の中で、安氏の支持票を少しでも上積みしたい尹氏と政権交代失敗の責任を負わされたくない安氏の思惑が土壇場で一致した結果だ。選挙まで1週間を切る中で、候補一本化にどれだけの効果があるのかにも注目だ。

ウクライナ情勢や北朝鮮情勢など、国際情勢における緊張の高まりも無視できない。ウクライナ情勢をめぐっては、李在明氏がウクライナのゼレンスキー大統領に対し「政治経験6カ月の政治家が大統領となり、ロシアを刺激したため衝突した」と発言して批判を浴び、発言を撤回した。北朝鮮のミサイル発射など朝鮮半島有事を巡っては、尹錫悦氏が米韓同盟について「(日本軍が)有事にやってくるかもしれないが、必ずしもそれを前提とする同盟ではない」」と述べたことに対し、与党側は自衛隊を韓国に入れるのかと批判している。失言や新たなスキャンダルの発覚も20代30代の支持に影響を与える可能性があり、最後の最後まで目が離せない選挙戦となっている。

【執筆:フジテレビ解説副委員長 鴨下ひろみ】

鴨下ひろみ
鴨下ひろみ

「小さな声に耳を傾ける」 大きな声にかき消されがちな「小さな声」の中から、等身大の現実を少しでも伝えられたらと考えています。見方を変えたら世界も変わる、そのきっかけになれたら嬉しいです。
フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学准教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。