2021年の東京パラリンピック(以下東京パラ)開会式で旗手を務めた谷真海さん。走り幅跳びの日本代表として過去3回パラリンピックに出場してきた谷さんは、東京パラではトライアスロン競技に出場した。いま日本を代表するパラアスリートである谷さんに、日本が実現を目指す多様性と共生社会のあり方について聞いた。

パラアスリートの佐藤真海さんは東京パラで旗手を務めた
パラアスリートの佐藤真海さんは東京パラで旗手を務めた
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「パラの持つ価値を見てもらえたかな」

――2021年の東京パラはコロナの感染拡大が続く中、開催に賛否両論がありました。谷さんはアスリートとしてどんな気持ちで開会式を迎えましたか。

谷さん:
開会式で旗手を務めたのは夢のような感じでした。世界中の選手たちから「この場を待ち望んでいた」という高揚した感じが伝わってきて、自分も感謝の思いを伝えられたらいいなと思いました。マスクをしながらの入場でしたけど、「マスクをしていても笑顔が伝わるものなんだ」とすごく感じて。開会式のパフォーマンスは、競技場からの移動中に携帯で観ましたが、「素晴らしいなあ。ありがたいな」と思いましたね。

――谷さんが出場したトライアスロンでは路上に観客がいましたが、会場自体は無観客となりましたね。

谷さん:
観客と選手がお互いに力を与えあうのが本来のスポーツの力です。パラリンピックは生で観てこそ感じるものがあると思っていたので、無観客は残念でした。しかしオリンピックでは出来なかった小中学生の観戦が限定的でしたが出来たので、パラの持つ価値を見てもらえたかなと思います。

谷さんが「みんなちがって、みんないい」とSNSに投稿して大きな反響を呼んだ選手村の写真
谷さんが「みんなちがって、みんないい」とSNSに投稿して大きな反響を呼んだ選手村の写真

――大会運営についてはどう感じましたか?

谷さん:
応援が基本的に無かった分、ボランティアやスタッフの皆さんの暖かさがより伝わりました。食堂にはあらゆるところにボランティアの方々が配置されていて、車いすの選手たちが1人で動きやすいようなスペースがあったり、ビュッフェの高さも車いすで料理が取りやすいように工夫されていました。選手に人気だったのはネイルサロンと美容室。そのクオリティーとおもてなしは日本らしかったです。

パラアスリートの姿を通して人々の意識が変わる

――東京パラが終わり年も明けました。谷さんが日常生活に戻られて、例えば街の様子ですとか、パラ後に変化を感じたものはありますか?

谷さん:
東京五輪の招致に関わったとき何をしなければいけないかと考え、日本ではまずハード面、そしてソフト面のバリアフリーに課題があると思いました。これまで海外に遠征して様々な国や街、生活や文化を見てきて、日本でも改善できる部分があるんじゃないかと常に感じていたので。ハード面に関しては、かなり改善が進んできたと思います。その理由はパラがあるからだけではなく、社会の高齢化が加速する中で全ての人に役に立つ部分があるからだと思います。

――ソフト面はどうでしょう?

谷さん:
日本で課題があるなと思っていたのはソフト面です。例えば駅で車いすや視覚障がいの方がいた時に、「どうしていいか分からないから見て見ぬふりをしよう」という方が多かったと思います。しかし東京パラでアスリートが競技で躍動する姿を通して、これまで持っていた意識が変わり、今後改善していくところもあるのではと期待しています。また、障がいのある人が街に出ている姿を見ることが増えたと思いますね。

「ダイバーシティとインクルージョンの前進にスポーツの力を感じる」(写真は2021年横浜大会)
「ダイバーシティとインクルージョンの前進にスポーツの力を感じる」(写真は2021年横浜大会)

子どもに諦めないことの大切さを伝えたい

――旗手を任されたとき「大会が終わっても自分の役目は終わらない」と決意したそうですが(※)、それはどんな役目でしょう?

谷さん:
東京パラを通じてダイバーシティとインクルージョンはすごく前進した部分があって、私はそこにスポーツの力を感じています。日本でももっともっとよりよい社会に成長していくために必要なことだと思っているので、より多くの人が同じ意識を持って行動することが大事になってくると思います。皆が尊重し合える豊かな社会に向けて前進するとき、私もアスリートとしての経験をもとにこの大切さを伝えていきたいと思っています。

(※)「パラアスリート谷真海 切り拓くチカラ」(集英社)より

谷さんはサントリー社員としてパラスポーツの普及活動に取り組む(写真は2021年12月気仙沼にて撮影)
谷さんはサントリー社員としてパラスポーツの普及活動に取り組む(写真は2021年12月気仙沼にて撮影)

――谷さんはこれまでパラスポーツの普及活動や、サントリーホールディングスの社員として東北の被災三県を中心に支援活動(※)をされてきました。今後もこうした活動は続けますか?

谷さん:
この活動は自分のライフワークとして、「パラスポーツを通じて子どもたちに諦めないことの大切さを伝えたい」、「子どもたちがいつか大きな試練にあった時に『パラアスリートたちは自信を失っても、もう一度目標を持って前に進んでいたな』と思い出す機会になれば」と考えながらやってきました。子供たちとの交流の中で義足をランニング用に付け替えて走ると、スピード感など想像以上なのか、子供たちの目の色が一気に変わるのを感じます。早くコロナが落ち着いてリアルな機会がまた戻ってくることを願っています。

(※)「サントリー チャレンジド・スポーツ プロジェクト」 2014年にスタートしたサントリーグループによるチャレンジド・スポーツ(パラスポーツ)支援活動

いろいろな人が混じりあう社会の実現を

――谷さんは多様性のある共生社会とはどんな社会だと考えていますか。

谷さん:
障がいのあるないだけでなく、いろいろな人が混じりあうのが当たり前の社会。いろいろな考え方や価値観だったり。企業の中でもいろいろな人たちがチームを組むことで、相乗効果で新しいものが生まれている。そういう社会であるといいなと思います。

――最後に。今後も選手として挑戦を続けますか?

谷さん:
東京大会をゴールにしてきたので、その後のことは考えていません。家族との時間を大事にしたいので、今年の強化指定選手は辞退しました。ただトライアスロンはずっと長くできるからこそ始めたスポーツですし、いまも朝泳いだり道を走ったり、ゆるく継続していて、今後も大会に出場することはあると思います。

谷さんとご家族。谷さん「家族との時間を大切にしたい」
谷さんとご家族。谷さん「家族との時間を大切にしたい」

――ありがとうございました。

取材後記:

谷さんは今後メディアへの露出を増やしていくという。
「パラスポーツを継続して知ってもらうためには、誰かがやらないといけないから。頑張れるといいかなと思います」
これからも谷さんの活躍から目が離せない。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。