パワフルに、縁を大切にしながら年齢を重ねてきた平野顕子さん。

現在70代の平野さんは、料理研究家であり、京都と東京・代官山に店を構えるアップルパイとアメリカンベーキングの専門店「松之助」のオーナーを勤めている。

平野さんが現在地にたどり着くまでには、縁に導かれるような経験とその時々の決断があった。「サードライフ」真っ只中の平野さんの“やってみはったら”な生き方について聞いた。

ファーストライフは地味に、目立たず

著書『「松之助」オーナー・平野顕子のやってみはったら!60歳からのサードライフ』(主婦と生活社)は、これまでの人生を振り返りつつ、これからの人生を自分らしく彩り豊かに生きていきたい人に向けてエールを送る一冊だ。

「松之助」オーナー・平野顕子さん
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京都の能装束織元の家に生まれた平野さん。

45歳までの専業主婦時代を「ファーストライフ」、アメリカ留学やアメリカンベーキングと出会った“おひとりさま”時代を「セカンドライフ」と位置づけ、60歳を過ぎて年下のウクライナ系アメリカ人男性と再婚した今を「サードライフ」と呼んでいる。

平野さんの言う「やってみはったら!」は、サントリーの創業者・鳥井信治郎の「やってみなはれ」がもとになっている。この言葉は彼女の人生を切り拓き、一歩を踏み出す力を与えてくれた。

「ファーストライフ」は結婚、子育てなど自分の意思で生きている実感があまりなかったという。

20代の頃、平野さんは父親が急逝したことでアメリカ留学を断念。その3年後に、福井県で歯科医を営む男性と結婚した。

「松之助」オーナー・平野顕子さん

「とにかく地味に、目立たないように」と嫁ぎ先から言われていたという平野さん。30代は子育てに追われたが、2人の子どもが中学生になると自分の時間ができ、「外の世界に目を向けるようになった」と、PTA活動やテニススクールに通うようになる。

ほとんどの時間が子育てに充てられた「ファーストライフ」。そして45歳の時、子どもが大学生になったことを機に、離婚を決意。子どもが巣立った後、夫と2人で生きていくのは「しんどい」と思ったからだそうだ。

「私の好きな言葉は“全うする”。離婚の覚悟を決めたときは、一つの区切りと考えました。もちろん、銀婚式や金婚式を迎えられる夫婦は本当に素晴らしいと思っています。ですが、私は子どもが大学生になったら、区切りだと考えていたので、それはそれで全うできたと思っています」

アメリカ留学が転機になったセカンドライフ

「セカンドライフ」に突入した平野さんは、「アメリカ留学」を決心し、47歳でアメリカ・コネチカット州立大学に入学。2年3カ月の学生生活を送った。

留学を思い至ったのは離婚後、東京の大学に進学していた娘の元に転がり込み、今後のことを考えていた時だ。ふと、アメリカ留学の夢が甦ったそう。

これまで働いたこともなく、お金の苦労も知らない。そんな中、離婚をして一人で生きていくことを決めた自分の未来に投資したという。

まさに“やってみはったら”な決断を平野さんは、こう振り返る。

「みなさん、『大きな決断でしたね』と言いますが、私にとってはビックリするような決断ではないです。自然の流れでした。残りの人生、アルバイトだけの生活をするのか?と自分に問うてみたら『そんなことはないな』と。アメリカへの憧れもあったのかもしれないです。もちろん、アメリカ留学は敷居が高いですが、準備をするのも一つの楽しみでした」

そんな猪突猛進な母親に、堅実でクールな息子としっかり者の娘はそれぞれエールを送った。

「息子は『やめとけ、やめとけ。そんなお金があったら、僕に投資しなさい』。娘は『その年齢で大学を卒業できたら快挙じゃない?』と。それぞれ微妙に違いますが、応援してくれたと受け止めました。だからこそ、何かを身につけて帰らなきゃと気を引き締めました」

情熱と心意気を抱いて踏み出したアメリカ留学は「孤独」との戦いだった。

同じ寮に暮らす25歳の中国人留学生が、お腹の痛さを我慢して亡くなってしまうという経験は、平野さんの身を震わせた。この時、アメリカでは自分のことをきちんと伝え、自分の身は自分で守ることの大切さを痛感したという。

同時に平野さんは強烈な孤独感に襲われた。自問自答を繰り返し、これからの生き方や自身を見つめ直した。

「部屋にいても誰とも話すことなく、勉強だけをしている毎日でした。ふと大声で叫びたい衝動に駆られるほど、必死に勉強しないとついていけなくて。すると、『ここで何をしているんやろ?』『本当にこれで良かったのかな?』という雑念が聞こえてくる。でも、誰に相談することもできないので、独り言みたいに自問自答して、『自分で決断して来たのだから』って言い聞かせるようにして」

