韓国の次期大統領が決まるまで約50日。これまで、数々の疑惑やスキャンダル暴露の応酬が続いたが、結局、与野党候補による支持率トップ争いは一進一退を繰り返している。そんな選挙戦に今、もう一つの側面が見て取れる。候補者たちが財政の健全性を考慮しない「バラマキ公約」を乱発しているのだ。

「薄毛治療に保険適用」 与党候補が打ち出した“仰天公約”に世論が二分

〝李在明は植えます!〟

自身の公式YouTubeチャンネルで髪をなでながらこう訴えたのは、与党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)候補だ。「薄毛の人の経済的負担を減らし、治療に専念することができるように助ける」として、薄毛治療に健康保険を適用する公約を打ち出した。

野党からは「難病患者の声を無視し、票にさえなれば何でもやるという魂胆が表れている」「亡国の毛(モ)ピュリズムだ!」(※「毛(韓国語の発音はモ)」と「ポピュリズム」を組み合わせた造語)と批判の声が多く挙がった。

薄毛治療に保険を適用するという公約を打ち出し 動画を公開した李在明候補 公式Youtubeチャンネルより
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年々増え続ける韓国の国家債務はコロナ禍の影響もあり、2022年に初めて1000兆ウォン(約100兆円)を超えると予想されている。赤字続きの健康保険財政の現状を見れば、医療行政の優先度を見誤っていると言われても仕方ないだろう。しかし李候補は、「イ・ジェミョンを選ぶ(韓国語で選ぶは抜くという意味もある)」との呼びかけを「イ・ジェミョンは植える」に言い換えてアピール。ネット上に「頭のために、イ・ジェミョン!」といったスローガンが拡散されるなど、若年層を中心に大きな反響を呼んでいることも事実だ。

まだまだあった与党候補のバラマキ公約…国家予算の10%を国民に支給?

李候補は、「小確幸」(「ささやかな幸せ」を意味する)と称した公約を、2021年11月以降次々に発表していて、その数はこれまでに50にのぼる。今回話題になった「薄毛治療の保険適用」もこの一環だった。他にどんなものがあるのか見てみると、以下のような公約が目につく。

【与党共に民主党・李在明候補が掲げる「小確幸」公約】
・携帯電話安心データ、無料提供!→全国民に最低限のデータを無料で提供
・面接準備に48万ウォン、本当ですか?→就職活動に必要な費用支援
・過度な料金を抑制・ゴルフ場運営を是正します→コロナ禍で高騰するゴルフ場料金の是正

そもそも「小確幸」は、日本の作家・村上春樹氏のエッセイで登場する、「小さいけれども確かな幸せ」を意味する造語だ。韓国でも数年前から同じ意味で使われるようになっている。
果たして薄毛治療の保険適用やゴルフ場料金の是正が「小確幸」なのだろうか。

「小確幸」と称した公約を次々に打ち出した李候補 「バラマキだ!」との批判も多い

他にも李候補は基本公約で、全国民に一定金額を配布するベーシックインカムの導入を挙げている。任期内に全国民を対象に1人当たり年間100万ウォン(約10万円)、19~29歳についてはさらに100万ウォン追加した計200万ウォン(約20万円)を支給することを目指すとしている。

韓国の2019年の人口5200万人をベースで考えると、この制度を導入するためには年間約60兆ウォン(約6兆円)が必要となる。先日国会を通過した韓国政府の2022年度の予算は608兆ウォン(約6兆8000億円)である。つまり、国家予算の10%にも上る額を「バラまこう」というワケだ。実現性を疑問視する声が多いのが現状だ。

ポピュリズムに追随する「公正・正義」を掲げる「反文在寅」の象徴

最大野党「国民の力」尹錫悦候補

こうした有権者の票を意識していると見られる「バラマキ公約」は李候補に限った話ではない。
最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソギョル)候補も、対抗するかのように「兵士の月給アップ」、「コロナ禍で打撃を受けている自営業者のテナント賃貸料の一部負担」、「子ども手当の支給増額」といった公約を次々に打ち出している。

さらに、尹候補の「人気取り政策」は「バラマキ」だけにとどまらない。

4月に予定されている電気料金引き上げの白紙化や、過度のフェミニズムに反感を抱く若年男性向けの戦略として、男女平等推進などを担う省庁「女性家族省」を廃止する公約も打ち出した。
これらは、自身の失言や身内のスキャンダル、党の内紛などで支持率が低下する中の「苦肉の策」とも取れるが、「公正・正義」を旗印にし、〝反文在寅〟の象徴として現政権との差別化を図ってきただけに、この「ポピュリズム」に追随するとも取れる公約はどう評価されるのだろうか。

公約をSNSで発表し若年層の支持獲得を図る尹候補 「簡潔でわかりやすい」との評判だ(facebookより)

「無党派層」の若者支持獲得に躍起になる候補者たち

このような「バラマキ公約」や「人気取り政策」が乱発される背景にあるのが、いわゆるMZ世代(1980年代初頭から1990年代半ばに生まれた「ミレニアル世代」と、1990年代後半から2010年の間に生まれた「Z世代」をあわせた世代)の支持獲得だ。

韓国・弘大(ホンデ) 多くの若者で賑わいを見せている(2021年12月)

最新の世論調査(韓国ギャラップ1月18日~20日調査)によると、40代50代は約4割が「革新」与党の「共に民主党」を支持。60代70代は5割が「保守」の最大野党「国民の力」を支持している。政治志向が鮮明で、票が動きづらいと言えるだろう。

一方で、20代30代の若年層を見てみると、特定の支持政党を持たない、いわゆる「無党派層」が全体の3割を占めている。他の世代と比べると2倍近い数字だ。韓国では「若年層ほど〝革新〟傾向が強い」とされてきたが、この世代がどちらにでも転ぶ可能性がある「無党派」に転じていると言える。

「平等」に敏感とされる若者世代が、高騰する不動産を巡る失政や、長引く深刻な就職難、既得権益層による数々の疑惑などによって、現政権に不満を募らせたことが要因の一つとされる。

実際、大統領選の前哨戦として注目された、2021年4月のソウルと釜山の韓国2大都市の補欠市長選では与党候補が揃って惨敗した。それぞれ前市長が与党出身で、スキャンダルによって失脚したことで野党側に支持が集まったことが大きな要因だった。特に、MZ世代の若者の動向が勝敗を左右したと見られている。大統領選挙でもMZ世代の投票がキャスティングボートを握るとの見方が優勢で、両陣営の「若者の人気取り合戦」過熱しているのだ。

両候補共にSNSで動画を公開 若者の支持獲得に奔走している 公式Youtubeより

与野党候補が打ち出す「バラマキ公約」の数々は、「名前を伏せれば誰の公約か分からない」と揶揄されるほど乱発されているが、両候補ともに公約を実現するために必要とされる莫大な財源については名言を避けている。〝鍵を握る〟とされながらも、同時に将来「ツケ」を払わされる世代でもある若者たちが、今後どのような決断を下すのか注目だ。

【執筆:FNNソウル支局 熱海吉和】

熱海吉和
熱海吉和

FNNソウル支局特派員。1983年宮城県生まれ。2007年に仙台放送に入社後、行政担当などを経て2020年3月~現職。辛いものが大の苦手で韓国での生活に苦戦中。

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