人権デュー・ディリジェンス(人権DD)」という考え方が広がっている。これは“企業は人権に対する取り組みを重視して企業活動を行うようにすべき”とする考え方で、イギリスやフランスでは法制化の動きも出るなどヨーロッパ各国で浸透しつつある。企業に対して人権保護を義務づけるような内容で、ハラスメントや強制労働、人種差別など人権侵害のリスクの軽減や予防の必要性についても含まれる。

2021年3月には、中国の新疆ウイグル自治区で強制労働が行われている疑いからアメリカなどが中国当局者らへの制裁措置を行った。そしてこれを発端として、ウイグル自治区で生産された綿を使った衣料品の不買運動が起き、日本企業の活動にも影響が出た。海外での意識の変化に伴って、自社だけでなく、子会社や取引先などサプライチェーン(供給網)の全てにおいて人権保護に努めていないと見なされた企業は、国際的に評価されない傾向が強まっている。

ある政府関係者は「環境問題も数年前は一般的では無かったが、いまはグローバルイシューになった。人権問題もそうした国際的な課題になりつつある」との見方を示している。人権問題が時に政治問題にまで影響を及ぼす中、政府として対応を強化する必要性が高まっている。

人権問題担当の首相補佐官を設置 「ビジネスと人権」の会議も

こうした動きを受けて、政府も人権問題対策に本腰を入れ始めた。その最たるものが、岸田政権ではじめて創設された、人権問題を専門に担当する首相補佐官のポストである。

岸田首相は首相就任前から、人権問題に対する取り組みを重要視する姿勢を打ち出していた。2021年9月、自民党総裁選に立候補を表明した当時の岸田首相は、自身の外交・安全保障政策についての発表会見で、「ウイグルの人権問題などに向き合うため」として「人権問題担当の総理補佐官を設置する」と明言。政権として人権問題に注力する考えを明らかにしたことで、岸田人事の一つの目玉として注目されることになった。

岸田政権発足後、新設された国際人権問題担当補佐官には、岸田首相と同い年で、首相の個人的な信頼も厚い中谷元・元防衛相が抜擢された。中谷氏は就任時に、「地球上のどこかで起こっている人権侵害に対して我々は無関心でいいわけではない」「今は人権に対して国、企業、個人などあらゆる次元で、それぞれのあり方を厳しく問われる状況だ」と話し、あらゆる方面から人権問題に取り組む姿勢を強調した。

中谷氏は補佐官に就任後、新たに「国際人権問題に関する関係省庁会議」と「ビジネスと人権に関する関係省庁会議」の2つの会議を政府内に創設。

「国際人権問題に関する関係省庁会議」では、国内外における人権問題について省庁横断で幅広く議論をし、課題を整理した上で、長期的な視点に立った政府の人権政策について岸田首相に提言することを目的としている。

一方、「ビジネスと人権に関する関係省庁会議」では、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づいて、企業が国内外を問わずに人権保護に取り組んでいくために必要なサポートや政策を検討することを目指している。

「方法が分からない」 企業側の悩みは

この「ビジネスと人権に関する関係省庁会議」で話し合われる課題の一つが、冒頭で触れた「人権デュー・ディリジェンス((人権DD)」といわれる考え方を日本企業にどう促進させるかだ。

経済産業省と外務省が、2021年に東証1部・2部の上場日本企業を対象に実施した調査では、回答した760社のうち人権DDを実施していると回答したのは52%(392社)だった。一方で、実施していない理由として「実施方法が分からない」との回答が一番多く、次いで「実施のための予算や人員が確保できない」「対象範囲の選定が難しい」などの回答が並んだ。

こうした結果からは、企業の取り組みを後押しするために、政府が人権DDに関する情報や事例を提供することなどが求められていると言えるだろう。

海外で進む人権DDの法制化に対して、“法制化で遅れると日本企業への影響が後々大きくなる可能性が高い”などとして、日本でも同様の法整備の必要性を指摘する声が上がっている。中谷氏は⽇本の⼈権DD促進のあり⽅を考えるフォーラムで、法制化について、「課題がたくさんある。早急に日本の対応のルール作りを始めないといけない」と早期に検討を開始する必要があるとの認識を示した。

記者団の取材に応じる中谷・人権補佐官(1日)
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法制化に当たっては焦点となるのは、罰則の有無など、効果を保証する仕組みのあり方だ。ただ、子会社や取引先など関連する企業すべての活動で、人権侵害の有無を確認することが可能なのか、人権侵害であると認定する基準をどのように定めるのかなど課題も多い。それに加えて関係者は「制度だけ作っても企業に実行してもらえないと意味がない」と話すなど、政府として人権保護に対する世論の関心を高めていくことも必要となる。

SNSで海外に拡散も 急がれる人権問題

北京オリンピック開幕に先立つ2月1日、国会は中国の新疆ウイグル自治区などでの人権状況に対する決議を採択した。決議では「中国」との国名の名指しは避けたものの、政府に建設的な関与を求める内容となった。

記者団の取材に応じる岸田首相(1日)

この決議について岸田首相は「従来から自由や民主主義、法の支配、人権といった普遍的な価値を重視していて、専任の補佐官も設置するなど取り組みを進めている」「決議をしっかり受け止め、引き続き普遍的な価値観や人権を大事にする政策や外交を進めていく」と政府の取り組みを強調した上で、今後も人権外交を推進していく姿勢を示した。

他方、国内での人権問題も顕在化している。1月17日には岡山市の建設会社で働いていたベトナム人技能実習生の男性が、2年にわたり複数の日本人従業員から暴行などを受けていたとして会見した。政府関係者は「国内での外国人労働者いじめのような問題は、SNSの発達もあり、すぐに海外にも伝わる。外交的にも問題の解決は急務だ」と話していて、国内でのこうした人権問題について、これまでにないスピードでの解決が求められている。

ある政府関係者は「岸田首相は5年先を見てこの人権補佐官のポストを新設したと思う」と話す。人権をめぐる世界的な動きに対して、政府が対応を誤れば海外展開する日本企業などに影響が及びかねないため、対策を進めなければならない。

一方で、企業側は悩ましい立場に置かれている。例えば、中国に展開する海外企業にとっては、中国という「巨大市場」をとるのか、「人権重視」の姿勢に舵を切るのか踏み絵を迫られている側面もある。また、日本の死刑制度が常に欧米などからの批判の対象となっているように、人権に関しては「国際的な統一基準」が必ずしも存在していない中で、「人権」を巡る世界的な動きそのものに不透明な部分も多く、日本政府がどのように対応していくか、難しい判断が迫られる場面もありそうだ。

岸田政権が「人権」をめぐり、どのようにバランスを取り、具体的な政策を実行していくかが問われている。

(フジテレビ政治部・官邸クラブ 亀岡晃伸)

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