この孤独と向き合い、自分と対話したことは、平野さんが留学生活を乗り切るエネルギーにもなったという。

留学中に出会ったアメリカンベーキング

そんな日々の中で、平野さんはニューイングランド地方の伝統的なお菓子、アップルパイやニューヨークチーズケーキなどのアメリカンベーキングと出会う。

コネチカット州立大学の教授からある時、アメリカンベーキングを習得して日本に持ち帰ることを勧められ、平野さんは3人のお菓子の先生から教えを受けた。

この時点では、アメリカンベーキングで身を立てることを深くは考えていなかったというが、この縁がのちの「松之助」につながる。

「帰国しても英語で食べていくのは難しいと思って、何をしようか悩んでいたところ、アドバイスを頂きました。これが一つの縁なのかもしれないとも思いました。ただ、日本に戻った時に何か身につけておきたいって、切羽詰まっていたからこその決断なのかもしれません」

平野さんとシャロル先生

3人目に出会ったシャロル・ジーン先生から約9カ月の集中授業を受け、アメリカンベーキングの基礎を学んだ。今ではシャロル先生は平野さんの親友で、25年以上の付き合いになる。彼女からは“生涯ずっと学び続けたい”と話した。

アメリカでアップルパイは「お母さんの味」と言われるほど、馴染みのあるデザート。開拓時代の農民はアップルパイで栄養補給をしていたようで、大切なエネルギー源だった。パイ生地でりんごを包んで焼くだけのアップルパイは重宝されていたという。

「松之助」定番のビッグアップルパイ

帰国後は、京都や東京で「松之助」やお菓子教室の開業などで奔走する。50代は生業にしたお菓子教室を休まず続けるなど忙しい日々を過ごした。

アメリカ留学、ビジネス未経験の中で開業など挑戦し続けた「セカンドライフ」。そんな彼女の背中を押したものは、「とにかく早く、自分の足で立って、生計を立てたい。それが一番でした」と振り返る。

サードライフは再婚、NYでの生活

日本での仕事が軌道に乗ると、60代の平野さんは次の夢を叶えようと動き出す。憧れのニューヨークでの出店だ。ニューヨークの出店準備は非常にハードで、あっという間の半年間だったという。しかし、2年での撤退となってしまった。

そんな時に出会ったのが、現在の夫・イーゴさん。

「ひとりで生きよう」と決めていたため、平野さんは再婚を全く考えていなかったという。自由に使える自分の時間も楽しかったからだ。しかし、イーゴさんは平野さんに全く違う世界を見せてくれる刺激的な存在だった。そして、知り合ってから5年で結婚した。

平野さんと夫・イーゴさん

前へ突っ走ってしまう平野さんに対して、悠々と歩く夫と、性格は正反対。それでもお互いの違いを認めて、受け入れて日々を過ごしている。スキーや釣りなど新たなチャレンジを夫と楽しみ、日本とニューヨークを往復する生活をしている。

ニューヨークにある自宅アパートは、夫の両親と同居。多様な民族が暮らす地区で、2LDKの自宅には「ネズミも出るんですよ」と笑う。

新しい家族との生活に「大変ですが、それが巡りあわせであれば、楽しく暮らした方がいいのではと思っています。煩わしいこと、鬱陶しいこといっぱいありますが、そんなこと考えていたら負の遺産になってしまう。いろいろなこと面白がって生活しています」とほほ笑む。

現在70代の平野さん。まるで“番外編”だと称する、再婚が舞い込んできた「サードライフ」は、「一番落ち着いている」と語る。

「セカンドライフは、がむしゃらに突っ走ってきました。サードライフは少し立ち止まり、自分や周りのことを見えるようになりました。夫と共に歩いていくのですから。結婚生活は煩わしいことが山積みですが、それを差し引きしても2人で寄り添っていきたいと思っているので、それはそれでいい生活だと思います」

「人生はシナリオ通りにいかない」と何事も楽しむように努めてきた平野さん。

そんな彼女に、キャリアや人生について悩んでいたり、一歩踏み出せずにいる人へのアドバイスを聞くと、こんなエールを送ってくれた。

「『やってみはったら?』。勇気はそんなに出るものではないと思っています。ですが、自分がこうしたいと思って、覚悟を決めたら進むべきです。私は勇気より覚悟の方が大事だと考えています。私も『勇気がありますね』と言われますが、勇気より覚悟を決めて行動しただけなのです」

壁にぶつかった時にも立ち上がるきっかけは、覚悟した自分。「自分に問えるんですよ、『覚悟してやってきたやん』って。そしたら“頑張らなくちゃ”って思える」と語る。

いつ、どんな年齢でも覚悟を決めたらチャレンジできる。もし、何かに悩んだり、踏み出せずにいたら「やってみはったら?」と自分に言ってみよう。シナリオ通りにいかない、そんな人生が切り拓くかもしれない。

『「松之助」オーナー・平野顕子のやってみはったら!60歳からのサードライフ』(主婦と生活社)

平野顕子
京都の能装束織元に生まれる。47歳でアメリカ・コネチカット州立大学に留学。17世紀から伝わるアメリカ・ニューイングランド地方の伝統的なお菓子作りを学び、帰国後、京都・高倉御池に「Café&Pantry 松之助」、東京・代官山に「MATSUNOSUKE N.Y.」と、アップルパイとアメリカンベーキングの専門店をオープン。京都と東京にはお菓子教室を開校。2010年、京都・西陣にパンケーキハウス「カフェ・ラインベック」をオープン。著書に『アメリカンスタイルのアップルパイ・バイブル』(河出書房新社)など多数

プライムオンライン編集部
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